相棒
一時の興奮状態が終わったチェシャは力なくその場に崩れる。
「チェシャッ!?」
アリスが慌てて彼に駆け寄り、上半身を助け起こした。
彼の体には力が入っていない。脱力した彼の体がアリスの腕にずっしりとのしかかる。
「だい、じょうぶ。疲れただけ」
力なく笑う血塗れの人を大丈夫などとは思えるわけがない。
どうみても無理が過ぎる。
アリスはため息を一つ、見た目だけの力が入っていないデコピンをお見舞いした。
「いたっ」
「これで許してあげる。……お疲れ」
いつも通りの労りの言葉にチェシャは安心した様に微笑んで眠りに落ちた。
アリス自身も疲弊していた為、力を失ったチェシャの体を支えるのをやめて、彼の頭だけを自身の膝に乗せた。
「こんな場所じゃ無ければ物陰で見ていたかったわ……」
クオリアが体を引きずるようにして歩いてくる。
彼女も満身創痍、歩くのも辛かった。瞼も半分しか持ち上がっていない、その気になればいつでも寝てしまいそうだった。
「否定はせんが……とにかく、あの転移装置を調べるのは少し休んでからにするからお前も休め」
「ええ、そうさせてもらうわ……身体中が痛いもの」
クオリアはそう言って近くの木に体を預けて早々に眠りに落ちた。
「ふぅ。正直逃げるか迷ったが、なんとかなって良かったな……」
「二人を放って逃げるの?」
アリスがジト目でボイドを見る。
視線には抗議の意味合いがありありと見え隠れしていた。
誤解を与えてしまったことにボイドが慌てて手をひらひらとさせて弁明する。
「勿論回収してだ。あの黒騎士は門番に近い可能性があった。だから私達が離れれば追ってこなかったかもしれん」
「なるほどね……正直、それでも逃げ切れる気しなかったわよ?」
「チェシャ君が健在だったなら実行してたよ。──それにしてもあれ程の潜在能力があったとはな……末恐ろしい奴だよ」
「あはは。分からなくもないけど本人に言っちゃダメだよ?」
「……一応褒めているんだぞ?」
「この前、家族から手紙が来たらしいんだけどね」
唐突にアリスが語り始めた。
「次の月、ええと……」
「積雪の月だな」
「そう、積雪の月に帰ってこいってお父さんが言ってたらしいの」
「ほう」
ボイドには初耳だった。
彼が知らないのだから勿論、クオリアとソリッドも知らない。
それに、チェシャの家族関係にまつわる背景を聞くのも何気に初めてだった。
今の現象も含め、何かしら事情があるのは間違いない。興味がないと言えば嘘になるが、踏み入るのも遠慮していた。
「その時にもう一度手合わせするって話。それでね、チェシャは”負けるから嫌だなぁ”って言ってたの」
「だからね、勝てないの?って聞いたら”もしかすると勝てるかもしれないけど、アレに成りたくないから”って」
「アレ……さっきのチェシャ君のことか?」
ボイドは狂戦士と言っても差し支えのないチェシャの姿を思い返した。
強さこそ随一だが、刺し違えても相手を殺さんとするどこまでも凶暴な姿はとても普段の彼とはかけ離れている。
「うん。”仲が良い人に怯えられるのが嫌だから”って言うから──言ってやったの」
アリスが彼女の膝上で眠るチェシャの頭を優しく撫でた。
彼女の瞳には慈愛が浮かんでいる。
「相棒に怯えるなんてそんな馬鹿なことするわけないでしょう?ってね」
「くっ、くはは」
ボイドが堪えきれないように静かに笑った。
「な、何?」
「いや、完敗だ」
仲間とはいえ、僅かに怯えていた自分を殴りたいと。
きっと怯えてしまった自分がおかしい訳ではなく、アリスが凄いのだということも分かっている。
けれど、ただの凡人では彼女の使命を手伝う事は出来ない。
頭のネジが取れている方がいい。
「何に負けるの?」
「アリス君にさ」
アリスは尚更分からないと怪訝な顔をした。
*
村長ことヤヴンは自身の家で執務──殆どないそれを片付けていると突然立ち上がった。
「ヤヴン?」
ソリッドは急に立ち上がったヤヴンに首を傾げる。
「守り手が倒された……? 屍といえどアレは並大抵の者には倒されない筈……」
「おーい、どうしたんだー?」
「ソリッド、お前もついて来い」
それだけ言うと早足で外に出て行ってしまう。
「お、おい!?」
ソリッドも慌てて立ち上がって後を追う。
「増幅」
ヤヴンの体が淡い光を纏う。
それと同時に彼の動きが加速した。置いて行かれたことに慌ててソリッドも魔力を動かし、
「そこまでかっ!?──ええとー……b、増幅ッ!」
また同じような淡い光を纏う。しかし、彼の場合は光が足元に集中していた。
つまり、増幅された力が足に集中しているということで。
「あ、やべ」
力強く地面を蹴り、想像以上の強さに体を吹き飛ばしながら地面へとヘッドスライディング。
ズザーッ! と派手なその滑り込みは彼の体に擦り傷を作った事は確かだ。
「やっぱ無理だぞ……これ」
既にヤヴンは遠くに行ってしまった。
焦るソリッドは必死に頭を回転させる。
「……後で怒られるけどしゃーねぇか。んー……”爆発……連鎖……射撃”!」
──ドォォン!
ソリッドは指で銃のような形を作り、そこから指南性の与えられた爆発を起こした。
そして、その爆風に身を預けて雑に宙を飛ぶ。
彼が爆発を起こした場所は地面に小さなクレーターを作っていた。ヤヴンが見れば怒られる事は間違いないが、元はと言えばアイツが急がせたからだとソリッドは気にしない事にした。
爆風によって推進するソリッドの体はヤヴンさえも飛び越える。
もう落下体勢に入っているのだが、彼は着地のことを忘れていた。
「やば……うーん。──”爆発”」
彼が使えるようになった魔法は多くはない。
”爆発”、魔法に指南性を与える”射撃”、そして、それらを繋ぐ”連鎖“加えて彼の十八番でもあり真っ先に覚えた”火炎”の四つ。
内二つは補助の役割しか持たないので実質二つだ。
魔法の中ではその二つは基礎にあたる。
しかし、ソリッドの魔力量のゴリ押しによれば基礎を飛び越えた威力を発揮する。
最初の爆発よりも威力を減らして起こした爆発は、彼の体に上向きの運動を与えて減速させる。
”射撃”を使わなかったのは不慣れであり、焦っている現状では高確率で暴発する為。
最初よりは減速したが、常人ではそれでも危ない。
しかし、迷宮の恩恵で常人ではないソリッドは地面に体を強打しても痛みに悶えめ動けない程度で済んだ。
そんな彼を見たヤヴンが呆れ顔で拾い、そのまま彼の足を持って引きずりながら走る。
「君はバカなのか?」
「いきなりどっか行くのが悪りぃだろ?」
わびれもせず頭だけを持ち上げて言い返す。
「そいつは済まないとしか言えないが……流石に守り手が倒されてとあってはな」
「守り手って何だよ」
「この村に……正確にはこの村の本来の入り口に置いてもらった門番のような者だ」
「門番? あの兄ちゃんじゃなくてか?」
「ような者、だ。彼は役職としての門番にすぎん、勿論それなりの魔法は扱えるさ」
確かに門番と言えど、こんな場所に来る人間などそれこそ探索者しかいないのは間違いない。
門番として役割をこなすのはまだ先のことだろう。
「俺の炎を消したのがそれなりなのか?」
「魔術と魔法は違う。前も言っただろう?」
「自分で魔力を使って組み上げるって奴だよな?」
「あぁ、一から現象の構築を行うから魔力の消費が魔術の比にならん。お前の場合は魔力をドバドバ使って無理矢理形を作って発動してるにすぎん」
「だってよぉ、覚えること多すぎねぇか?」
幾つかの魔法をソリッドは習得こそしたものの、まだまだ未熟。
彼が直ぐに魔法を習得できたのは半端に魔術を知りつつも、魔術の考え方に染まっていないが故のものだが、結局はまだ応用できない形だけの代物。
特に細かな攻撃は全くと言っていいほどできないのだ。
「お前が使っているのは基礎中の基礎、それも発現系統。コントロールは照準系統の魔法を重ねるだけなんだぞ?」
「見様見真似でやってるだけだしなぁ」
「見様見真似で出来るセンスはお前の才能だが……ともかく、着いたぞ。ほら、立て」
ヤヴンは目的地である転移装置の前でソリッドの足を離した。
足だけ浮かされていた彼は再び地面に倒れる。
「あだっ!──もう少し優しく離せよなぁ」
雑な扱いに悪態を吐きながらソリッドが立ち上がる。
「んで?これがどうしたんだ?」
「この先にはこの村に探索者が来ないように守り手が居る。逃げ出せば追わないようになっているから態々倒そうとする奴は居ないと思っていたのだがな……」
「じゃあ俺が入って来たのは?」
「私達専用の入り口だ。外に出られないのは流石に困るからな、森の枝を伝って行けばグングニルに繋がる転移装置にも行ける」
グングニル、その名を知るものは少ない。当然ソリッドも疑問に思って問いかける。
「グングニルを知ってるのか?」
「お前こそ。どうして知っている? あの子について来たということは、あの場所を通りはしても名前までは知らないはずだぞ?」
「俺の仲間達がそこを調べてんだよ」
ヤヴンの驚いた顔を見て、ソリッドが誇らしげに胸を張る。
なんだかんだしごかれていたのもあり、少し見返せたことで上機嫌だった。
「……お前の仲間達がここに来たという線もあるのか?」
ヤヴンの呟きはソリッドに届かなかった。
何か言ったのは彼にも分かったので、何を言ったのか尋ねようとしたところでヤヴンが再び口を開く。
「転移装置を動かす。先に行って来い」
「囮か? ヤヴンの方が強いんじゃねぇの?」
「私が行くより良いはずだ」
「だから何でだよ」
理由を言わない事にソリッドは苛立つ。
しかし、首を振るのみで引き下がらないヤヴン。
何か理由があるのは見て取れるが、言ってくれてもいいだろうとソリッドが目を細める。
「いいから」
「はぁ、わーったよ」
頑なに理由を語ろうとしないヤヴンに業を煮やしたソリッドは、渋々光を生み出した転移装置に乗って姿を消した。




