原点
「みんなには私がフラーレンだってこと、まだ内緒にしててね。」
助手が勇太に笑いかけた。
「あなたがさっき、病院で会った男―敵のボスなのよ。わざわざ中島君に接触して呪いをかけたの。」
「どんな呪いですか?」
勇太が聞いた。
「身近な人間を死に至らしめる呪い。あなたの存在が金属中毒にとって脅威であると判断されたから、それを逆手にとって仲間に引き込もうと思ったのでしょうね。」
ラピスラズリが言った。
勇太ははじめ意味がよく分からなかったが、『中級魔術師以上、属性魔術を習得できていない、身近な人間を亡くした』ことが闇属性魔術に堕ちる条件であることを思い出した。
「何で俺が…」
「光属性の子よね?だったら光属性を減らすためってところかしら。でもそれだけでヤツが直接この子に接触してしてきたとは思えないけど。」
ラピスラズリが助手を睨んだが、助手は表情を変えなかった。
「まあいいわ。ところで、フラーレンは今は高校の美術の講師をしてるのだっけ?」
「それはロードよ。大学の薬学部の研究室助手。」
「ってことは、この子、薬学生なの?将来は薬剤師?」
「あっ、はい!」
突然、話題が変わって自分にふられたので勇太は慌ててしまった。
「この前、お客さんで企業に勤めてる人が来て薬剤師の資格持ってるって言ってたの。薬剤師って病院とか薬局だけじゃないのね。」
ラピスラズリが言った。
「製薬会社のMR(Medical Representative:医薬情報担当者)に就職する友達もいるんで、たぶんそれだと思います。」
「そういえば、病院に出入りしているとか言ってたような…あなたは?どこの薬剤師になるの?」
「俺は…薬局の内定もらったけどまだはっきり決めてなくて…」
勇太は自信をもって就職のことを話せないことに情けなく感じていた。
「ふーん。でも確かあなたたちって『空白の2年』があるから引く手あまたなんじゃないの?この就職難の時代、羨ましいことよ。だから、いっぱい悩んで本当に行きたいところ選んだら良いじゃない。あなたはそれができるのだから。」
ラピスラズリがニッコリ笑って言った。
さすがバーで働いてるだけあって、色んな人から情報を得れるので魔術師らしくなく、よく知ってるなと勇太は思った。
「ありがとうございます。」
勇太は助手とバーを出た。
バタンとドアが閉まった途端、勇太はいつの間にか自宅の前に立っていた。
「あっ…帰ってきてる…」
勇太は助手も魔術師だったことが分かったのでもうこの状態に驚かなかった。
自宅に入って両親の着替えをカバンに詰めて、車で病院へ向かった。
病院に着いて、ふと病棟を見上げた。
「そうだ…この病院、じいちゃんも運ばれてきた病院だ…それと、6月の病院実習もここだっけ…」
勇太は父親の病室に向かいながら思い出していた。
祖父が倒れたと聞いて、自宅から必死で自転車をこいでここへ来たこと。
着いたときにはもう祖父の意識がなかったこと。
何度も名前を呼んでも返事がなかったこと。
祖父が息をひきとって何もできなかったこと、かわいがってくれた恩返しを何もしていないことに気づいて後悔したこと。
そして、医療方面に進みたいと思ったこと。
「そっか。」
勇太は病室の前で立ち止まった。
『俺の、今の大学生活の原点はここだったんだ。』
勇太は深呼吸して病室のドアを開けた。




