欲しいもの
ストーキング事件の後、みな魔術に関する記憶を失ってしまったが、樹理奈だけははっきりと覚えていた。
『魔術…ゲームとか漫画とか空想の世界のものだと思ってた…』
樹理奈はその日からずっと魔術のことばかり考えていた。
「どうしたの、ぼんやりして?」
泉や『こすもおーら』のメンバーにも心配された。ストーキング事件は警察が犯人を見つけて、厳重注意したということになっていた。
『本当は魔術で解決したってみんなに言ったら思い出してくれるかな?』
自分だけが真実を知っている寂しさもあり、そう思ったが『魔術』という単語を口にはできなかった。
そんなある日、歌番組の収録の為にテレビ局を訪れた時だった。
「あっ!」
思わず声が出てしまった。樹理奈たちが向かっているスタジオとは別のスタジオにストーキング事件の時に事務所に来た男が入っていくのが見えた。
「あの人…」
「あぁ、政治家の一條譲先生だよ。留美の事件の時に警察に掛け合ってくださったり色々とご尽力してくださった方だよ。」
とマネージャーに教えてもらった。後日、樹理奈は一條譲が出演している討論番組を自宅で見た。
一條譲の紹介の中で『学校法人 一條学園大学理事長』と出ていたので、一條学園大学についてインターネットで調べてみた。
「あった!一緒だ…」
ホームページで附属高校の女子生徒が着ている制服が魔術師の1人―あきが着ていたものと一緒だった。
「一條学園…」
一條学園大学附属高校に行けば魔術のことが分かるかもしれない、あの女子高生に会えるかもしれない、魔術を自分も使えるかもしてないと樹理奈はそう考えていた。
しかし、樹理奈はその時高校3年生だったので今から編入するのは現実的に無理だと半ば諦めていた時だった。
『再来年、一條学園大学に薬学部新設。1期生は最後の4年制薬剤師。』
という記事を偶然発見した。
それまで抑えていた魔術への渇望が一気に溢れてくるのを感じた。そして、
「欲しいものができました!」
ライブ中に突然宣言して樹理奈は芸能界を引退し、高校卒業後に予備校に1年間通って、一條学園大学薬学部の入試に合格した。
「じゃあ、じゅ…原田さんが言ってた『欲しいもの』って…」
貴司が驚いて樹理奈を見た。
「そう、魔術だったの。」
樹理奈が言った。
「金剛先生が言った通り、私は自分から望んでここにいることになるのよね。だから…私は…このまま修行を続けようと思ってるの。だって、魔術が欲しかったから…野上さんに憧れたから…ただそれだけの為にここに来たの。あの時の女子高生が野上さんで、野上さんが薬学部を目指していることは予備校仲間に聞いたの…だから私も薬学部を目指したの…ずっと、ずっと野上さんに魔術のことを聞こうか悩んでた…そしたら研究室が一緒だって…チャンスだと思ったら扉が開いて…私の望みは果たしてしまって…でもいざ魔術を使わなきゃいけないときに何もできなくて…私、浅はかだったって痛感した…でも、魔術を手に入れることは私の望みだったから…私は…」
樹理奈は涙目だった。




