1-9 フォウ
怪我人の治療に貢献したこともあり素性の知れない3人組を村人たちは快く迎え入れた。治癒師を呼びに行くことも叶わず、弱っていく家族を失う事を覚悟していたのだから恩人たるアッシュたちを無下に扱う事は無かった。それに諸悪の根源のゴブリンの巣まで討伐してきたというのだから評価は鰻登りだ。アッシュたちとしても今までの野宿生活から比べれば寝床もあれば食事まで用意してもらえ快適この上ない生活と言えた。そんな村での生活が始まって2日後に少女は目を覚ました。
目を覚ました寝台の上で少女は今までの人生を振り返っていた。7歳の頃、両親にどんな事情があったのかは知らないが住み慣れた故郷を追われ、やっとの思いで流れ着いた人間の国は亜人への差別意識が強く、普通に生きるのですら領主から重税を課せられた。課せられた税が払えなければ奴隷として身を落とす。家族一丸となって奮闘したものの慣れない土地での生活は一年と経たずに破綻し家族全員奴隷となった。買われた先の商人の家では酷い扱いを受け、同じ奴隷の筈の人族からも迫害を受けた。なまじ基礎能力が高い為、重労働に明け暮れ辛いと涙を流せば主から鞭を打たれる。主の何か気に食わない事があれば自分達家族のせいにされ食事を抜かれる。元より僅かばかりの食糧は両親により私に与えられた。そんな環境で生き残れる筈も無く10歳の誕生日を迎える前にアッサリと両親は過労により病になって捨てられた。その頃には、すでに涙も枯れ果て、この世界は自分たちに優しくない。幼き頃から学んだ唯一の事だった。
それから数年たったある日、主の商いの手伝いとして買い付け商品の荷運びをやらされていた時にゴブリンの襲撃に遭ったのだ。他にも数名の奴隷が共にいたが痩せ細った奴隷にはゴブリンに立ち向かうなど到底出来る事ではない。次々に犠牲になっていく奴隷達。奴隷達の背後で恐怖に顔を引きつらせ泣き叫ぶ主人の商人。そこには阿鼻叫喚の光景が繰り広げられていた。少女は惨劇の中、嗤っていた。これから自分に起こる事が想像できないわけではないが、目の前の光景を前にして嗤わずにはいられなかった。ゴミ屑でも見る様な目で私を見ていた奴隷達。憂さ晴らしに鞭打つ主。いつも自分より高い位置で見下していた者共が自分と同じ地獄に足を突っ込んでいるのだ。しっかりとその光景を目に焼き付けながら自分に向かって振り下ろされる棍棒の衝撃で気を失った。目を覚ますとゴブリン共に犯されていた。繁殖に利用されると分かっていたが亜人族の犬種である自分は妊娠時期を選べる。よって望まぬ懐妊など起こり得る筈がなかった。今までは肌色の重しが乗っていたが緑色に変わっただけの事、虚ろな瞳は嘗て主だった肥え太った手足に齧り付くゴブリンを見つけもう一度嗤った。
暫くすると繁殖に使えない事に気が付いたのか玩具の様に甚振られるようになった。嬲り者にされる日々が続き体を動かす事すら出来無いほど痛めつけられた。動かなくなった私をゴブリン共は死骸の山に捨てた。後は死を待つばかりだが、ここで死ねば奴等の骸と同じ。死んでまで奴らと同じ場所に居たくない。必死の思いでもがいている時に男の声が聞こえた。ここにいる私に気付いてほしい。せめて違う場所で死なせて欲しい。
願いを込め僅かばかりでも動かせる場所はすべて動かし、やっとの思いで掴む手には何もなかった。最後まで何も手にすることが出来ないまま朽ち果てるのかと諦めかけた時に、もう一度男の声が聞こえた。そこで意識を手放してしまったが次に目を覚ました時には男に介抱されていた。両親以外の優しさに初めて触れ安心して眠ることが出来た。どのぐらい眠っていたのかは分からないが目が覚めると寝台の上に寝かされていた。
体には清潔な服が着せられておりシーツも綺麗なものが使用されていた。奴隷となった身分では考えられない待遇だ。体の傷も見当たらない、すでに死んで天国にでもいるんじゃないかと疑ってみるがそんな様子もない。窓から差し込む顔に当たる日差しが心地良い、掛けられた毛布も良い匂いがする。夢の中にでもいるような気持ちになり毛布に顔を埋めていると窓から聞き覚えのある声が掛けられた。
「おはよう、やっと目を覚ましたみたいだな。体の調子はどうだ?何処か痛いところは無いか?」
少女は慌てて首を振る。
「良かった。3日も寝てたんだから腹が減ってるだろ?用意してもらってくるから少し待っててくれるか?」
今まで考えもしなかったが気が付いてしまった途端に空腹感が襲ってくる。空腹には違いないが自分が持っている物など何一つない事に気が付く。現実を思い出し涙が溢れてくる。
「も・・・、申し訳ございませんが私にはお支払できるものがございません。助けて頂いた分際でこのような事を申し上げ難いのですが、私はこのような綺麗な服と寝床を与えられるような身分でもありません。主を失い価値の無くなった奴隷です。最初にお伝えするべきでしたが・・・。」
アッシュが少女の言葉を遮り、ほんの少しだけ強い口調で
「子供がそんな気持ち悪い喋り方しない。それに助けたのは俺なんだから最後まで素直に助けられろ。そして腹が一杯になって元気になったら、その時にこれからの事を考えればいい。それに君は俺の連れってことになってるからこの村での待遇は気にすることは無いし支払う物も要らない。ただ感謝はちゃんと口にすべきだ。ちなみに俺はアッシュ、後ろにいるのはサーシャだ。君の名前は?」
少女はここ何年も誰も呼ぶことのなかった名前を記憶から呼び起こす。考えてみれば名前を呼んでくれたのは両親だけだった。生まれて初めてする自己紹介は涙をボロボロと零しながらの笑顔だった。
「フォウです。助けてくれてありがとうございました。でも、私は子供じゃないですよ。これでも16歳です。」
「お、おう。悪かったな。フォウ、宜しくな。」
「宜しくね、フォウ。」
名前を呼ばれてフォウは少しずつ何か自分の中で溶けていくようなもの感じた。ゴブリンの巣穴での出来事でも心が壊れなかったのではなく、壊れていたから生き延びることが出来たのだ。そして今壊れたものが修復されつつある事を実感していた。




