再会
光から抜けたソリッドが次に目にしたのは慣れ親しんだ仲間の姿。
「えっ!?」
転移装置が勝手に起動したことに訝しんでいたアリスがソリッドの姿に驚く。
「お、おう。元気か?」
驚いていたのはソリッドも同じで、けれど迷惑に巻き込んだ事もあり、出て来たのはよく分からない挨拶。
「元気っちゃ元気だけど……いえ、チェシャとクオリアがあんまりね。すっごく強い騎士みたい迷宮生物がいたのよ」
反射的に答えたアリスもまた疲労を感じさせるくたびれた笑みを浮かべた。
「そう、なのか。……ごめん」
ソリッドとしては自力でセントラルに戻るつもりだった。一人では危険だったし、己の力を伸ばせる機会を無駄にする訳にもいかなかったので、ヤヴンの元で魔法の指南を受けていた。
──まさか、ここまで来るなんて。
「ええ、三人にも存分に謝って貰わなくちゃ。……帰って、来るよね?」
くたびれた笑みに不安が混ざる。
そんな顔をされてはソリッドも当然応えなければならない。
アリスを安心させるため、なるべく元気よく言えるように腹から力を入れ、
「勿論だっ」
いつも通りの快活な笑みを浮かべ、サムズアップで答えた。
そこで漸くアリスも顔が明るくなる。
「そっか……! 話は後で聞くけど、この先って安全なの? チェシャとクオリアを休ませたいの」
「あぁ、大丈夫だ。オレも世話になってるしな。連れてこうぜ、オレも運ぶのを手伝うから」
「ええ!」
*
木陰で小さくして厚みを増したタオルの枕に身を預けているチェシャとクオリア。
ボイドは周囲の警戒と二人の容態をチェックしている。
しかし、彼も疲労がかなり溜まっていた為、その目は少し元気がない。
警戒はしているが、迷宮生物は黒騎士以外には一度も遭遇していない。ここに迷宮生物がいない可能性に掛けて彼自身も睡魔に身を預けたかった。
「何かを待つ時の時間の流れは遅いな……」
性格柄、この現象の原因は何だろうと頭を動かすことで眠気を忘れようとしていた。
「ボイドぉー!」
しかし、その眠気も直ぐに吹き飛ぶ。
アリスではない慣れ親しんだ声を聞いたことで。
ハッと顔を上げてその声の主を探す。
声の主は嬉しそうに笑みを浮かべながらボイドの元へと走ってきた。
ここまで来た甲斐があった事を素直に喜びたかったが、元はと言えばここまでの苦労はコイツのせいである。
笑顔で出迎える予定を取り消し、意識的に顔を険しくさせて出迎えた。
「ボ、ボイド、だよな?」
あまりにも険しい顔を見て不安げにソリッドは尋ねる。
「あぁ。何故私達がここまで来たかは分かっているよな?」
「俺の、為?」
散々迷惑かけて、さらに自分の為に探しに来る。アリスに事前に聞いていた為、その言葉を言えたが、聞いていなければ今のボイドを前に何か話せる気がしなかった。
中々見ない彼の怒り顔。
「あぁ、そうだ。かなり急いで来たつもりだったが、その様子を見るに急がなくても良さそうだったな」
腕を組み、険しい顔に加えて鋭利な視線もソリッドの元へ突き刺さる。
ソリッドは泣きたい気分だったが、加害者が泣くなんて尚のこと滅茶苦茶である。それを理解してるので泣くに泣けなかった。
泣く訳にもいかず、借りてきた猫のようにシュンとして顔を項垂れるのみ。
「全くお前はどうして考えが足りない? 魔術が使える様になったからとは言え調子に乗っていないか?それに──」
ボイドは早口で彼への愚痴を叩きつけていく。
後ろで聞いているアリスもボイドの剣幕に竦み上がって寝ているチェシャとクオリアの元へと逃げていく。
「──腐るほど魔力があるのに有効にさえ使えていない。今のお前では魔力をそのまま投げている様な物で、それを改善する努力も少ない。……聞いているのか?」
「聞いてますっ!!」
脊椎反射レベルの速度で返事をする。
「はぁ。もういい。とにかく──無事で良かった。あの転移装置の先は安全なんだろうな?」
無事で良かった。そこに大きな感情が込められていることにソリッドが気付く。
思わず笑みを浮かべそうになる自分の表情筋に耐えろと命令を下し、彼の質問に答える。
「あぁ、オレは何運べばいい?」
「チェシャ君とクオリアの防具だな。アリス君、……クオリアを頼めるか?」
ボイドは一瞬の逡巡の後、アリスにクオリアを頼んだ。
「うん、大丈夫」
三人はそれぞれ荷物を持つと転移装置に向かって進んでいった。
*
「ヤヴンさん、でしたか。このバカのことも合わせてありがとうございます」
ボイドは執務室の机に座っているヤヴンに頭を深く下げた。
「気にしなくても構わんさ、私としてもバカとはいえ良い原石、後は色々と面白いものが見られた」
この場にソリッドも居合わせている。
彼は二度もバカと言われ、不機嫌そうに座っている椅子を揺らした。
アリスはチェシャとクオリアの容態を見ている為、この場にはいない。
「面白いもの、ですか?」
「……そうだな、君は博識な様だが、私達の姿に何か覚えはあるかい?」
「覚え……古に伝わる──エルフ、ということですか?」
「ああそうだ。実際には私達はその模倣に過ぎんがな」
皮肉げにヤヴンは笑う。
「模倣……?」
「我々はエルフを再現する為に人間に作られたのさ、お陰で魔力を使うに事欠かないけれど」
そう言ってヤヴンは何かを呟くと指先に火を灯した。
「ソリッド。お前は魔法で小さな現象を安定して起こす事を練習しろ、魔力があっても扱えないのでは意味がない」
「うーい」
そして、訳の分からない話を始めて退屈そうなソリッドにそれだけ言うと顔を戻して話を続ける。
「少し、昔話をしようか」
ヤヴンが語り始めたのは彼らの起源について。
迷宮、その源である魔力などはアリス達の時代には存在しなかったもの。
そしてそれらは高次元の世界からの侵略者の差し金でもあった。
迷宮は侵略者の世界とこちらの世界を結ぶパイプであり、そのパイプ自身が迷宮生物を生産して間接的に侵略する。
それが研究者達の見解だった。
人間たちは強大な力を持つ迷宮生物に対抗する為に、武器とは別に進化の道を探し始めた。
魔力に適合した生物。侵略者達の世界は魔力で溢れており、それらを使う技術も存在する。迷宮生物の調査などを繰り返し、人間に近くかつ魔力に適合したエルフを発見した。
数え知れぬほどの実験を繰り返し、多くの犠牲を生みながらエルフを生み出す“森人計画”は成功し、完全とまではいかずともエルフを模倣した森人に改造された人間達は魔力を扱う技術、魔法を会得した。
しかし、人間から森人になれる確立は1%にも満たず、前提条件として人間の時点で魔力を少なからず知覚できる必要があった。
そんな人間は元より少なく、知覚できるかどうかを判別するのにも時間がかかっていた。
故に森人の数はごく僅か、迷宮生物に実弾兵器は効果はあまり高くはない。代わりに魔力を使った武装は効率が良く、威力も高い為、魔法を使えずとも魔力を扱える様にする研究が始まった。
そうして沢山の人間の進化先が人工的に造られた。
「ここにいる私達はその一族ということさ、数は減ったけどね」
ボイドは今の情報をメモ帳に収める事に必死でヤヴンの言葉は届かない。
「なーなー、他にはどんな奴らがいるんだ?その進化したやつってのは」
話が途切れた事を確認したソリッドが上手くいかない練習を放り投げ、椅子からひょいと立ち上がって尋ねた。
「そうだな、恐らく絶滅しているのを除けば、魔力に染まった血の鎧を纏う黒血の獣、魔力の貯蔵量に長けた魔精霊、魔力を直接身体に染み込ませて強化人間となった戦人、この辺りが成功率が高く、今でも生き残りが居るはずだ」
「ふぅん。魔力を纏ったら強くなるんだな」
ソリッドは指先を淡く光らせる。
魔術の時に使うそれを全身に使えばとソリッドが考えたところにヤヴンが釘をさす。
「先に言っておくけど、試そうなどとは思うんじゃないぞ。人間全体が各地で溢れる魔力によって僅かには適合し始めたとはいえ、下手をすれば体が壊れる。文字通りね」
ヤヴンの静かながらも強い口調の忠告。
その内容にソリッドはビクッと体を震わせて光を消した。
「で、でもよ、魔術を使うときには指には纏うじゃねぇーか」
「それは指先だけだからだ、全体に纏えば魔圧で体が潰れる可能性がある」
「魔圧?」
「魔力の圧力だ。大気圧……言っても分からないだろうから詳しくは言わないけど、魔力を全身に、それも体を強化する程度に纏ったり染み込ませるのは全身鎧を着るのと同じだ。量を増やせば重みが増し、その人間の許容量を超えれば体が潰れる。残るのは肉塊だけだね。魔術が何故作られたかはこの不慮の事故を無くすためさ」
「ひっ……」
ソリッドは自分が今まで当たり前に使っていた物の恐ろしさを知って身震いする。
「怖がらせたところなんだけど、君は人間の割には恐らく魔圧に対する耐性がある。人間の割に、だけどね。だから魔力任せの雑なコントロールでも体が下手に潰れたりしない」
「そう、なのか?」
「ああ、親が何か特殊だったりしないかい?」
ソリッドは物心ついた時には孤児院にいたため当然知るわけがない。
「そもそも親が誰か知らねぇよ」
「そうか、魔力操作技術の割に魔圧は少なからず耐えられる……片割れが戦人だったのかもね」
「ふーん」
ソリッドにとって重要なのは魔圧に少しは耐えられる事。自分を捨てた親などどうでも良かった。
「すまん、今の話をもう一度してもらっても良いだろうか?」
最初のヤヴンの話をまとめ終えたボイドが顔をあげて言った。
「構わないよ」
彼のペンを持つ手はインクで黒ずんでいた。