故郷
比較的高所にあるロクショウ村は時期も相まって家屋や道端に朝の冷気と共に降った少量の雪が積もっていて、健気に咲く雑草は雪解け水の雫で輝いている。
時刻は昼過ぎ、この時期は狩り以外で村人が外に出ることは少ない。チェシャは後ろ髪引かれる思いでアリスに押されるまま人のいない村を進む。
「そろそろ、歩いてくれない?」
その声にチェシャが後ろを振り向くとジト目でチェシャを睨むアリスが。
動いたはずの彼の足は再び止まっていた。
「ん」
雑な返事を返したチェシャが遠くに目を向ける。
現在位置は村の広場、特に規則性もなく並んだ家屋の先には大きな家があり、それが目的地でもあった。
「ねぇ、お土産持ってこれば良かったかしら?」
「要らないよ。多分」
声が硬い。アリスはため息をついたが、説教出来るほど彼女自身出来た人間ではないと考えている。故に彼女がするのは催促のみ。助けるのは彼が求めてからで良いと思っていた。
「じゃあ、さっさと歩くっ」
「……ん」
唸りながら歩くチェシャの歩幅は無意識かどうかは分からないが、アリスが僅かに速いぐらいに小さい。いつもであれば、アリスが少し遅れるほどの差がある。
「ここまで来たらもう諦めたら?」
「分かってる」
アリスの声に苛つきが混ざる。
それでも尚、チェシャの歩幅が速くはならない。アリスは村人が外に居ないことが彼のトラウマを刺激していることには気付かない。
人が居ないこと自体は何もおかしくはない。そのような時期であり、チェシャだって理解していた。問題は避けられた事を連想してしまう状況。
それが彼の足を遅くさせていた。
「……。あの家、だよね?」
アリスはチェシャの顔を覗き込んだ後、そう尋ねた。答えは頷き。
「ほら、いーくーよっ」
アリスはチェシャの手を握り、引っ張って進む。
引っ張るために強く手を握っていたアリスはチェシャが強く手を握り返していることに気付かなかった。
*
村の中では一際大きな家屋、そこにたどり着いたチェシャは何度も潜った家の戸を叩く。
「ねぇ。自分の家じゃないの?」
アリスはどうして普通に入らないのか暗に尋ねる。
「なんとなく?」
なんとなくかと言われれば嘘だった。逃げるように飛び出した家に我が物顔で入るのは、なんだか罪悪感に苛まれたから。だが、それをアリスに言うのも嫌だった。
「はーい?」
チェシャもこの時期に戸を叩く人など少ない事を知っている。懐かしい母親の疑問を孕んだ声にクスリと笑った。
「どちら様……チェシャ!?」
ドアから出て来たのはチェシャと同じ赤髪を肩にかかる程まで伸ばした高身長の女性。顔つきは穏やかで、少し鋭い目つきのチェシャとは対照的だった。
「ただいま、母さん」
「え、えぇ。おかえりなさい。……後ろの人は?」
「一緒に神の試練を探索してる仲間」
さりげなくチェシャが後ろに下がったので彼の意図を察してアリスは前に出た。
「えーと、いきなりすみません。チェシャと同じパーティで探索者をしているアリスです」
なんの説明も無しに淡々と進む流れに戸惑うチェシャの母にアリスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「アリスちゃん、ね。私はサラです。うちの子がお世話になってます」
「いえ、とんでもないです。沢山助けてもらってます」
それは彼女の本心だった。お世辞のような文面ではあったが、少なくともその声は張っていて、お世辞に感じさせない何かがあった。
「……ふふっ。良いお仲間さんね。チェシャ、仲良くしなさいよ?」
サラから見たアリスの表情が一瞬で真面目なものに変わってそう言った為、彼女は思わず笑みをこぼした。
「ん、分かってるよ」
チェシャからすれば、自惚れだとしてもアリスのことを信頼していて、信頼されていると自覚している。故に、母からの言葉に淀みなく答えた。
「ふ、ははっ。……似た物同士ね」
表情は変わらずとも自分の育てた子供。こちらもまた本心から言っている事にすぐに気付き、堪え切れないように声を漏らした。
「……父さんは?」
「今日は居ないわ。隣の村まで用事があるらしくて、明日のー、昼過ぎには戻ってくるかしら」
「分かった。ナーザは?」
「ナーザは部屋に居るわよ。貴方が帰って来たなら喜ぶわ。会ってあげて」
「勿論」
サラはチェシャの答えにに満足そうに頷くとアリスの方を向いて尋ねた。
「アリスちゃんは時間ある?」
「あ、はい。大丈夫です」
「お茶でも飲みながらチェシャの話を聞かせて欲しいの。それに、子供の頃の話もあるから、どう?」
「はいっ。是非っ!」
それは中々にアリスの興味を惹く物だった。彼女はやや食い気味に返事を返す。
「良かったわ。さっ、上がって上がって」
「お、お邪魔しまーす」
「……」
「チェシャ? 入らないの?」
靴を脱いで上がろうとしたアリスはまだ玄関にも入らず棒立ちになっているチェシャに首を傾げた。
「いや、入るよ」
あっさり家に上がるアリスに反してまだ家に上がることに後ろめたさを感じているチェシャは複雑な心境のままに靴を脱ぎ始めた。




