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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
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 二階建てのチェシャの家。一階の廊下は居間と両親の寝室、二階の階段へと伸びている。


 二階に上がったチェシャは自分の部屋には向かわず、弟であるナーザの部屋の扉をノックする。


 ──コン、コココンッ


 特殊なリズム。意図は“遊ぼう”、ただそれだけ。強いて言えば、小さい頃は親の目を抜け出して何処かに行こうと計画を立てるときの合図。

 帰って来たのはガタガタと物音が荒く鳴る音。何かを倒したのか、崩れ落ちるような音までも聞こえて来た。


「……んふっ」


 変な含み笑い。ナーザは片付けが下手だったが、まだ直っていなかったのは予想通りではあっても、チェシャは不思議と安心する。

 そして、不意にドアノブが回る音がした。


「──やっぱり、兄さんだ!」


 現れたのは単発で色素の薄い白っぽい髪色をした穏やかな顔付きの少年。父親似のチェシャに反して、ナーザは母親似の顔つきをしている。髪色は逆で、チェシャは母似だ。


「ただいま」

「おかえりっ! ちょっと早いんじゃないの?」

「ナーザの顔を拝みに来たんだよ」


 ナーザはチェシャより三年遅く生まれている。成長期である彼の身長はまだ伸び切っていない。チェシャにとって彼の頭は非常に撫でやすい高さにあった。


「ちょっと、やめてよ。もうそんな歳じゃないんだから」


 ナザは自分の頭を乱雑になでるチェシャの手を振り払う。拒絶ではなく、羞恥である。


「ごめん、ごめん。……。相変わらず片付けは下手なんだね」

「兄さんと違ってボクは多趣味なんだ。棚が欲しいって言ってるのにお父さん買ってくれないだもん」

「多趣味って言うぐらいなら自分で作れば?」

「材料を買う小遣いがさぁ」

「それぐらいは我慢しなよ……」

「まあ、その内に、作るよ。うん、多分」

「はははっ!」


 家に入るのは辛かったがいざ入ってみれば今まで何を考えていたんだと思うぐらいあっさりだった。その緊張が切れたのもあって、不自然に大きく笑っていた。


「……変なの」


 ナーザは不貞腐れて口を尖らせる。中性的な見た目の彼がするその仕草は愛らしさを感じさせる。


「ごめんって。拗ねないでよ。……どう、調子は? 俺が出てから何か変わった?」

「何も変わってないかなぁ。不思議なくらいほんとに何も」


 二回繰り返して言うくらいには変わっていないらしい。チェシャは少し意外そうに眉を上げた。


「あ、でも。シエット姉さんがちょっと元気無かったかな」


 シエット姉さん。チェシャとは血縁関係はなく、彼からするとただの妹分のような関係だった。


「そっか。明日また顔を出しに行くよ」

「今日じゃなくても良いの?」

「んー。多分大丈夫」

「そ、そう」

「それよりさ、槍はサボってないよね?」


 チェシャは挑発的に微笑を作る。それは一勝負しないかと暗に告げている。


「もちろんだよ。寧ろ今なら兄さんより強いと思うよ?」


 チェシャとナーザの戦績は通算五割。チェシャが劣っているわけでもなく、ナーザが才能を持っていたわけでもない。ただ少し、ナーザの方が努力と思考が得意だった。


 多趣味だと自称するだけあって、一度熱中した事を突き詰める彼は基本的な技術に優れ、人の癖を見て思考を予測することにも優れている。


 運動能力の優れたチェシャ。

 思考能力に優れたナーザ。


 強みの方向が違う事に加え、何度も戦えば対策を整えることが得意なナーザに軍牌が上がる。

 故に、年齢差も覆して五割を維持しているのだ。


「そう?」


 チェシャは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と微笑みを崩さない。頑強たる自信があったからだ。

 セントラルに着いたばかりの頃は粉々になっていた自信も実績を伴った確かなものが出来上がっていた。


「自信満々だね」

「まぁね。……窓開いてる?」

「今開けるよ」


 ナーザは部屋の窓ではなく、工作物の──チェシャから見ればガラクタのそれ──山の奥に隠された壁をスライドさせる。

 梯子が伸びる穴が顔をのぞかせた。


「懐かしいね」


 こっそり遠出をするときに使った通路。村長の子供として課せられた勉強などをこなしているフリで、ここから抜け出していた。

 勿論、バレる時もあったが今では良い思い出だ。


「兄さんも通るのは久しぶりだもんね。先行ってるよ?」

「うん、すぐ行く」


 梯子の先は家の裏手。窓も無いのでバレやしない。

 ナーザが降りていくのを見届けたチェシャは村を出る前よりも少し肉ついた体を押し込むように入り込み、梯子を降りていく。


 まるで煙突を通っているような暗闇の穴を抜ける。

 そこには既に先を潰した二本の槍を持つナーザが。


「はいっ」


 宙に放り投げられたそれを受け取る。


「……」


 槍は軽かった。前の自分はこんなものを持っていたのかと思うくらいの驚き。

 いつの間にか自分の使う槍は迷宮生物用に特化していたらしい。


「一本取った方が勝ちでいいよね?」

「いいよ」


 チェシャは槍を構える。鋼玉製の槍の重さが恋しくなった。


 静寂。

 いつも仕掛けるのはチェシャだった。

 今回もそれは変わらない。変わったのは身体能力と、死線を潜った経験。


 チェシャが地面を蹴飛ばす。

 疾駆。


「っ!」


 誰かの息を飲む音が聞こえた気がした。

 もう敵は目の前。姿勢を低くさせ、槍を跳ねさせるように振るう。


 一閃。


 キンッ──


 冷たい音が鳴った。

 チェシャの鋭い一撃はナーザによって回避と共に横から槍で叩かれる。


 腕が少し横に持っていかれるが、チェシャは獣のように素早く、体を低く飛んで距離を取る。

 ナーザからの追撃は空を切った。


 再び、土が跳ねる。

 チェシャが大きく歩幅を広げて、一瞬でナーザに接近する。


 心臓への突き。


 間一髪、半身になって避けられる。ナーザも負けじと反撃を繰り出す。

 ナーザが得意なのは迎撃。そこからの逆襲。


 素早く引き戻された槍が反撃を逸らす。しかし、勢いがそれた槍と共にナーザが回転。

 横薙ぎがチェシャに飛来する。


 これは上半身を逸らす事によって回避。さらにそのまま円月蹴り。

 ナーザは少し顔を歪めながらその場を飛び退く。

 反撃が途絶えた。


 が、円月蹴りの隙は長い。

 ナーザは地に足をつけたチェシャは狙って突きを入れる。


 狙いは着地で負荷のかかっている足。

 ナーザの狙い通り、チェシャは回避を選択せず、槍での防御。だが、不安定な状況からでは槍に力は入らない。


 ──カァァン!


 ……はずだった。


 チェシャの槍がナーザの想像以上の速度で彼の槍を弾く。チェシャが動かしたのは手首。その捻りの力のみでナーザの両腕の力を押しのけたのだ。


 足元を狙った低い突きはチェシャにはたき落とされて地面に刺さる。


 したり顔のチェシャ。引き攣った顔のナーザ。

 視線が交錯する。


 体制を立て直したチェシャが渾身の突きをだす。

 ナーザは体を横に投げ出して、それを回避。


 その場凌ぎの回避は隙が大きい。チェシャは追い打ちとばかりに横薙ぎをする。


 ──パシンッ!


 乾いた音が響く。

 チェシャの槍はナーザの手で横から掴まれて止まっていた。


「やるじゃん」

「兄さんこそ」


 どちらも涼しい顔で言葉を交わす。


 けれど、ナーザは内心焦っていた。兄の強みは勘と身体能力。考えながら戦う事は苦手だった為、兄の癖を読んで勘でさえどうしようも無い局面に追い込んで勝ちを取る。つもりだった。


 予想外だったのは想像以上に兄の強みがさらに育っていたこと。小細工を吹き飛ばす圧倒的能力。

 その力は今も尚──


 硬い掌を擦り、滑り、強引にナーザの手から槍が引き抜かれる。そして、串刺しとばかりの突き出し。

 ナーザは転がって回避。これ以上やられては堪らないとすぐに立ち上がり、二度目の突きをいなしてチェシャの懐に潜る。


 槍を短く持って、首元に一気に突きを入れる──フリをした。


 ──これがシエット姉さんならこんな手間は要らないけど、兄さん相手には要るんだよね。


 チェシャは上体を捻って本来槍が通る筈だった道筋から身を外す。想像通りの兄の動きに合わせてナーザは本命の胸への突きをしようとして──


「かはっ──!」


 ナーザの腹に拳が食い込む。

 槍よりも早いチェシャの拳がナーザの肺から空気を吐き出させる。


「狙いは良いけど遅かったね」


 チェシャはナーザから槍を取り上げて、彼の首に添える。


「兄さんが速いんだよ……」


 ナーザは予想以上の兄の成長に苦笑を浮かべる他なかった。



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