第三十七話:物思い〜奈緒篇〜
病院を出た奈緒は、嘘みたいに頬が熱かった。
(あたしはなんてことを…。九連に変に思われたよね、絶対)
まさか日向を抱き締めるとは全く思っていなかった。なのに、無理矢理笑おうとしている日向を見たら勝手に体が動いたのである。
(一人で照れちゃって馬鹿みたい…)
そう思う一方で、
(…何か、変な感じ)
他者を抱き締める、ということに言い様のない喜びを感じてもいる。
(九連といると、何だか調子が狂う…)
最初は“あの人”に似てる…と思っただけだ。外見だけで中身は全く違うのはすぐに分かったが、それでも徐々に日向の存在は奈緒の中で膨らんで行った。今では“あの人”のことを思い出すことはあまりない。「陽くん」
“あの人”の名を呟いてみる。今はもういない、あたしの初恋の人。適当で天の邪鬼なあたしを好きだと言ってくれた人。
(…なのに、あたしは陽くんを見捨てた)今も思い出せる。傷付いたような鳶色の瞳。蒼白な顔。
(あたしは、他人を不幸にする)
そう思うから他人から距離を取ろうとするのに、いつの間にか日向から眼を離せないでいた。
(…何か気分が暗くなってきた)
首を数回軽く横に振って、奈緒は陽のことを記憶という箱の中に閉じ込める。
(言えなかったな…。影が御鶴城を殺したこと。あと、赤い眼の影と会ったこと)
正確に言えば赤い眼をした影が御鶴城を殺したのだがー。
(あまり九連を刺激することは言えないし)
奈緒は眼を伏せ、ため息をはいた。何だか心の中が霧で覆われたかのように、モヤモヤとして仕方ない。(…御鶴城の死体はどうなったんだろう。学校は騒然としてるんだろうな)
何処か他人事のように考えながら、夜の街を奈緒は一人、歩く。




