1-13 ギルド支部
野盗たちから手に入れた馬に乗りサーシャとフォウは見事に手綱を捌いて見せた。一方のアッシュは馬に乗れる筈も無く試行錯誤の上、リヤカーのような荷車をフォウの乗る馬に括り付け荷物と一緒に荷台の上で運ばれていた。当初、女性陣がいとも簡単に馬を操って見せた事からアッシュも幾度かチャレンジはしてみたものの、乗ることが出来ても馬が言う事を聞いてくれない。動かない、見当違いの方向に進む始末。仕方なく出来ないものは出来ないと諦め荷物と一体化することにしたのだった。清々しい天気の中、心地よい揺れを楽しんでいると視界にドベルの街の高い防壁が見えてくる。街に入るまでしばらく距離もあり、その間にサーシャにドベルの街について知っていることを教えてもらう事にする。サーシャから得ることが出来た情報を纏めると、ドベルの街は商業都市で人口は約1万人を超え四方を高い防壁で囲まれ流通の拠点ともいえる大河に隣接されている。この国において中規模の都市という格付けとなる。
まずこの国の名前からであるが国の名はローウェル王国。隣接する国々との小競り合いが絶えない国だが現在で32代目となるローウェル国王が即位してからは小康状態が20年ほど続いていた。ローウェル王国内の東方に位置しているのがドベルの街である。大河を挟んだ向こうには隣国、亜人たちの小国が纏まって国を成したアンセム共和国があり度々戦火を交えていた。
ローウェル王国の北には神聖王国ルスゴルが存在しており此方も同じく国境付近にある霊峰の所有権をめぐって争っている。現在は停戦状態にあるが諍いの火種は燻っている状態と言える。残った西と南には手つかずの原生林、妖の森と呼ばれる大森林が広がっている。森を抜けた場所は魔族や妖精族が住む土地が広がっている。アゴルの村はドベルの都市より南方に位置し妖の森にも近い為、辺境の村として領地を管理する貴族も現れず独自の文化を築いているともいえる。アッシュたちがとらわれていたのも南方にある妖の森のはずれにある迷宮である。
アッシュは大まかな位置関係を理解させられた後、さらにドベルの情報を詰め込まれて行く。ドベルは隣国との国境沿いにあるという事もあり重要拠点の1つとして認められ故に領地を管理する貴族もそれなりに位の高い伯爵となっていた。名前もアルトリウス・ド・ネル・ローウェル。一応、王家の血筋に連なるものとしてローウェルの名は冠しているが継承権などは絶望的に低く23番目といった具合である。僅かながらにも王家の血が流れているといった妙なプライドから亜人の排斥や自らの信奉する宗教以外の弾圧など褒められない事ばかりに力を使っている。現国王の手腕により被害の拡大は免れているようだが人格に問題あるものにも権力が与えられるという事は大いに問題がある。
商業都市であることから商人に対しては優遇されているようだが流通の拠点及び隣国との窓口となる街に不必要な人間が紛れ込まないように厳重な対策が取られている。純粋な人族であれば銀貨1枚、それ以外の亜人となると銀貨3枚という税が街に入るだけで必要となって来る。これは市民権を得てないものは滞在日数が10日ごとに収める必要があり、納めることが出来ない場合は捕縛され奴隷にされてしまう。例外的に冒険者はこれを免除されるが、まぁ基本的に死んでも構わない、簡単に都合の良い人手という認識からなるものだ。巨大な城壁を眺めながら城門まで進む間にサーシャから教えられた知識を復習する。堅牢な城門に辿り着くと衛兵が門番をしており手形や冒険者証といったものを持つものと持たないものを振り分け並ばせていた。
アッシュは誘導に素直に従い順番を待って衛兵の審問を受けた。その際、フォウが無理やり別の場所に連れて行かれそうになったが奴隷紋を示し所有物だと宣言することで事なきを得た。ただ衛士と揉める事は避けることが出来たが納得できるものではなくアッシュのフラストレーションを蓄積させる結果となった。
サーシャの付き添いという事もあり税は免除されたが臨時手形という扱いになり3日の滞在許可となった。その間に冒険者証を手に入れるか新たに税を支払うか決められるようだがサーシャとしては、このまま冒険者にしてしまおうという目論見だろう。
街に入ってすぐに目に飛び込むのは商店街区。流石商業都市、多くの人で賑わっており店舗というよりは屋台の様な露天商が並んでいた。売っているものは様々で小物や宝石。出店のような串焼きの店まであった。肉の串焼きが1本大銅貨1枚。日常的な感覚でいえば大銅貨1枚が100円くらいの換算になるのかもしれない。旨そうな匂いに後ろ髪をひかれながらも先を急ぐことにする。店舗はもっと奥まった場所にあるようで宿屋も同じような場所にあるらしい。サーシャに勧められるまま宿屋に直行する。ギルド支部は少し外れた場所にあるようで馬や荷車を引いた状態ではいけないとの事だった。馬と荷車を預ける為、宿屋につくなり店主が一言
「亜人はお断りだ。宿に入るな」
といった事から、その場の空気が凍り付くような事態に発展した。一瞬の間に蹴り砕かれた大きなテーブルの破片が宙に舞い、唖然とする店主がテーブルの破片を目で追う。破片が音を立てて床に落ちる頃には店主の目の前にアッシュが迫っていた。
「人族限定の宿屋なら看板でも出しとけよ。お前の店の中だから、お前が勝手にルールを作れるんだろ?」
低く、殺気すら籠った声で店主を威圧する。審問の衛士と言い宿屋の店主と言い、一体何様のつもりなんだろうか。ここに来るまでの屋台の店主を見てもそうだが亜人が珍しいという事はない。亜人の店主の店も多かったし街にも結構な数の亜人が存在しているというのに、ここまで酷い扱いを受けているのは何故なのか?それなりの理由があるのだろうが、それでも自分たち一行が同じ扱いを受け入れる道理はない。ここに至る道すがら向けられた街の人間達からの侮蔑の視線に苛々が募ったというのもあるのだが、店主の一言に我慢がならなかった。
「こいつは俺の奴隷だ。この国じゃ奴隷は道具って扱いじゃなかったっけ?じゃあ、お前は俺の事を拒絶してるってことで良いんだな?」
真っ青な顔で首を振る店主を見てサーシャが手で顔を隠し苦悩しているが後に交渉の上、宿にも泊まれることになり少しながら留飲も下げられたことでアッシュは満足していた。ただ店主も僅かながらにも抵抗を見せ、宿泊料金は1人3銀貨だがフォウだけ3倍の料金で銀貨9枚。部屋は寝台が二つの一部屋。しっかりと壊したテーブルの代金も請求され結構な出費となってしまったが大した問題にもならず解決できたことで一安心したサーシャが涙目になりながらポカッとアッシュを小突く。部屋で休憩を取りながらサーシャの小言を聞く羽目になった。