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1-10 ご主人様とアッシュ様

フォウの食事が終わった頃合いを見計らいアッシュとサーシャはフォウが休んでいる部屋へと足を運んだ。アッシュが部屋をノックする。フォウの返事を待ち、扉を開けると床に正座し頭を下げた所謂土下座状態のフォウの姿が目に飛び込んできた。アッシュはギョッとするがサーシャはさほど驚く様子もない。


「何をしてるんだ?フォウ」


「新しいご主人様へのご挨拶です。」

ハッキリとした口調だが此方を見る事もなく頭は下げられたまま。


「俺たちは君の主人でもないし奴隷扱いをする気もないんだが・・・。とりあえずお願いだから普通に椅子にでも座ってくれないか?」


アッシュが頼むがフォウは一向に動く気配がない。進展の無い2人のやり取りに痺れを切らしたサーシャがアッシュに助け船を出す。


「フォウは新しい主人は貴方が良いって言ってるのよ。ついでに助けてあげたら?」


「俺は奴隷なんか必要としてないぞ。それに俺たちは無一文だし、前の主が死んだんだから自由になったらいいんじゃないのか?」


顔を下にしたフォウの表情は分からないが床に雫が落ちる。小さく肩を震わせているが、それでも顔をあげる事は無い。


「あんた、それ本気で言ってんの?今更助けておいて死ねって言ってんのと同じなのよ。それとも記憶喪失ってのは誤魔化しじゃなくて本当なの?」

サーシャの剣幕に気圧されながらアッシュは本当にこちらの世界の記憶がない事を説明する。本当は知らないだけなのだが妙な事になっても困るのでハッキリとサーシャに説明してもらう。


「今、フォウの主人無しって状態は物扱いと同じ状態なの。だから本来ならば見つけた人が所有権を有するの。契約すれば正当な所有物として認識されることになるけど、契約のされてない奴隷には誰に何されても殺されたとしても文句言えない状態なわけ。それに管理者のいない奴隷に対しては何をしたところで罪に問われることもないわ。この村の人たちは貴方が連れてきたってことで面倒見てくれてるの。私が治療したのだってそうよ。アッシュが願ったから助けたの。それにね、まともな主に恵まれる事なんてよほどの幸運でもなきゃ存在しないし自由に生きろってことは奴隷にとっては勝手に死ねって言われてるようなものなの。」


「奴隷の状態を解除することは出来ないのか?」


「出来ない事は無いけれど、ほぼ無理ね。解除には国の許可がいるし基本、街や村にだって主人無しの奴隷なんか入れてすらもらえないわ。事情があって奴隷に堕ちるものもいるけれど殆どが犯罪者だから国が許可する事は特別な例外が無い限り有り得ないわ。」

サーシャはキッパリと現実を告げた。誰もが知る此方の世界の現実なのだろうがアッシュとしてはショックが強い。現代文化において奴隷という存在は、数十年前に姿を消した過去の文化でしかなかったから。ただ考えようによっては犯罪者を労働力や財源に変えるのは理にはかなっているのだが最低限の権利すらないというのは思うところがある。


「すまなかった。知らなかったとはいえ傷つけた事を謝る。さっきも言ったが俺は無一文だし、記憶が無い。多分苦労すると思うぞ。良いのか?」


アッシュの問い掛けにフォウは初めて顔を上げて答える。

「アッシュ様が謝る事などございません。助けて頂いた命、アッシュ様に捧げます。何卒、使い捨てるなり好きにお使いください。」


「じゃぁ・・・、改めて宜しくだ。早速だが、まず話をするにも何にしても普通に椅子に座って話さないか?」


「アッシュ様のご命令なら」

フォウはそそくさと立ち上がり人数分の椅子を用意して椅子を引いて待っている。


「ちなみに俺に様は要らない。あと椅子を引いたりとかそういった行為も必要ない。普通に座ってくれ。」

どっと疲れを感じるアッシュだが此処で挫けていては話が進まないのでサーシャと共に席に着く。サーシャにしてもアッシュが隠し事の為に記憶喪失だなどと言っているとばかり思っていたが、本当ならば面倒な事になったと気を重くしていた。2人の疲れた様子を他所に一人機嫌を良くしたフォウは席に着くなり


「契約の方は、いつ行いましょうか?」


「ん?契約って何か特別な事が必要なのか?」


「さほど特別な事はございません。少しばかりご主人様の血を頂ければすぐに終わります。少々お待ち下さい。準備してまいりますので。」

部屋を軽い足取りで出ていくフォウを見送りながらアッシュはため息をつく。そんな様子を横目で見ていたサーシャは困ったものだと同じようにため息をついた。


「私は最初からそのつもりで、巣で拾ってたのかと思ったわ。」

ジト目で見つめられるが誤解としか言いようがないのでついつい返事がぶっきら棒なものになる


「純粋に助けただけだ。」


あっそうと言わんばかりに手を振るサーシャはアッシュの機嫌を伺いつつも話を続ける。

「これからどうするの?私としては一度、事の顛末をギルドに報告しなくちゃいけないんだけど。勿論、証人として付いてきてくれるわよね。こっちとしては相棒の先輩も依頼主も両方とも失ってるわけだし、失敗の原因のゴブリンの巣についてもヒーラーの私だけじゃ嘘のような報告しかできないし。」


「報告ってのは必要なのか?常識から学び直す必要がある人間が報告できるようなことなんてないぞ。」


「じゃあ私がアッシュの知らない知識をカバーしてあげるわ。記憶を取り戻す手伝いってやつね。その代わりギルドで一緒に仕事を受けて欲しいの。そうすれば身分証なんかも手に入れられるし報告も出来るし一石二鳥?お金も手に入れられるんだから三鳥かしら?戦闘に関しては記憶が無くても出来るでしょ。それに儲けも山分けするわよ。」

サーシャは良い事を考え着いたかのようにアッシュの手を取り喜んでみせる。正直な話ここからギルドの支部がある街に辿り着くだけでもサーシャ一人にとっては荷が重い。本来、前衛なるものがいて初めて役に立つ職種であるが故、一人では戦闘にすらならない事が目に見えている。ならば絶望するような状況下でもしれっと生き残る未知の戦闘能力を有した男を逃す手はない。しかもアッシュは本当に記憶喪失らしいときている。出来るだけサーシャにとって都合よく、足元を見られない様に振る舞う事が大切なのだ。心の中でガッツポーズをするサーシャに後ろから冷ややかな声がかかる。


「サーシャ様、ご主人様にはもう少し丁寧な説明を願います。僭越ながら私が補足させて頂きますとまず第一にギルドメンバーならざるご主人様に報告の義務はございません。次に一般常識程度でございましたら私の知識でも十分に役に立つかと思われます。最後にですが報酬の取り分としては前衛8割、悪くても7割が妥当かと記憶にございます。最寄りの街までの護衛費という項目がございませんでしたのでご再考お願い致します。」


一瞬にしてその場の空気が重苦しい物へと変わる。フォウとしても悪気は無く、当然と思われることをしているだけだが、サーシャにとっては騙そうとした相手にその場で咎められ追加で正当な報酬まで要求されるという最悪この上ない状況なのだ。サーシャは次の手をあれこれ考えるが目の前で暴露されてしまっては打つ手が無い。サーシャが言葉に詰まる間にもフォウはテキパキと準備を進め誰にも気付かぬ間に全裸となり、アッシュの前に跪く。アッシュは裸のフォウに凍り付き何事かと思い戸惑っているとフォウが小さなナイフをアッシュの手に渡す。


「さぁそのナイフで、ほんの少しの傷で良いので、手に傷をつけ血を流してください。」


フォウに促されるまま少し指先を切ると、切った指先をフォウは胸の刺青の様な紋様に押し付ける。すると黒く染まっていた紋様が薄い青い色へと変化する。


「ありがとうございます。ご主人様、これで契約は完了致しました。」


「そのご主人様ってのもやめてくれない?」


「ではアッシュ様をどのようにお呼びすればいいですか」

立ち上がり真正面に向き合うような形でフォウは聞いてくる。


「ただアッシュで良いから、とりあえず服着てくれるか?」


満足そうな顔で服を着るフォウを見ながら何故に裸になる必要があったのだろうかと考えるアッシュだった。一方サーシャはフォウに対して侮れない娘であると認識を改めさせられるのであった。


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