父と子
「あら、ありがとう。」
母親は父親が寝ているベッドの横の椅子に座って雑誌を読んでいた。
「父さん、さっきまで起きてたんだけどね。また寝ちゃったわ。」
勇太は母親に着替えの入ったカバンを渡した。
「ご飯食べてきたら?俺、母さんが戻ってくるまでここにいるから。」
勇太が言った。
「そう?勇太は晩ご飯どうするの?」
「コンビニで何か買うよ。」
「じゃあ、ご飯代渡すわ。しばらく父さん見ててね。」
母親は病室を出て食堂にご飯を食べに行った。
勇太は椅子に座って父親の寝顔を眺めていた。
『父さん、少し痩せたな…』
勇太は父親とまともに話したのはいつだったか考えていた。
研究室通いをしていたずっとのもあり、ずっと父親とすれ違いで話できていなかった。
『違う。俺が父さんのこと避けてた。兄貴と比べられるのが嫌で。でも…』
父親はちゃんと勇太のことを見てくれていた。
『父さんから聞いた。父さん、勇太の研究室のこと調べたって。喜んでた。』
『父さん、勇太は研究始めてから忙しそうだけど、生き生きしているって言ってたわ。良い研究室で良い仲間に出会えて良かったわね。』
『父さんも勇太の進路のこととか色々心配しているんだ。たまにはゆっくり話してあげろよな。』
勇太は天を仰いだ。
父親の食事が運ばれてきて、しばらくして父親がゆっくりと目を開いた。
「父さん、起きた?調子は?」
父親は体を起こそうとした。
「無理しなくていいよ。」
勇太は父親の背中を支えた。
「…すまなかったな。」
父親がボソッと言った。
「気にしないでよ。ウチの研究室の教授は寛大だから。」
父親の体を支えたまま勇太は言った。
「もう、大丈夫だ。」
そう言われて勇太は父親から離れて、椅子に座った。
しばらく沈黙が続いた。
「就職、内定出たってな。」
父親から話題を切り出してくれた。
「あっ、うん。でも…」
勇太は意を決して話出した。
「ただ受けただけなんだ。本当に行きたいところじゃないというか…俺、病院にも興味あるから…6月の病院実習はここの病院だし、実習が終わったらまた就活しようと思っているんだ。」
父親はじっと勇太を見ていた。
「ここの病院で働けたらいいなって思った。じいちゃんが運ばれてきた時もここの病院の医師や看護師、薬剤師さんたちが連係しながら治療してたのに感動したの思い出したんだ。ここの病院で色々な疾患を学んで、1人前の薬剤師になっていきたいんだ…」
勇太はこんなに父親に自分の思っていることを話したのは初めてかもしれないと思った。
「お前の人生だ。お前が決めたら良い。」
父親が表情を変えずに言った。
「内定を取り消すとなったら先方に失礼のないようにな。」
父さんらしい言葉だと勇太は思って、頷いた。
「就活が終わったら飲みに行くか。」
父親がニヤリとして言った。
勇太にとって意外な言葉だった。驚きながらも、
「その前に体、良くしてもらわなきゃ。」
と笑って言った。
「あら!」
タイミング良く母親が帰ってきた。
「勇一、まだ仕事中みたいね。電話に出ないわ。」
「俺、帰ったら兄貴に電話しとくよ。」
「あっ、そう?じゃあお願いね。」
「そろそろ帰るわ。明日も昼過ぎぐらいに来るから何か持って来て欲しいものあったらメール入れといて。」
「分かったわ。色々ありがとうね。気をつけてね。コンビニでサラダか野菜ジュースも買って帰るのよ。若いんだから今から健康に気をつけないと。」
両親に見送られて、勇太は病室を出て自宅に帰った。
「あまり見ないうちにちょっとだけ大人っぽくなったな。」
勇太が病室を出たあと父親が呟いた。
「えぇ、あの子も頼もしくなってきたわ。うれしいけど少し寂しいわ。」
母親は笑顔だった。
勇太はベッドに寝転んで眠ろうとしていた。
『今日は色々あったな…父さんが倒れて…文子先生がフラーレンだったり…敵のボスが現れたり…顔、思い出せないけど…バーのママが魔術師だったり…』
色々あったが、父親と正面から話したことに勇太は満足していたし、胸の奥にずっとつっかえてたものがなくなった気分だった。
ウトウトとしていた時だった。
突き刺さるような強い視線を感じて目が覚めた。
『『ジルコニア』…だけじゃない…これが野上さんが言ってたダイヤの式神か…何体いるんだ…?』
自宅の外では4体の式神が勇太を監視していた。
「…ったく。狙われてるんだからチョロチョロ動き回らないで欲しいわ。」
薬学部の校舎の屋上にジルコンが立っていた。
「私とサファイアの式神は両親を見張っているわ。今のところ、敵が接触してきそうにないわね。」
エメラルドがジルコンの後ろに立って言った。
「こっちはダイヤとクォーツの式神も加わって4体で『星』の見張りよ。『ジルコニア』がまた出し抜かれるなんて…」
「『ヤツ』が出てきたのは想定外だったわね。」
「まだ儀式をしないの?!ダイヤは一体いつまで待たせる気かしら!やっと『星』が現れたというのに!」
「ジルコン、焦っちゃダメよ。クォーツが今頑張ってくれているのだから。」
「ジルコン、エメラルド。」
今度は助手が現れた。
「ダイヤが呼んでます。」
「やっとね…ついにあの方に会えるのね!」
ジルコンは涙目になって喜んで姿を消した。
エメラルドと助手も後を追うように姿を消した。