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5年前 蓮視点 忘れ得ぬ存在 下

*上を同時に投稿しています。まだの方はそちらからどうぞ*




「さて、縄はほどいたけどどうするつもりだい。誠司」

「まずはドアを開けて堂々とでる」


 自由になった体を伸ばし、制服のあちこちを探り持ち物を確認する。

 使いたいものはすぐに見つかった。

 確かに携帯以外は特に没収されなかったようだ。

 誘拐犯たちの甘さに少しイラつく。

 とはいっても、簡単に見つかるようなところには隠していないが。

 脱出の算段がついたのでそう告げると、里織はへえと面白そうな顔をした。


「鍵、かかっているけど?」

「あのタイプの鍵なら開けられる」

 

 先ほど確認したが、非常に単純な鍵穴だった。

 あれくらいなら手持ちの道具とピッキングで何とかなる。


「子供だと思って油断しているみたいだ。丁度いい。利用させてもらおう」

「……実はなんでもありなんだね、君。私も大概だと言われるけど、まさか12歳の子供がピッキング技術を持っているなんて誰も思わないよ」

「そうか?あると便利だぞ?」

「……今度は私も勉強しておくよ」


 少し眉を下げ、里織が悔しそうに言う。

 だが、里織が知らなくて当然だ。

 これは『朝比奈 蓮』の技術。『神鳥 誠司』のもつものではない。


 言葉通り簡単に鍵を開け、外へ出る。

 見張りすら立っていないことに、逆に苛立ちを感じた。


「馬鹿にしているな」


 眉を顰める。


「まあ普通鍵のかかった部屋から子供が出てくるとは、誰も思わないだろうからね」

「それでも一般常識として、一応見張り位は立てるものだろう」

「常識が通用する相手が、私たちを誘拐すると思う?」

「それもそうだな」


 話しながら歩く。部屋を出たところは廊下で、どうやら2階建ての建物の2階部分にいたらしかった。

 廃墟らしく、コンクリートの残骸が足元に散乱している。

 勿論、電気がついているはずもない。

 まだ昼間なのに薄暗い中、慎重に歩みを進めていく。


「誘拐犯は下か」

「で、誠司はどうするの?」


 少し楽しそうに尋ねる里織に、こちらも笑って返す。


「相手の出方次第だが……そうだ。お前は出てくるなよ?」

「誘っておいてそれ?ひどいな。……私も強いよ?」


 不満そうに言う里織をなだめる。里織がかなりの腕前なのは知っていた。

 こいつもまた、基本何でもできる男なのだ。


「知ってる。だが、お前は音楽家だろう?ヴァイオリニストが手を使うな。俺が片づけるから、お前はその辺りにでも隠れておけ」


 里織はそう言われるとは思っていなかったのだろう。目をまるくした。


「……それを言われてしまうと、何も言いかえせないな」


 一人で大丈夫?と聞く里織に誰に言っていると軽く答えた。






 誘拐犯は複数人ではあったが、殆どが素人のようだった。

 柱の陰から様子を窺ってみたが、あまりにも警戒心がなくこちらの方が驚いたくらいだ。

 話を盗み聞けば、どうやら神鳥財閥への怨恨の線が濃いようで。

 最初から狙いは里織ではなく俺だったようだ。


「……悪い、里織。どうもお前を巻き込んでしまったみたいだ」


 結果として巻き込まれただけだった里織に謝罪する。


「いいよ。お互い様だから。次は立場が逆かもしれないし」


 誠司の新たな一面を知ることができたし、私としてはプラス要素の方が多いよとあっけらかんという里織に苦笑した。


「そうだな。そう言ってもらえると助かる」


 犯人の状況と動機は理解した。

 後は腹いせにあの屑どもを片付けるだけ。

 里織を下がらせて、俺はむしろ見せつけるかのように前へ出る。


 俺がここに来るとは思いもしなかったのだろう。

 男たちは、目に見えて焦りだした。


「な、なんでここにこいつがいる!!」

「閉じ込めてたんじゃなかったのか!!」

「鍵はかけたはずだ!!」


 醜く、自分の主張だけを繰り返す。

 その中で一人だけ、現実的な指示をだした男がいた。

 

「落ち着け!!そいつは、まだ12のガキだ。逃げられるわけにはいかない!!大人しくさせろ!!」


 その言葉に、皆が一斉に殺気立つ。

 自分たちがもはや後戻りできないことに気付いているのだろう。

 どの顔も必死だ。

 だが、俺はそれをみてせせら笑う。


「12の餓鬼一人に複数人がかりか。……所業があまりにも屑で驚くが、地面に這いつくばって、現実を直視するか?」

「うるさい!!さっき殴られて気絶していたのはどこのどいつだ!!」


 俺を黙らせようと、指示を出した男が叫んだ。


「……ああ、あれはお前の仕業か」


 無意識に低い声が出た。その声に、周りがびくっと反応し後ずさる。

 俺を殴ってくれた礼はしなくてはいけないと思っていた。

 探す手間が省けたというものだ。

 そう思い、その男を一人目のターゲットに決定する。

 気負わず、通常と同じように歩き近づいていく。


「借りは倍にして返す主義だ」


 事実を淡々と述べながら更に近づく俺に、逆に怯む様子を見せる男共。

 何かを感じ取ったのか、更に数歩下がる。だが俺は気にしない。

 ペースを変えず近づき、そして思い切り、回し蹴りを放った。


「……!!ぐふっ」

「まず一人」

「!!野郎!!」


 仲間が床に沈み込んだのをみて、男たちがさらに殺気立つ。

 規則性もなく、ただ闇雲に向かってくるそいつらを俺は冷静に一匹ずつ片づけていった。


「二人目」


 もう一人、床に沈む。

 

 簡単なものだ。

 実は『神鳥 誠司』は空手をたしなんでいた。

 勿論まだ12の子供。例え才能があっても大の男を倒すのは難しいだろう。

 だが。

 そこに『朝比奈 蓮』が空手の黒帯保持者だったという事実が加わる。

 体のキレは当然30代の頃より良い。技術は前世からの引き継ぎ。

 力が足りなくても、技術で何とでもなる。

 ましてや相手は、素人に毛が生えたようなもの。


 負ける要素はどこにもなかった。


 あっという間に、全てを片付ける。

 最後の一人が沈むまで5分とかからなかった。


「他愛もない」


 すべてを片付けて、放置してあった椅子に腰かける。

 男たちは全員気絶していた。


「里織、終わったぞ」


 声を掛けると、遠目から様子を窺っていた里織がでてくる。

 気絶している男たちをみて自業自得だねと呟いた。

 その目は冷たく、彼らを何とも思っていないことが分かる。

 一瞥したのち、こちらを振り返った里織は、興味津々といった様子で俺に聞いてきた。


「見事な腕前だったけど、誠司って有段者だっけ?」

「面倒くさいから段位認定は受けていない」


 そう言う事にしておこう。

 しれっと返すと、呆れたようにこちらを見てきた。

 どうやら信じてはいないようだ。


「誠司、本当に今の君は別人みたいだ。勿論私は今の君の方が好ましいけど……でも、君は一体何者?」

「別人みたいだと言われても。俺は紛れもなくお前の幼馴染の『神鳥 誠司』だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 いくら詰め寄られても、説明するつもりはなかった。

 頭がおかしいやつだと思われておしまいだ。


「一人足りないみたいだが、もしかしてお前が片づけてくれたのか?」


 話を逸らすため、気になっていたことをぶつけてみた。

 最初に確認していた人数より、一人少ないと思っていたのだ。

 そう指摘すれば、里織はああと頷いて柱の影を指さした。


「向こうで倒れているよ。誰かさんが大暴れしてくれたおかげで、私は暇だったからね。でも、約束通り手は使っていない」

「成程」


 両手をひらひらとさせる里織。こいつも足癖が悪いらしい。

 遠くから複数の足音が聞こえ、俺は立ち上がった。


「警備が来たみたいだ」




 駆けつてきた警備と警察に事情を説明し、誘拐犯を引き渡した俺は自分の家へと帰ってきていた。

 帰り際里織が、また遊ぼうと意味深に笑っていたが、何につきあわせるつもりなのか。


「誠司様。ドイツの伊織様より通信が入っております」


 玄関先で出迎えたメイドの一人が、俺にそう伝える。


「わかった。通信室に向かう」


 答えながらも、知らず緊張が走った。

 通信室とは、映像つきで通信ができる部屋の事だ。  

 転生したこの世界は、向こうの世界よりも技術力が遅れているらしい。

 映像を伴った通信を行うにはまだ、各種色々な機械や面倒な設定が必要なのだ。

 神鳥や鏑木などの大財閥は必要に駆られて、それぞれ通信専用の部屋を用意してあった。

 どうやら婚約者は、それを使って遠く海外から連絡をとってきたらしい。

 メイドに、そちらへ向かうと告げてから思考を整理した。

 

 帰りがてら、色々とゲームとの差異を精査していたのだが、どうもあちらこちらでゲームに関連するフラグが、折れたり立ったりしているみたいなのだ。

 しかもそのほとんどに、俺の婚約者であり『神鳥 誠司』の初恋の相手の『鏑木 伊織』が絡んでいる。


 里織の義妹である『伊織』は今、10歳だ。

 里織と同じく名字が違うが、ゲームのヒロイン『小鳥遊たかなし 伊織いおり』本人だと思われる。恐らく、どこかでフラグを折ったのだろう。

 本来なら初等部卒業時にとのことだったが、里織に望まれて今年から同様にドイツへピアノ留学している。里織が溺愛する義理の妹。

 だがゲームの中で語られる情報では、里織に妹ができるのは高等部の3年にあがる直前の筈。

 しかも、里織は伊織を毛嫌いしているという設定だ。


 なのにすでに里織の最愛の妹として存在する『伊織』。

 高い確率で俺と同じように、ゲームの記憶を持つ転生者だと考えられる。

 でなければ、こうもうまくフラグを折ったり立てたりはできないだろう。


 記憶を思い返してみても、彼女が妙な素振りをみせることはなかったから、単純に好ましくないフラグを折っているだけなのかもしれない。

 幸運な事に、俺に対しても恋愛感情をもっているようには見えなかった。

 悪い女ではなさそうだったから、俺と依緒里の邪魔さえしないでいてくれたら、後は好きにしてくれたらいい。

 元々ゲームでも婚約者は違う女だったはずだ。

 今となってはいくら『神鳥 誠司』が惚れた女だとしても、恋愛対象としてれんが見れるはずがなかった。

 依緒里が見つかった時、婚約者がいたなんて愚は犯したくない。

 婚約の解消。彼女に対して俺が望むのはそれだけだ。

 それをどう切り出そうかと悩みながら通信室に入った。


「誠司くん、久しぶりー」

「!!!」


 通信室に入るや否や、能天気な声が響いた。

 その声を聴いた途端、全身に歓喜が走った。

 声は覚えているものと違う。なのに、体中が一斉に『そうだ』と訴えてきた。

 俺はあまりの驚愕に思い切り顔を上げた。

 

 「どうしたの?誠司くん。怖い顔しちゃって」


 スクリーンに大きく映し出されるのは、不思議そうに佇む婚約者の『鏑木 伊織』の姿。

 間違いない。ゲームヒロインの容姿そのままだ。

 ただし、数年若い分、俺が覚えているよりも若干小さい。

 だけど。


「依緒里……?」


 信じられないことに、彼女は俺が探そうとしていた『朝比奈あさひな 依緒里いおり』だった。ありえない事態に呆然と立ち尽くす。


「お前……なのか?」


 衝撃のあまりかすれてしまった声で呼びかけた。

彼女は俺の気も知らず、きょとんとしている。


「誠司くん?本当なんかおかしいよ。熱でもある?」


 間違いない。間違いなく彼女だ。彼女が俺の『依緒里』だ。

 俺が彼女を見間違うはずがない。

 どんなに姿が変わったって自信をもって彼女だと言い切れる。

 なのに。


「覚えて……いないのか?」

「??」


 不思議そうな顔でこちらを見る依緒里に、絶望がよぎる。

 こいつは、前世を覚えているはずだ。

 今までの行動を思い返してみても間違いない。

 だというのに、俺に気が付いていないのか??


 そんなはずはないだろう?

 俺にお前が分かるのと同様に、お前だって俺が分かるはずだ。


「依緒里……」

「あ、やっぱり体調悪い?ごめんね、そんな時に通信なんてしちゃって。なんかいつもと雰囲気も違うし、具合悪いんだね」


 しょぼんと萎れる依緒里に慌てて、声を取り繕った。


「いや、体調は問題ない。それに、そんなに違うか?久しぶりだから違和感があるだけだろう。……いつまでも初等部の頃と同じだと思われても困るぞ」

「そう?」


 ならいいんだけど、と眉を下げる依緒里。

 そんな仕草も以前のままで、やはり彼女だと確信してしまう。

 彼女が俺に気が付いてないのはわかった。なら、どう動く。


 依緒里と会話を繋げながら、これからどうするか頭の中で計画を立てる。

 当然、婚約破棄は中止だ。

 彼女が『依緒里』だというのなら、むしろ全力で婚姻時期を早めたい。

 後はどうやって気が付いてもらうかだが……。



 ……やめた。

 綿密な計画を練ろうとして、俺は放り投げた。


 ここは『ゲームの世界』だ。

 ならばヒロインに転生した依緒里は、高1の時点でゲームに否応なく巻き込まれる筈。

 それまでに何かしても、そこですべてひっくり返される可能性だってあるのだ。

 それなら俺が動くのは、ゲームイベントが全て終了してからだ。

 今動くのは得策ではない。

 だが、依緒里が他の奴のルートに行かないように、働きかけだけはしておかなければならない。

 依緒里が『神鳥 誠司』が好みではないというマイナス点はあるが、ゲームとは違い、すでに婚約者として交流がある。

 何とでもやりようはある。


 それでも想定外の事態をできるだけ減らすために、ゲームに倣って俺自身も多少は『設定』に合わせておいた方がいいか。


 『神鳥 誠司』のキャラを思い出し、心の内でため息をつく。

 『誠司』は、敬語キャラだ。

 どうみても俺とは似ても似つかない。

 ある程度設定を合わせるにしても、この性格がばれてしまった今、里織や依緒里の前で『誠司』のキャラ作りをすることは無意味だろう。

 どうせ二人はしばらく海外だ。ならばその間に、学園内で『神鳥 誠司』のキャラを確立しておくことが望ましい。

 更には『生徒会長』になる必要もある。面倒くさいが仕方ない。

 これも依緒里を手に入れる為の一環だと思えば、苦には感じない。


 依緒里との通信を終了させ、俺は低く笑う。


 見る目がないと思っていた『神鳥 誠司』は、実は非常に優秀な男だったようだ。

 結局俺は、自覚のないまま彼女にもう一度惚れていたと、そういうことらしい。

 依緒里じゃない別の女に惚れたと知った時は自分が信じられないと思ったが、どうやら無意識に正しい選択をしていたようだ。

 むしろ良く婚約にこぎつけたと、自分せいじを絶賛してもいいくらいだ。


「やはり、俺とお前は結ばれる運命だ」


 依緒里の今の姿を思い出し、うっとりと呟く。

 求める彼女がすでに婚約者だったという事実に、たとえようもないほどの喜びを感じていた。


「……早く俺に気づけ」


でないと思いが募りすぎて、閉じ込めてしまいそうだ。

 前世では、依緒里が素直に俺に従った為やらなかったが、どこへもいかないよう繋ぎ止めてしまいたいというのが俺の本音。

 ぎりっと右手を握りしめる。

 

「ああそうだ、また鎖を用意しておかないと……」


 万が一、彼女が自分を拒否するようなことがあった時の為に。

 それを許すつもりはないけれど、閉じ込めておく為の檻と鎖は予め用意しておいてもいいかもしれない。

 できれば綺麗な金色の鎖がいい。しゃらんと鳴り響くそれは、さぞかし彼女に良く似合う事だろう。

 そうだ。前世では、外にだしてしまった為に彼女を失うことになったのだ。

 大事に大事に、部屋の中に閉じ込めておかないと不安で仕方がない。 


 俺をもう一度受け入れてくれるのなら、それでいい。

 俺の側で笑ってくれるというのなら、閉じ込めてしまいたい気持ちを我慢することも吝かではない。


 だけど。

 

 拒絶するなら、容赦はしない。

 何と言われようとも、依緒里は俺だけのものだ。

 だから、二度と奪われないよう厳重に管理する。それだけのこと。

 

 そんな事になる選択を、賢い彼女はしないとは思うけれど。


 今はドイツに留学中だという彼女。

 話を聞けば相変わらずの自由奔放ぶりで、あちらこちらでさまざまなフラグを折ってまわっているようだ。

 そんなことはいいから。

 早く帰ってきてほしい。そして、本物の彼女いおりを目にしたい。



 そうして初めて、俺はこの世界に転生してきてよかったと、そう思えるのだから。


「お前は誰にも渡さない」


 もう一度呟き、更に決意を固める。

 前世では失敗してしまった。

 だから、今度こそ永遠に俺の手の中に。

 そのためなら、どんな事でもしてみせよう。


 


 ――――そして時は瞬く間に流れていく。


「前にちらっと聞いたけど、蓮が前世の記憶を思い出した時の事、詳しく教えて?」


 二人きりで過ごす部屋の中。

 俺の腕の中でくつろぐ依緒里が、お願いときらきらした目で見上げてくる。

 言葉を封じるようにキスを落として、頬を撫でた。


「秘密だ」

「……ずるい」


 正しく俺を選んでくれたお前に、今更全てを知らせる必要は、ない。





ありがとうございました。


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