かつては戦士だったもの
「すぐにあったな。幸先がいい」
「んー、多分迷宮じゃないからかもね」
噴水に腰掛けていたクオリアが言った。
もともとここは村だったのだろう。それがどうしてこんな有様になったのかは彼女も知りたくないが。
「そういえば……」
チェシャがコルの言っていたことを思い出す。
彼は最奥部のみが迷宮と言っていた。村だったことを裏付けるには十分。
「じゃあ、そもそも階層はあるのかしら? 次が奥だったりしない?」
「あり得そうだな。とりあえず、降りよう」
やや長い階段を降りていく。
壁にかけられた松明が唯一の灯り。踏み外しそうな暗い視界の中、階段の下にたどり着いた。
「……あったね」
階段を降りてすぐの小広間。そして、そびえたつ大きな黒門。
その先には第四試練から第五試練への道を阻む門番がいる。
「ねぇ、ソリッド。ヤヴンさんって強いの?」
アリスが尋ねる。
「そうだなぁ、強いけど……みんな居るなら負ける気はしない、ってぐらいだった」
彼が戦った時の手応えを思い出しながら感想を述べる。事実、あの時は介入があれど、少なくとも勝ちか引き分けのどちらかに見えた。
「うーん、そんな一筋縄で行く気はしないけどねぇ。普通に考えてあの黒騎士より強い筈でしょう?」
クオリアが不思議そうに言った。
彼女としては黒騎士にボコボコにされている為、今回も滅多打ちにされそうだと思っていた。
「どちらにせよ、気は抜くなよ。人であろうと情は抱くな、死ぬぞ」
荷物を整理したボイドが弛緩したソリッドを咎めるように言う。情を抱くなという言葉に他の三人も表情を入れ直した。
勿論、ボイドだって知り合いを相手にしたくはない。だが、そこを気にするほどの余裕を門番相手に保ってはいられない。
全体の指示を出す上で情は邪魔にしかならないのだから。
「わーってるよ。こんがり焼いてやるから心配すんなって」
「そういうところなんだがな……」
あっけらかんとしたソリッド。最も接していた彼が気にしている風でないのは行幸。だが、調子に乗られるのも困る。緊張されるよりかはましとボイドはそれ以上言うことを諦めた。
「……? チェシャ?」
胸に手を当て、ゆっくりと空気を吸い込んでは吐いているチェシャに違和感を覚え、アリスは彼の顔を見上げた。
「ん、どうしたの?」
けれど、彼はいつも通りの表情でアリスの方を見た。
特に変わった様子ではない。
「……ううん、なんでもない」
気にしすぎか、とアリスは忘れることにする。
そのうちにボイドが黒門に手をかけていた。
「開けるぞ」
確認の為に皆を見渡す。
返事は頷きが四つ。
それを見てから黒門をグッと押し開けた。
軋んだ鉄の音と共に重厚な鉄の扉がゆっくりと開く。
その先は門番のいる部屋に共通する大広間。門以外は外でも見た極彩色の木々に囲まれていて、光る木々や草花で先程よりも明るく感じる。
「来たか」
ソリッドと戦っていた時よりも重厚かつ巨大な大剣が地面に突き刺さっていた。そして、その大剣は魔法で作った土塊ではなく、人の手を介した鉄塊の武器。
それに手を重ねて静かに顔をうつむけていたヤヴンが呟いた。
遠くにいる筈なのにその声はチェシャ達によく聞こえた。
「一つ、聞きたいことが有ります」
ボイドがそう言った。
答えは沈黙。肯定と取り話を続ける。
「門番とはここから出られないものだと思っていたのですが、どういう仕組みなのでしょうか?」
沈黙。
答えは無いかとボイドが落胆しかけた時。
「第七試練。そこでわかる筈だ」
それだけ言うと大剣を地面から抜いた。
「来るぞ」
皆が構えた。
最初に動いたのはヤヴン。
離れた場所から一回転して大剣を叩きつける。
ザンッ──
叩きつけた地点からサメの背鰭のような衝撃波がチェシャ達に迫る。
「避けてっ!」
チェシャの声に皆が左右へ飛び込んで避ける。
目標を失った斬撃波は木々に衝突し、あっさりと両断して突き進んでいった。
「あれ、止められるかしら……」
ちらりと後ろを確認したクオリアが体を震わせた。
「アリスッ!」
チェシャの声、攻めの合図。
それに応じ、牽制の射撃。チェシャも攻め入る。
それに対し、ヤヴンは右手で大剣を肩に担ぎ、左手を前に掲げた。
「“防壁”」
──カカンッ!
青く薄い膜が銃弾を弾く。
チェシャに対しては右手の大剣を薙ぎ払う。
跳躍。
大剣を飛び越え、チェシャは腕を引き絞り、槍を突き出した。
しかし、薙ぎ払われた大剣がさらに一周。
速度と重みを増して、チェシャの槍を迎撃。槍を吹き飛ばした。
「~~ッ」
強制的に槍を飛ばされ、抑えようとした手首の痛みに呻きながら、後方へ下がる。
代わりに前に出たのはクオリア。
アリスの銃弾に乗じて距離を詰めていく。
煩しそうに青い膜を貼り、クオリアへ大剣を振り下ろす。
まともに受けるのは厳しい。
そう判断して大盾に坂を作り、横へと流す。
それでも尚伝わる衝撃に後ろに戻されながらも進む。
二歩進んで一歩戻る。そんな攻防だった。
その交錯の間にチェシャは槍を回収し、前線へと駆ける。
ソリッドとボイドの方を見ると、彼らは位置取りを探りながら、魔術の準備をしていた。
ヤヴンの方を観察すると、青い膜は周囲に張るのではなく、一面のみ。アリスの方向のみを防いでいた。
恐らく、周囲に張れたとしても大剣が触れない。
数の理を活かした多方向からの攻撃。通すべき本命はソリッドの魔術。
チェシャはクオリアとは反対側から接近して、ナイフを投擲、中距離から攻める。
同時に銃弾も飛来。
肉薄したクオリアもショートソードを突きつけた。
三方向からの攻撃。
顔を歪めたヤヴンは左手を防壁にではなく、大剣に添えた。
彼の筋肉が一斉に隆起する。
──グォォンッ!
大剣が空気を押しのけ爆風を散らす。
人智を超えた力が起こした爆風によって全てが阻害される。
ナイフは地に落ち、銃弾も勢いを失う。
すぐそこにまで迫る騎士さえも吹き飛ばした。
それを成したのは大剣の一振り。
全方向に振るわれた薙ぎ払いは彼らの連携を容易に破壊した。
そこへ押し寄せた火炎。
本来であればどうにかして防ぐ、もしくはどれかを食らってしまった所に叩きつけられたであろう魔術の火。
それもまた大剣の一振りで吹き飛ばされた。
「ねぇ、ボイド。あんなに強いなんて聞いてないわよ?」
土に塗れたクオリアが悪態をつく。
さすがに一振りであの攻撃をいなされるとはクオリアにも想定外だった。
「番人だからじゃないか?」
「もう少し面白いこと言ってよねぇ」
つまらない答えを返すボイド。そんな彼へ冷たい視線を送ったクオリアが軽く土を払い、再びヤヴンへと近づいていく。
「どうするべきか……」
クオリアを見送りながらボイドは思考する。
魔術で防御してくれればそれなりに希望はあったが、それさえもしないのは予想外ではあった。
元は人間。
何処かに強い一撃が入ればどうにかとボイドは思っていたが、それは遠そうであった。
一方。大剣の被害を直接受けなかったチェシャが槍の間合いを活かし、ヒットアンドアウェイで攻めている。
が、巨大な大剣はチェシャの槍の長さとは大きな差はない。
時折り目の前で豪風が通り過ぎ、冷や汗が体を伝うのを感じながら瀬戸際の回避を繰り返す。
回避が主体になっている為、あまりヤヴンに攻撃出来ていない。
しかし、彼の動きは徐々にキレが増してきている。
また、アリスの銃撃は先程から大剣を薙ぎ払うついでに吹き飛ばされている。
魔法を使うまではないと暗に言われているその動きに、彼女は頭に血が昇りそうになるのを感じながらも銃撃を続けた。
剛、一閃。
周りの土ごと粉砕する大剣の一撃の余波が、身に染み渡るのを感じながらチェシャは槍を振るう。
彼は自分でも昂るのを感じていた。
その昂りを抑えずに身を預ける。
彼の槍が、体が動きを加速させていく。
力では勝てずとも、速度では勝っていた。反撃の槍が命中とはいかずとも遂に掠る。
「──ッチ!」
舌打ち。
先程よりも風を伴う一撃。
本能で動いたチェシャがとった行動は後方への退避ではなく、肉薄。
相手の間合いにまで飛び込んだ彼は極限まで体を低くする。
「……!?」
突然距離を詰めて来たことに驚き、追い払う為に振るった大剣はチェシャを捉えずに通り過ぎた。
「ッアァァ!」
槍を短く持ち、腕を引き絞って力を蓄えた渾身の一撃。
「“解放──栄光”」
ガキンッ!
その渾身の一撃は何かに阻まれた。
閃光──そして、爆風。
目の前にいたチェシャは吹き飛ばされ、地を転がった。
周りの皆が眩い光に目を塞ぐ。
その光が消えたと思えば、未だに少し眩しかった。
何故ならそれは、彼等が目にして来た村の長ではなく、純白の鎧を纏い、光の大剣携えた──まさしく英雄とでも言うべき姿が居たからだった。