夏の思い出5
「それで。なんで喧嘩して仲良くなったんですか?」
沙耶の疑問には知佳が一瞬で答えた。
「こ、こいつと仲良くなんてないわよっ?」
そんなに俺と仲が良いと思われるのが嫌か。
まあ、いつもどおりの反応だけどな。
「ただ、こいつがよく私についてきていただけなの!」
「おいこら、だからそれもお前だろうが」
「そうそう! 小さい頃なんかこいつがどっか行くたびに必死について行ってさ。まるで惚れてるみたいだったもんながぁっぶっ」
恭平が余計な口を挟むと、知佳の右ストレートが炸裂。
それはいいのだが、ついでといわんばかりに俺にまでぎゃあぎゃあと噛み付くことはやめてほしいものだ。
あれ、そういや恭平はなんで一緒にいるようになったんだっけか……まあ恭平だしどうでもいいか。
「……やっぱり、仲良いじゃないですか」
「え、何、沙耶?」
沙耶が何かをボソッと言った。
ていうか、なんだか雰囲気が微妙に怖いよ、沙耶?
「別に? 知佳さんは大変だったんだろうなあって言っただけです」
大変なのは俺だったけどね。
言ったら文句の嵐と拳が飛んでくるから口には出さないけれど。
花火が終わり、片付けをした俺たちは帰り道を話しながら歩く。
恭平がまだ騒いでいたので近所迷惑にならないか心配だったけれど、知佳の一発ですぐに静かになった。
こいつの暴力には(物理的に)痛い目に合わされっぱなしだけれど、こういう時は役に立つな。
「じゃあ、私はこっちだから。またね」
「おう、じゃあな」
「はい、さようなら」
「僕もこっちだから、じゃあね」
途中の分かれ道で知佳と恭平は別の方向へ。
俺も向こうから帰れなくはないけれど、もう夜なんだから沙耶を送っていかないとな。
「知佳さんを送っていかなくていいんですか?」
「送っていったりしなくてもあいつは大丈夫だよ」
ちなみに、恭平がいるのは全く関係ない。恭平より知佳のほうが絶対強いしな。
「そういう意味じゃないんですけどね……」
はあ、と呆れたようなため息を吐かれてしまった。
「それに、沙耶をちゃんと送るのは俺の役目だしな」
「先輩、鈍いからあまり頼りになりませんけどね」
沙耶の辛辣な一言! 俺に大ダメージ!
「俺って、鈍いの……?」
「鈍いでしょう。どれくらいかって言うと、誰か女子に好意向けられていて、しかもその好意が他人から見ると明らかなのに本人は全く気づかないくらい鈍いですね」
すごく具体的な例を挙げて鈍いって言われた……三秒くらい立ち直れない。
「なんか鈍さが違う気もするけど……そうか、俺は鈍いのか。ショックだ」
まあ……それには気づいてはいたけれど。
◆◇◆◇
隣を歩く先輩はなんだかショックを受けていた。
本当に、鈍いのだから。
これじゃあ、いつか私が先輩のことを好きになったときにも、かなり苦労しそうだ。
この、時々あほらしいことをしたり言ったりする先輩の過保護なまでの気の遣い方はこそばゆいように感じることもあるけれど、先輩といて嫌な気分には絶対にならない。
それとなく、けれども確かに私を包んでくれる心地よさは目に見える過保護によるものではない。
先輩の、普段は意識できないくらいのさりげない優しさがそうしてくれているのだろう。
今は何も考えずにこの心地よさに浸っていたい……なんて。
そんな幸せなことを思えることが、幸せだと思う。
いつもどおり。普段と同じということが、この夏の一番の思い出だ。
「ふふっ」
自然と口元が綻んでしまう。
「何? 笑った?」
夏の夜の中をゆっくりと歩く。
「いいえ、別に?」
この楽しい関係がいつまでも続きますようにと、
この星空に祈りながら。