奇襲
勇太はあと4社、調剤薬局チェーンとドラッグストアチェーンの企業説明会を聞きに行った。
樹理奈と『アイ薬局』の面接を受けに行き、今は内定待ちだった。
2月14日、バレンタインの本命チョコはもらえなかったが、
「はい、これ私たちから。」
とあきと樹理奈からチョコをもらった。
『原田さんからの友チョコか…ファンに知られたら大変なことになるだろうな。』
あきたちは海斗、貴司、教授、助手にもチョコを渡していた。
貴司は顔を真っ赤にして樹理奈からチョコを受け取っていた。
何人かの女子学生が研究室の周りをウロウロしていた。
『海斗にだろうな。』
案の定、海斗は女子学生に廊下に呼び出されていた。
「ねぇ、松下君。彼女いないの?」
貴司が勇太に聞いた。
「前に聞いたときはいないって言ってた。」
「ふーん。」
勇太の言葉に樹理奈は意味深な表情をした。
研究室のメンバーで大学の外にある定食屋にお昼ご飯を食べに行って、研究室に戻る道中だった。
「めんどくさいわね。たかがチョコレートで一喜一憂するなんてね。」
勇太たちの後ろ姿から声が聞こえた。
振り向くとボンデージ姿の黒い髪に銀のメッシュのポニーテールをした女が立っていた。
冷たくこちらを見下した眼に見覚えがあった。
「やっぱりつけてたのね。」
あきが女を睨みつけて言った。
「…マーキュリー…」
樹理奈が震えながら呟いた。
勇太も思い出した。女は敵の魔術師のマーキュリーだった。
「『次は殺す』って言ったわよね?殺しに来てあげたわ。」
マーキュリーは不適な笑みを浮かべると、マーキュリーの両側に銀色のアメーバ状の物体が現れた。
「何?あれ…」
樹理奈が言った。勇太は以前見た『マーキュリーの式神のようなもの』だと分かった。
「私のかわいい『水銀蟲』。触れたら死ぬわよ。」
「大林君、私が今この周りにかけてる『人払いの魔法陣』の補強をお願いできる?」
あきが貴司に言った。
「えっ、あっ、うん。モリオンに教わったところだからできるけど、いつの間にかけてたの?」
貴司は突然、自分に声をかけられたので少し動揺しながら答えた。
「私の存在に気づいたときから術を発動させてたみたいだけど、少し気づくの遅かったわね。ブランクあるから鈍ったんじゃない?」
マーキュリーはあきを嘲笑った。
「ねぇ、jewelsじゃないけど、緊急事態だから魔術使っても大丈夫だよね?」
「えぇ。後でルビーに説明するわ。」
貴司とあきのやりとりに、
「あんたたちに『後で』なんかないわよ。だってここで死ぬんだから!」
水銀蟲が1体、ものすごい勢いであきに襲いかかってきた。
あきの前に氷の壁ができて、水銀蟲が氷の壁に激突するとそのまま氷の壁に取り込まれ、壁の中で氷漬けになった。
「ちっ。」
マーキュリーは本気で悔しそうにあきに舌打ちしたが、ニヤリと笑った。
『あれ、もう1体どこにいったんだ?』
勇太がマーキュリーの横のもう1体の水銀蟲がいなくなっていることに気づいたとき、勇太たちめがけて水銀蟲が分裂しながら襲ってきた。
「これでどうだ!」
海斗は水銀蟲たちの前に間欠泉をいくつも出して水柱の壁を作ったが、
「バカね。」
マーキュリーがニヤリと笑った。水銀蟲は水柱を難なく、くぐり抜けた。
樹理奈も地面から大木を生やしたが、水銀蟲たちは大木を突き破った。貴司は『人払い』の補強に集中しなければならなかったので、おろおろして反撃できなかった。
「ヤバい…」
「どうしよう…」
勇太も焦っていたが、ふとクォーツの言葉を思い出した。
『魔力を鏡のように変化させれば、相手の攻撃を跳ね返すことで防御としても…』
防御の魔法陣はペリドットから教わっていたので、光属性の魔力をまとわせた防御の魔法陣を勇太たちの目の前に発動させた。
水銀蟲たちは勇太の魔法陣に激突するとジューっと音をたてながら煙を出して消えた。
「…やった。」
鏡のようにはね返すとはいかなかったが、勇太は必死だったので汗だくだった。
「光属性の防御…ってことはあんたが『星』ね。」
マーキュリーはどこからかまた水銀蟲を数体出して勇太の周りを囲ませた。
ジワジワと水銀蟲が勇太に近づいて来たので、勇太は身動きがとれないでいた。
『囲まれた…どうしよう…今度こそヤバい…』
そう思ったが、一瞬にして水銀蟲たちが炎に包まれた。
「遅いわ、ルビー。」
あきが言った。いつの間にかルビーが現れていた。
炎が消え、水銀蟲も消えていた。