1-22 行動開始
アッシュはサーシャとフォウが落ち着きを取り戻すのを待ってから近隣住民を集めて、これまでに起こった事を説明し今後起こりうる事態を話して聞かせた。ローギッド子爵家とギルドに関してはすぐに行動を起こす事は考え難いが、貴族を虐殺した冒険者のアッシュを領主や他の貴族が放置するとは考えにくい。特権階級に生きるものが庶民や奴隷などの下克上を許せば途端に自分の立場が危うくなるのは考えるまでもない。ならば面子にかけてアッシュを捕縛もしくは処刑することに固執するはずだ。
このままでは少なからずアッシュの周囲にいるものたちはトバッチリを食う羽目になる。そうならない為にもアッシュは状況をきちんと説明しこのまま残る者と移住を希望する者とに分けるつもりだったのだが、アッシュの呼びかけに集まった全ての住人が移住を希望した。
「いいのか。場所は辺境になるし望む職に就けるとは限らないんだぞ。」
「いいや、職なんて問題ないね。サーシャちゃんやフォウちゃん、よりによってちびのリアまでも平気で殺そうとする連中に媚び売ってまでこの街で暮らしたいとは思わねぇよ。」
「私達だってこの街で暮らしたくて暮らしてる訳じゃないもの。それにこの街で希望の職についてる亜人なんて商人以外ありえないわ。」
「そうだ、そうだ。それに俺たちゃすでに街の衛士に逆らってるんだぜ。捕まって奴隷にされるぐらいなら・・・。って別にフォウちゃんが可哀そうだとかそんな話じゃないからな。」
口々に決意を述べる住人たちにアッシュは礼を告げた。心なしかフォウやサーシャも嬉しそうだった。もちろんアッシュの提案は抑圧されてきた貧民街の住民にとっては魅力的だった。アッシュによる統治が行われ亜人種・人種差別なく暮らせ最低限の住居と食の補償がなされるという破格の条件だったが、何より今まで自分たちを抑圧し差別し苦しめてきた貴族の連中にたった一人で抵抗して見せ勝利を勝ち取ってきたアッシュに希望を見出しての事だった。
たった一つ注意すべき点があるとすればアッシュに罪人と認定されれば移住先から追放または罪に見合った刑が課される。明確な法など存在せずたった一人の主観によって裁かれるといった狂気を孕んでいるという事だ。何処の世界でも腐った体制や権力・国に反発し自らの理想や主義を掲げ集団や国を興す。そうして理想に思える国家が誕生するが、世代を重ねる度に少しずつ腐敗を繰り返し、やがて加速度的に破滅へと向かい同じような事が繰り返される。今回アッシュが行おうとしたことも歴史にあるように只の繰り返しになることは分かっているが人類種の絶滅を招くよりは遥かにマシな選択だと信じてアッシュは行動を起こした。
「移住希望者の中で戦えるものは金を渡すので装備を整えてきて欲しい。目的地までの道中に魔物に襲われないようにってのもあるが目的地の村に着いてからも今後は出来るだけ自分達でも自営できるようになってもらう必要がある。それでは装備を整えに行く者と出発する為に準備するものに分かれて行動してくれ。持って行く物は出来るだけ最低限にしてくれ。出来次第出発するぞ。」
アッシュの掛け声によって住民たちはそれぞれの行動に移っていった。今回移住するのは13世帯35名からなる大所帯。そのうちの戦える男は10名もおらず残りは女子供となっていて、若干守りに不安が残る比率となっているがギルドに償いも兼ねて護衛を無理やりにでも承諾させるつもりだ。
「サーシャ、馬と荷馬車がもう少しあった方が良い。あとアゴルまでの必要な物資と向こうに支援物資も必要だ。色々と買い揃えてきてくれないか。」
「買ってくるのは良いけどさ、ちゃんとこの人たちの受け入れの了承は取ってあるの?」
「ああ、その事でサーシャとフォウに話があるんだが俺がアゴルの村長になった。詳しい経緯は落ち着いたら今度話すよ。」
「マスター、ご立派です。ついに出世なさいましたね。店長の次が村長だなんて凄いです。」
フォウは素直に喜んでくれたようだがサーシャはやれやれといった渋い顔をしている。フォウだけでも喜んでくれたのは嬉しい。フォウは最近やっと心を開いてくれたのか、感情を見せてくれるようになったのだが少々残念な子の印象を抱いてしまう。普段完璧を目指した猫を被っているせいなのかもしれない。まぁ後でサーシャにはフォローは入れておかないとダメだろうと思いつつフォウにもお使いをお願いする。
「フォウはギルドに行ってアゴルまでの住民の非難の護衛を頼んできてくれ。俺の名前を出せば無下にはされない筈だ。頼んだぞ。」
フォウは何処で覚えたのか敬礼をしてギルドまで走っていった。アッシュは走っていくフォウの後ろ姿を見送ってサーシャに視線を戻した。
「一応念の為、アゴルの村長に手紙を送っといたんだ。追加で働き手になる人手を送りたいって。まぁ亜人の連中も人数に含まれてるってことは事前に知らせるべきかなって思ってな。そしたら前に送った1号たちの働きぶりで村がより良くなったって書いてあってな、村の衰退を受け入れて諦めてしまった村長より俺に村の運営を任せた方がより良くなるって村人に話してくれたらしく、ほぼ満場一致で村長としてお願いしたいってさ。」
アッシュが必死で説明すればするほどサーシャの眉が吊り上がっていく。
「それって逆を言えば村長に責任を丸投げされたって思わないのかしら?つくづく甘いわね。」
サーシャはため息をつくと仕方ないといった素振りで
「行って来るわ。」
と短く告げて必要なものの買い出しに出かけて行った。サーシャも見えなくなり一人になったアッシュは自分の選択が間違っていない事を祈りつつ空を仰いだ。




