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黒の銃騎士   作者:
放浪編
28/37

発生


「部屋はニ階の一番奥だよー」


「わかった」


 宿主との簡単な手続きを済ませて俺とレイナは借りた部屋へと向かった。


「えへへ。なんだかわくわくするね」


「隠密行動中だぞ」


「だって家族以外と宿に泊まるのって初めてなんだもん!」

 レイナは若干顔を赤らめながら言った。まるで遠足の前日にはしゃぐ小学生

のようだ。


「そういや俺もだな」


 っていうか俺の場合家族とも宿に泊まったことなんてないが。旅行したことなんて

中学の修学旅行くらいのものだ。高校のは今年の冬にある予定だったので行っていない。

 まぁどうせ中学の時みたいに思い出にも残らないような旅行になったんだろうが。


「ここがあたしたちの部屋だね!」


「お前少し落ち着け」


 先程からステップでもしそうな勢いのレイナを落ち着かせる。あまりはしゃぎすぎて人の

目を集めるのはまずいからな。隠密活動中だということを忘れないで欲しい。


「は~い。わー!狭いけどベッドがあるよ!主様!」


 レイナの後を追って部屋に踏み入れる。広さは10畳もないくらいのワンルーム。

ダブルベッドと小さなテーブルが置いてあるだけの簡素な一室だ。まぁ一泊するだけ

だしこのくらいの設備で十分だろう。


「あー!!」


「どうした?」


「ここご飯でないって言ってたよね?」


「ああー」


 そういえば先ほど宿主と会話した時にそんなことを言っていた。この宿は完全に「寝る場所」

を提供するところなのだ。食事などのサービスはついてこないがその分金の方が安くなっている。


「お腹すいたよー!」


 訴えるようにレイナが言う。確かに俺も歩きっぱなしで今日は昼飯どころか朝飯も

ろくに食っていないので腹が空いていた。とはいってもー


「我慢するしかないだろ。下手に出歩いて見つかったらどうする」


 見つかるリスクを考えればここはキルローナを出る明日まで食事は我慢するしかない。


「ええー。せっかく主様と初めて泊まった宿なのにご飯も食べずに寝るだけって

いやだよー!」


「お前単純に腹が減ってるだけだろ」


「もー!!そういうこと言わないでよ!」


 レイナが頬を膨らませて怒りを表している。かわいいやつだなぁ、と思った。

しかし、確かに空腹は問題だな。正直俺のほうもかなり限界が近い。

下手にブッ倒れでもしたらそれこそ問題だ。


「仕方ない。俺がその辺でなんか買ってくる」


「あたしも付いていくよ!」


「お前はここにいろ。下手についてきて連れ去られでもしたらどうする。ちゃんと

お前の分も買ってきてやるから安心しろ。あと金くれ」


 右手をレイナへと差し出す。なんかカッコ悪いな。これじゃただのヒモだ。

 そのうち仕事なりなんなりして自分で稼ぐ必要があるな。


「主様カッコ悪いよー!っはい」


 そう言いながらレイナは銀貨を数枚俺の手に置いてくれた。二人分の夕食も買うものを

選べば十分に変えるだろう。多めに買って明日の朝の分にしよう。



「じゃぁ行ってくる。一応言っておくが無闇にドアを開けるなよ」


「はーい!」




 宿を出て表通りへと出た。人通りが多いが獣人などの他種族は先ほどから全く

見かけない。まぁレイナの話を聞く限り他種族と共存しているような国ではない

ようだし堂々と歩くような奴がいないのは当然か。恐らくレイナのように帽子を

被ったりすることで姿を隠しているのだろう。俺のようにコートをきた旅装束の

者は多く見かけるし。


「さて、あまり高い物は買えないしパンでも買ってくか」


 本当は肉をがっつり食いたい気分なのだが人の金だし贅沢ができるような立場

ではない。闇市場に行けば安くで手に入りそうだがこの国の地理を把握して

いないのでどこにあるかわからないし危険なところに行くのも抵抗があるので

表通りにある適当なパン屋に入った。


 焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。


「お客様は旅のお方ですか?」


 店員らしき若い女性に話しかけられた。地球のパン屋の店員と同じようにエプロンを

着用し頭に帽子をかぶっている。


「ああ」


「それならこちらはどうでしょうか?キルローナ名物『メロンパーム』です」


「メロンパーム?」


 見た目はまんまメロンパンだ。


「どうぞ、試食用です」


 そう言って女性がメロンパームの欠片が乗った皿を差し出してくる。


「どうも」


 欠片を手でつまんで口の中に放り込む。うん。メロンパンだこれ。


「どうでしょうか?」


「うまいな。これを二つ頼む。それと菓子パン以外のものもいくつか頼む」


「かしこまりました」


 甘いものばかり食べると飽きるからな。甘いものは別段苦手なわけではないが

ケーキバイキングのようなものは苦手だ。にしてもメロンパンってのは世界を

超えて食われるものだったのか。もしかしたらメロンパン以外にも名称が違う

だけで元いた世界と同じ味の食べ物があるのかもしれない。そういうのを探して

いくのも悪くないな。


 数分後店員が選んでくれたパンを買って店を出た。





 コンコン。

 扉を叩く音が部屋に鳴り響く。


「主様ー?結構早かったね!」


「ああ。すまんが手が塞がってるんだ。ドアを開けてくれないか」


「はぁーい!」


 とんとベッドから飛び降り急ぎ足で駆け寄りドアを開ける。

 

「主様、何買ってきてくれたのー?」


 わくわくしながらドアを開けてレイナは硬直した。なぜなら

ドアの前に立っているのはつい先程まで一緒にいた彼ではなかったから。


「へへへ。見つけたぞ、嬢ちゃん」


 そこにいたのはこの宿の主である中年のおっさんだった。


「どういうこと……?」


「どうもこうも俺はバレンテール公爵の手の者だったってことだよ」


 男が下品な笑みを浮かべる。

 そこまで言われてレイナはようやく気づいた。この男がユウナギの

声を変声魔法を使って出して自分を陥れたことを。先ほど宿を取るとき

主様の声を聞いていたから変声するのは容易かったのだろう。


「この国は腐ってる……!」


 レイナは吐き捨てるように言った。


「っへ、まぁそいつぁ同感だ。だが悪くねぇ」


 直後レイナは男が放った催眠魔法によって意識を失った。




 「帰ったぞ。お前が好きそうなパンを買ってきたからさっさと食おうぜ。

俺の腹がもう限界だ」


 ドアの前に立ち部屋の中にいるであろうレイナに話しかけたものの返事がない。


「おーい。もしかして怪しんでるのか?よし分かった。お前の昨日の下着はピンクだ。

これなら昨日から一緒にいた俺しか知らない情報だろ。わかったら開けろ。お前も早く

食いたいだろ?」


 念の為に言っておくが下着は意図して見たわけじゃないぞ。偶然たまたま目に入った

だけだ。いわば事故だな。やましい気持ちなんて微塵もない。それにこうして本当に

俺なのか特定するために役に立ったんだ。


 そんなことを考えていたのだがそれでも返事がないことに俺は違和感を覚えた。

 レイナの性格を考えれば最初の発言だけで飛んできそうなものだ。一人でいることに

不安を覚えていたようだしなおさら駆け寄ってきそうなものだが。寝ているのか?


 鍵は渡されていないので中から鍵がかけられていると外から開けることはできない。

 鍵は掛けるように言っておいたが胸騒ぎがしたのでドアノブを回す。


 開いた。


「レイナ!?」


 ばっと扉を開け部屋に踏み入る。

 ベッドの上にはいない。隠れる場所なんてこの部屋にはない。


 念のために隠し扉のようなものがないか壁を探ってみるがそういったものは

見つからなかった。


 買ってきたパンを小さなテーブルの上に置く。


 どこに行ったんだ?便所か?いや、風呂はないが便所は小さいながら備え付けてある。

 ならどこに行くってんだ。風呂にわざわざ入りにいくとは思えない。いや、女の子

だからそういうのが気にはなるだろうがこの状況で行くほど危機感のない奴ではないはずだ。


 連れ去られた。そう考えるのが妥当だ。


 俺は急いで部屋を出て一階へと駆け下り宿主に問い詰めた。


「おい、俺と一緒にいた奴が部屋に居ないんだがどこに行ったか知っているか?」


「さぁ、知らないねぇ~」


 宿主がいやらしい笑みを浮かべる。こいつ……。

 ぐっと男の胸ぐらを掴む。


「言え。言わなければ殺す」


 押し殺した声で男に言い放つ。俺の殺気にぶるっと体を震わせたが男はそれでも知らん顔を

決め込んでいる。


 男の胸ぐらを掴んでいた両手を離す。


「っへ。舐めた真似してくれやがって。ガキがただですむとー」


 男が言葉を言い終える前に俺は右手に空気を集め空気のグローブを作り男の顔面へと

拳を叩き込んだ。


 ドンと激しい音を響かせ男が壁に衝突する。


 その音に気づいた客や従業員が出てくるが俺は気にしなかった。

 ゆっくりと男の元へと歩いていく。


「っぐ、てめぇ……、こんなことしてー」


「もういい。黙れ。死ぬ寸前までぶん殴られれば流石に喋るだろ。とりあえず気の済むまで

お前をぶん殴る」


「っひ……」


 その後数発ほど男の顔面に拳を叩き込んだところで男は気絶した。もう一発叩き込んで

意識を呼び戻してやろうとしたところで後ろから声をかけられた。


「行き先はバレンテールのところだ」


 壮年の男のような声だった。


「バレンテール?」


 掛けられた声に問い返す。


「この国の筆頭貴族だ」


 もしかして前にレイナが言っていた自分を買ったという貴族か?なるほど連れ去る理由は

十分にある。


「なぜそれを俺に教えた?」


 俺はようやく振り向いて声の主を見た。というか見上げた。声の主は俺よりはるかに

背の高い男だった。優に2mくらいはあるだろうか。


「ワシが教えるまでもなく分かることだと思ったからだ」


「どういうことだ?」


「もうじきバレンテール邸で100回目の結婚式が催される。そこでの状況は各地に映像として

送られるということだからな。見たくなくとも目に入るだろうが急ぎのようだったんで

教えてやったというわけだ」


「お前の言い方じゃぁ俺の連れがその糞貴族の100人目の婚約者みたいだな」


「っふ、正直なことを言えばここでお前さんの連れらしき者が連れて行かれるのを見ていた。

獣人の少女だろう?バレンテールが妻に獣人の少女を迎えようとしていることは少し前に

話題になった。さっきお前さんが殴り飛ばした宿主が少女を渡した兵士たちがバレンテール

家の家紋のついた鎧を身につけていたんでそうじゃないかと思ったのさ」



 なるほど。まぁ堂々と獣人の少女を掻っ攫える者なんてそういないしそんなことを

する理由があるのは現段階ではバレンテールくらいなものだろう、というあたりをつけた

わけか


 そんなことを考えているときだった。宿屋のロビーに映像が映し出された。

 そこに映っていたのは太った中年の男。そして白い純白のドレスに身を包んだレイナだった。




「レイナ!」


「ほぉ。レイナって言うのか。かわいそうにな。ロクでもない奴に惚れられたのが運の

尽きだ」


 映像を見て俺は急いでレイナの元へ行こうとした。だがそれを先ほどからやたら

話しかけてくる偉丈夫に止められた。


「行ってどうする。お前さん一人が行ってどうなるってんだ。式が行われているのは

邸宅の中。しかし邸宅に入るには巨大な門をどうにかしなければならない。仮に

そこを突破したとして中にはわんさかバレンテールの私兵がいる。とてもじゃねぇが

連れ戻すことは不可能だ」


偉丈夫は感情的になるでもなく冷静に状況を分析している。


「俺はあいつを故郷へと送り届けると約束した。その約束の代金はもう貰ってんだ」


「ほぉ。前払いか。何を貰った?」


「宿代と飯代だ」


「たったそれだけか。だったら悪いことは言わん。やめておけ。無駄死にするだけだ。

それに仮に、万が一お前さんがレイナという少女を助け出せたとしてそのあとは

どうする?バレンテールの私兵が追ってくるぞ。それだけじゃない。中には人間至上主義

を掲げる者も少なくない。そんな者たちからすればお前さんは『人間のくせに獣人の

味方をする男』として睨まれる。人が獣人を奴隷として迎えようとしている、ということ

などやつらはまるで気にしない。奴らにとって大事なものは『プライド』だ。お前さん

の行動はそういった者たちのプライドを逆撫ですることになる。かといって人間の

お前さんを獣人のものたちが温かく迎えてくれるとでも思っているのか?」


「何が言いたい?」


 さきほどから饒舌気味の男に静に聞く。


「行き場をなくすぞ」


 今度は端的に男は答えた。


 行き場か、なるほど確かにそのとおりなのかもしれない。だがそれでも。


「行き場がなければ作る。それにお前にとやかく言われる筋合いはねぇ。進むべき道は

自分で決める。そのために俺は旅に出た」


「そうか。見たところ装備も大したことがないし駆け出しの戦士なのか?一つ教えといて

やる。これから戦場に身を置いていくつもりならできるだけ敵を作らないことだ。それが

長生きするための最善のコツだ」


「確かにそうかもしれないが、それは臆病者の台詞だ」


 そう言い残して俺は宿屋を出て走り出す。ばさばさとコートが風に当たり音を立てて

いる。顔を見られないようにコートについているフードを目深に被る。


 バレンテール邸がどこにあるのかはあらかじめ知らなかったものの外に出てすぐに

分かった。人だかりが遠目でわかるくらいにできている。間違いなくその中心に

バレンテール邸はあるはずだ。


 その中心目掛けて全力で走る。巨大な門、兵士。そんなもん知るかよ。邪魔なものは

全部吹っ飛ばす。無邪気に笑うあいつを故郷に送り届けると決めたんだ。

 誰かを助けるなんて今の俺にはおこがましい思いなのかもしれない。それでも、あいつ

は俺を信じてくれた。だったらその信頼に答えなければならない。それに前払いで代金も

貰ってるしな。



 




「行きおったか」


 やれやれ、と偉丈夫は首を横に振る。


「小僧が一人行ったくらいでこの国の闇は払えん。だがまぁ、見物がてらワシも

行ってみるか」


 なぜだかあの少年に不思議な感情を抱いた。長きに渡って忘れていた感情。

 うちに眠っている野心や闘気を駆り立てられるような感じだ。


 それに『臆病者』か。確かにワシは村を出てまだ大した魔物を倒したわけでは

ない。自分の力で確実に勝てる相手としか戦ってこなかった。それが正しいはず

だ。その考えは今でも変わらない。勝てぬと分かっていて挑むなどただの無謀に

すぎぬ。だがワシは心のどこかでその無謀に『誰かと一緒に挑戦したい』と

思っていたのかもしれない。安全な冒険など何の意味がある。危険があり、そして

それを仲間と共に越えていくことこそ冒険の醍醐味。


「っふ」


 何を熱くなっている。なにもあの小僧が俺の仲間になると決まったわけではない。

 ただ興味を持っただけ。それだけのことだ。


 

 偉丈夫はゆっくりと宿屋を出て行った。


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