主
「ぐわっはっはっは。今宵は我が人生100回目のめでたき日じゃ!」
太った男がいやらしい声で言い放つ。
場所はバレンテール邸。キルローナの重鎮や王族も観に来ている。急な
開催にも関わらず王族までもが顔を出していることがバレンテールの持つ
権力の強大さを物語っていた。
「さぁ、お前も言うのじゃ」
「ば……バレンテール様の妻にしていただくこと、誠に光栄です」
「げはははは。そうじゃろう?のぉ?そうよのぉ。かわいがってやるからのぉ」
「ふん」
見ていて反吐が出そうになる。
グレイスはバレンテール公爵のいるテラスから離れたところで警備にあたっていた。
「まさか今日の騒ぎはあの少女が起こしたのでしょうか?」
「さぁな。今となってはどうでもいいことだ。しかしこんなことをすれば獣人達と
戦争になることがあの肥え太った豚には分からんのか」
「キルローナはどうなるのでしょうか?」
若い兵士が心配そうな顔で聞いてくる。
「どうもこうもない。戦争になれば真っ先に火の海になるぞ。だがまぁこの国の終わりは見えていた。王が力を失った国に繁栄はない。無残な未来が待つだけだ」
一般人たちに避難勧告を出すタイミングを考えたほうがよさそうだ。彼ら市民には何の罪もないのだから。ただこの国に生まれ、そしてこの国で暮らしていただけ。
くだらぬ豚のせいで戦火に巻き込まれる必要などない。しかし軍人であるグレイスはそうはいかない。
軍人としてこの国に仕えている以上、この国とともに死ぬと決めている。
それだけの覚悟を持って士官したのだから。
「腐ったこの国を変えたいと思っていたのだがな。俺ごときの力ではどうにも
ならなかったか」
国のあり方を変えたい、そう思い続けて必死に努力し少将の地位に就いた。それでもこの国の抱える闇に挑むことはできない。それほどに巨大な闇だった。この国は終わる運命にあるのだとグレイスは諦めた。
「お前はわしのものじゃ。さぁ、お前の口で言うんじゃ」
下卑た声でバレンテールが少女に命令する。
「……」
「言え!!!」
今にも泣き出しそうな少女にバレンテールが怒鳴り散らす。とても見ていられるような光景ではなかった。
「わたしは……バレンテール様の……」
そこで少女は言葉を切り目を瞑った。目から涙が溢れている。俺は無力だ。
グレイスは思った。目の前で涙を流す少女を助ける力もない。弱きものを守りたい、そう思って軍人になった。それなのに。
「いやだ……」
「はぁ?」
少女の発した小さな声にバレンテールが不愉快そうに聞き返す。
『助けがほしいなら待ってるだけじゃなくて助けを求めろ。そうしたら
一人くらいお前の味方をしてくれる奴がいるかもしれないぜ』
初めて彼と会ったときの台詞が蘇る。一人で不安だった夜。暗い森で
眠ることができなかった時に出会った少年。見慣れぬ髪の色をした人。
心配するなとあたしの不安を払ってくれた人。
『俺がお前の主になってやるよ』
そうだ。あたしの主はこんな男じゃない。あたしの主は……
「主様ー!!!!! こんな奴大嫌いだ!!!! あたし、主様じゃなきゃ嫌だよ!」
涙を拭い大声で叫ぶ。隣で慌てている男を無視してさらに続ける。
「助けて!!!!!」
直後。バレンテール邸の巨大な門が轟音を立てて吹き飛んだ。
「何事だ!?」
グレイスは慌てて声を張り上げる。一体何が起きた?
「門が吹き飛びました!」
「そんなことは見ればわかる。どこの軍隊だ!?」
「そ……それが、たった一人です」
「は?」
「黒いコートに身を包んだ者がいきなり銃を構えたかと思えばその直後
門が吹き飛んだということです」
ばかな。バレンテール邸の門は対魔法障壁が張ってあったはず。それを
打ち壊すなどたった一人で出来る芸当ではない。
「な……なにが起こっておるんじゃ!?」
「主様!!!」
前方から豚とレイナの声が聞こえてくる。
あのあと全速力で街を駆け抜けバレンテール邸まで来た俺は相棒である『天』『地』を使って門を吹き飛ばした。兵士たちが『対魔法障壁が~』とか言っていたがそもそも魔法を使わない俺にとってはあの門はただのでかい門に過ぎない。
「貴様!一体何者じゃ!?」
変態貴族が俺に怒鳴る。
「お前の隣に居る女の『主』だよ。聞こえなかったのか?」
挑発するように言い返す。咄嗟のことで邸内の兵士たちはうろたえていたようだがすぐに奥のテラスを守るように兵士たちが陣形を整える。なかなか訓練されているようだ。
「貴様……!こんなことをしてただで済むと思っているのかぁ!?わしだけではない。この国ごと敵に回すことになるぞ!わしはこの国を牛耳っているのだからな!!」
自慢げに豚が言い放つ。この豚は豚で不愉快だがこんな豚をのさばらせておくような王族は情けなさを通り越して呆れを覚える。
俺は歩みを止めることなく進みながら言い返す。
「国がどうとかそんなこと俺に言われてもわからねぇよ。俺はただそいつを取り戻しに来ただけだ。そいつを故郷に送り届けると約束したんでな」
「主様!来てくれるって信じてた!」
「当たり前だ。代金は前払いで貰ってるしな。お前の分のメロンパームを買ってあるから後で食わせてやるよ。ほんとは食いたかったんだがお前が怒ると思って取っといたぞ」
「何をごちゃごちゃ言っている!! いいか?お前の相手はわしだけではない。この国
そのものだ!この邸内にいる兵士だけではない。わしが命じればこの国の軍そのものが動くのだ。ぐはははははは。ただで済むと思うなよ、小僧!」
「うるせぇ豚だ」
ったくよく吠える負け犬のごとく鳴く豚だ。
「なんだとぉ!?げはははは。貴様のような小僧一匹わしにとっては痛くもかゆくもない小さき存在よ。見せしめにして殺してやるからな!」
「どこまでも腐った野郎だ。正直こんな腐った国なんざぁどうでもいいがお前は俺がじきじきに相手をしてやる。他人の自由を奪わなきゃ幸福を得られないような下衆は許しちゃおけないからな」
「話すだけ無駄じゃな。お前たちそこの小僧を捕らえろ!!!!!」
豚野郎の言葉を合図に兵士達が俺を取り囲むように迫ってくる。魔法の詠唱をしている者も中にはいる。さすがに筆頭貴族というだけあって腕のいい兵士もいるようだ。
俺は自分を中心にして半径10mほどの半円状の空気の壁を作り出す。ちょうど四方に空気の壁が張られるような形だ。
「な、なんだ!?進めない!!」
俺目掛けて突進してきた兵士たちは盛大に空気の壁に激突する。
「魔法障壁か!?魔法をぶつけろ!!!」
これだけの数の兵士の魔法を食らったらさすがに壁が崩れるかもしれない。
俺は壁を形成している空気を弾くように拡散させた。
「うわぁああああ!?」
「っつぁああああああ」
拡散した空気に兵士達が次々に吹き飛ばされる。吹き飛んできた兵士が後方の兵士にぶつかり兵士達の足が止まる。
エア・デストラガンの威力とは比べ物にならないくらい小規模なものだが兵士達に動揺を与えることはできた。これで奴らの勢いは下がった。
一歩、また一歩と豚に近づいていく。
「な、貴様……一体何者だ?」
「まだ名乗るほどの名前を持ちあわせてないんだ。まぁそれを抜きにしても俺の名前は豚に名乗ってやるほど安くないけどな」
「さっきから豚豚と……!!! おい!動くな!! 動けばこの女を殺す!!」
脅えた様子を見せたかと思えば今度は最高の閃きが浮かんだとばかりの表情になり隣のレイナの首筋に腰から抜いた剣をあてている。
「ひゃっはっは。動くなよ!わしの言いなりにならぬ者などこの世にいないのだ!!」
「おいおい。そいつを妻にするんじゃなかったのか?」
最早怒りすら湧いてこなかった。傲慢にして醜悪。こいつは害以外の何者でもない。
「わしの言いなりにならぬ者などどうなってもかまわんわ!!」
「そうかよ。動くな、だったか。はたしてお前の目で捉えきれるかな?」
豚野郎の背後の空間に目の焦点を合わせ飛ぶ。
音もなく豚の背後に回った俺は気づかれる前に右手の拳を豚の頭頂部に叩き込む。
空気でグローブを作っているため威力は通常よりもはるかに上がっている。
「ぐぁっ!?!?!?」
短い悲鳴を漏らして男は吹き飛び兵士たちが転がっている庭先へと吹っ飛んだ。
「主様!!」
「助けに来たぞ」
「うん!来てくれるって信じてた!」
涙を溢しながらレイナが胸にしがみついてくる。安心させるようにそっと彼女の頭に手を置く。
「腹が減ってるだろ?後でメロンパームをやるよ」
「うん!半分主様にあげるね!」
「そいつはありがてぇな。動き回ったせいで腹が減ってたところだからよ。もう大丈夫か?」
「うん」
レイナはごしごしと目元を拭いながら俺から少し距離を取る。気恥ずかしいのか顔が紅潮している。
テラスから庭を見下ろすと転倒していた兵士たちが起き上がり再び陣形を組んでいる。
じっくり見てみると一人の30代くらいの男がこまかく指示を飛ばしているようだ。
「絶対に逃がすな!!命に代えてもあの小僧を捕らえろ!!!!!」
豚の声が響き渡る。かなりの威力でぶん殴った上に結構な高さから地面に落下したにもかかわらずまだ生きていたか。丈夫な野郎だ。
こうしてテラスの上から見下ろすとうじゃうじゃいる兵士たちが蟻のように見える。
このまま空間転移で邸宅を突破するのは簡単だがキルローナを出てからも追っ手に追われるというのはあまり良くない。旅ってのは風情あってこそだからな。
「兵を減らしておいたほうがいいな。レイナお前はここでー」
「あたしも戦えるよ!だから、置いていかないで!!」
「置いてなんてー」
そこで言葉を切る。そういえば夕食を買いに行くときも彼女を部屋に置いていったことを思い出す。あの時はレイナの身を案じてのことだったが結局このような状況を招いてしまった。
「わかった。じゃぁお前は地上から頼む。俺は上空からやる。タイミングを見計らって脱出するぞ」
「わかった!」
そういってレイナはテラスから飛び降りた。その目にはぎらぎらと闘志が宿っている。
こんな目に合わされて恐怖を感じたのと同時に怒りもこみ上げてきたのだろう。
レイナの力量は知っているが多勢相手となると分が悪いだろう。
俺はさっと上空の一点に焦点を合わせ飛ぶ。
地上ではレイナと兵士たちが魔法合戦を始めている。
俺はホルスターから『天』『地』を引き抜き銃口に空気を圧縮していく。
込めるパワーは5割程度。あまり強すぎて地上のレイナを巻き込んじまうわけにはいかないからな。兵士を殺す必要はない。動揺さえ与えれば奴らは今度こそ立ち直れないだろう。
「エア・デストラガン」
右手に握る『天』を邸宅の出入り口の方向へ、左手に握る『地』を真下に向けて放つ。
ゴオオオオオオオという轟音が鳴り響き二つの衝撃波が発生し兵士達を吹き飛ばす。
「な……なんだ?!うわぁあああああ」
ドミノ倒しのように兵士たちが総崩れしていく。その光景は上空から見ていると非常に壮観だった。邸内に兵士達の悲鳴が響き渡る。生まれた動揺はやがて全体へと広がっていく。
衝撃波の影響を受けなかった兵士達も味方の悲鳴を聞けば少なからず動揺するはずだ。
俺は滑空しながらもさらにもう二発空弾を放った。
☆
「おいおい……、こりゃぁーとんでもねぇことになりやがったな……!!」
邸宅の入り口近くで中の様子を伺っていた偉丈夫は感嘆の声を上げた。
あのレイナという少女の魔法の才にも驚かされたがそれ以上にあの少年の『技』には一瞬声もでなかった。あの技を受けた兵士達の中には得体の知れないものを相手にしている恐怖を感じ足が竦んでいる者もいる。動ける者たちの表情も動揺の一色に染まっている。
「ん……」
肌に当たる風の向きが変わった。あの少年が起こした衝撃波の影響だろうか?いや、そんなことさしたる問題ではないのかもしれない。時代が今、変わろうとしている。自分の目の前で。
「ふん……。たかが一人で何が出来るか、か。訂正する必要があるようじゃな」
一人の少年に翻弄される兵士達を見て男は静に笑った。
くるっと邸宅に背を向け歩き始めようとしてもう一度足を止める。
あの少年が起こした『風』は今はまだ小さいものに過ぎないかもしれない。
だがいずれ必ずあの少年を中心に世界中に旋風が吹き荒れる、そんな気がした。
「いいもんを見せてもらった。ここはお前さんら二人で大丈夫だろ」
最後にもう一度邸宅のほうを見て、今度こそ偉丈夫は歩き始めた。
☆
「すごい、すごすぎる!」
レイナは魔法を辺りに放ちながら上空にいる一人の少年に目を向ける。
獣人は人間に比べて視力が格段に優れているため離れているところにいる少年
が手にしている銃の正体にすぐに気がついた。あれは『呪いの魔銃』として名高い
『天』『地』。歴史上最高の魔銃製作者が作ったとして有名な銃だ。しかし
使い手が一人もいないと聞いていたが……。
『土魔法・乱立する土柱』
次々に魔法を唱える。数が多いので苦戦するかと思っていたが敵は放心状態に
なっており大したことはない。それもこれもすべてあの少年の存在のためだ。
「あたしが敵だったら同じようになっちゃうもんなー」
敵として相対するときどういう存在が一番怖いか。それは「得体の知れない相手」だ。
敵がいかに強くてもそれを知っていれば戦い方は必ず存在する。しかし相手が『何なのか』がわからなければ戦いようがない。敵にすれば本当に恐ろしい、けれど味方ならこれ以上心強い人は居ない。
魔法を放っているとまたしても衝撃波が発生する。彼の表情を見ると余裕の笑みが浮かんでいる。
全然本気じゃないみたいだ。
『火魔法・吹き出る火の渦』
あの人に負けないように魔法を発動する。あたしを中心に地面から炎の渦が現れ周囲の兵士を巻き込んでいく。
「あつい!!うわぁあああ」
兵士達の断末魔が聞こえる。さきほどの土魔法といい今発動した火魔法といい上級魔法に位置する魔法だ。ずっと自分は強いと思っていた。一族の中でも誰よりも才能に恵まれていた。
獣人よりはるかに身体能力や魔力量の劣る人間に自分より強い者なんているはずがない、そう思っていた。けど違った。そんな矮小な考えは一気に吹き飛んだ。離れたところにいる少年を見て思う。彼はきっともっと、もっともっと高みへと上っていける人なんだと。
いずれ彼の存在に世界中が震撼する日が来るだろう。そうなったとき自分も傍にいたい、そんな思いが今あたしの心を満たしている。家族と離れてひとりぼっちになった。
けれど今は一人じゃない。あの人と一緒ならどんな敵とだって戦える。
レイナは更に魔法の詠唱を開始した。
☆
スタッと地面に着地する。ぐるりと敵を見回すと兵士達は一歩、また一歩と後ずさった。
まぁ無理もない。得体の知れない力を使う奴となんて戦いたくないだろうからな。
レイナもかなり敵を散らしているようだしそろそろ脱出するか。
そう思いレイナの近くへと焦点を合わせようとしたときだった。
「待て!」
兵士たちを掻き分けて一人の男が俺の前に躍り出た。
「なんだ?」
俺は声にたいして聞き返す。
「私はこの国の将軍のグレイスだ」
俺は銃をホルスターにしまいながら男を見据える。銃をしまったのはもうこれを使うまでもないと判断したからだ。
「どけ。どかないってんなら吹っ飛ばす」
「やれるものならやってみろ!!!」
そういって男は俺に向かって詠唱を唱えながら突進してくる。
『水魔法・連なる槍』
水でできた二本の槍が俺めがけて飛んでくる。俺は特に慌てることなく前方に空気の壁を作りだす。あまり時間を掛けずに作ったがグレイスとかいう男の魔法はスピード重視のため威力に欠けているようなので問題ないはずだ。
鈍い音を立てて槍と壁がぶつかる。
槍は空気の壁によって消滅したが続けて男が飛び込んできた。
「グレイス様、援護します!!」
周りの兵士たちが詠唱を唱えようとしている。魔法を放たれては面倒なので吹き飛ばそうと思ったところにグレイスが怒鳴り声を上げた。
「余計なことをするな!!!」
その声に威圧されたかのように当たりは静まり返る。
なんだ、仲間割れか?面倒な奴らだ。まぁ魔法の詠唱を止めてくれたのは俺としてもありがたい。
男は懐から剣を抜き放ち斬りかかってくる。俺はそれをたやすく避けながら拳を男の腹に打ち込む。
「ぐはぁ」
短い悲鳴を上げながら男がわずかに後ずさったものの再び俺目掛けて剣を振り下ろす。
しかし直線的過ぎるためやはり避けることは難しくない。今度はさっきよりも強烈なのを顔面に打ち込んでやろうとしたときだった。
男が俺にしか聞こえないくらいの声で語りかけてきた。
「君たちをこの国から逃がす……」
「はぁ?」
男の口から発された言葉の意味が良く分からず聞きかえす。いや、意味は分かるがその言葉をこの国の将軍が言う理由がわからない。
「君たちならこの国から脱出することはそう難しくないだろう。だがその後はどうする。はぁ……、はぁ……。追っ手に追われる日々が続くぞ」
息荒く男がささやく。さきほどの俺のパンチが効いているようだ。
「なぜ逃がす?この国の将軍なら顔に泥を塗った俺が憎いはずだ。
映像は他国にも流れているんだろう?」
「っふ、泥を塗られるまでもなくこの国は恥を晒し続けてきたからな」
恥を晒し続けてきた、というのはバレンテールをのさばらせていたことを言っているのだろうか。
「君が止めてくれなければこの国は火の海になっていた。いや、まだ完全に獣人との戦争が回避されたわけではないのかもしれないが最悪の事態は避けられた」
「別にお前やましてやこの国のためにやったわけじゃない。俺個人の理由でやっただけだ。それにこんな国、滅んだほうがいいと思ってるくらいだしな」
「言い返す言葉もない。だがまだ遅くはない。この国はきっとまたやり直せる。
私はそう信じている」
男の目に迷いはない。きっとこの国のより良い未来のためにと仕官したのだろう。キルローナ国への愛を感じさせるような、そんな目をしていた。
「君がこの国を変えてくれた。私はそう思っている。だからせめてもの恩返しとして君を逃がしたい。もちろんこれだけではとてもじゃないが恩返しにはならないだろう。君が居なければこの国は地図上から消えていたかもしれないのだから。
だからこそ受け取ってほしい」
罠だとは思えなかった。切実に俺に伝える男の口調は本当に感謝しているようだった。
これでもまぁ一応人を見る目はあるほうだしな。それに目立たず逃がしてくれるというのはこちらとしてもありがたい話だ。出国門から堂々と出るなんて目立ちすぎるからな。当然追ってがやってくる。
「これを」
男が紙切れを俺に渡してきた。開いて見ると簡単な地図が書かれており一点に赤いマークがついている。
「そのマークが出口だ。王族の隠し出口のため一般市民はおろか兵士たちも知らない道だ」
「いいのか?そんな大事なものを教えて」
「言ったはずだ。恩返しだと。私だけではない。多くの市民が君に感謝しているはずだ。こんな馬鹿なこと、人通の人間なら許せるはずがない」
一部の貴族に振り回された結果がこれというわけか。まぁすべての貴族が悪いってわけじゃないんだろうが
私欲に走る貴族ってのは見苦しい以外の何者でもないからな。
「行け。君の力を持ってすればその地点まで行き、無事脱出できるはずだ」
「礼は言わないぞ」
「分かっている。そうだ、一つ聞かせてくれ。君の名前を」
「……。シラカミ ユウナギだ」
「変わった名前だな。その名、この頭に刻んでおく」
男の言葉を聞き終えて俺はレイナの元へと飛んだ。
☆
「レイナ!」
レイナのすぐ近くに空間転移し声を掛ける。
「主様!」
「そろそろ脱出するぞ。こいつを見てくれ」
先ほどグレイスから受け取った紙切れをレイナに差し出す。
レイナは受け取った紙切れを広げ目を落とす。
「その赤い地点が脱出ポイントだ。土地勘はお前のほうがあるだろうからな。
案内してくれ」
「わかった!でも誰がこれを?」
当然の疑問だろう。数秒ほど考えて俺は口を開いた。
「この国の未来を憂う兵士だ。信頼できそうな奴だったし仮に罠だったとしても
俺とお前なら乗り越えられる。だろ?」
そう言うとレイナは嬉しそうに頷いた。
「転移で邸宅を出た後は一気にその地点まで駆け抜ける。お前が先行してくれ」
そう言いながらレイナを抱き寄せた。




