九話 『アルバノス魔法騎士養成学園』
俺の目の前にはとてつもない建造物があった。
「これがアルバノス魔法学園です。」
一言でその建造物を表すのなら、『とにかくでかい』という表現が適切だ。
俺の通っていた高校の5倍は軽くあるだろう大きさ。
アルバノス、という国名を背負っているくらいだから国から莫大な投資を
受けているのだろうか。
「ここ、エリート高だろ……」
「そうですね。アルバノス中から優秀な生徒が集まりますから。」
いやぁ、俺場違いすぎないか。魔法が使えないどころか魔力すらないのによ。
「制服や教材は事務室のほうに届いているそうなので急いで取りにいきましょう」
「おう。」
エリルと並んで学園の正門をくぐる。
いやぁ、でかい。凱旋門並みだな。こりゃ。フランスなんて行ったことないから
実物をこの目で直接見たことはないけどよ。
「ユウナギ様。学園内は広いので……」
「ん?ああ。そうだな」
エリルが言おうとしたのは恐らくマーキングのことだろう。
迷子になったときのための。そういやさきほど街でマーキングをしていたが
結局使うことはなかったな。右手の甲に描いていたマークを手で擦って消す。
あのマーキングは迷子になったときのために描いていたものだ。
使う機会としては魔銃を試すときに万が一暴走したときにエリルを抱えてあの地点まで飛ぶ
ために使うかもしれない、とも思ったが結果的に使うことはなかった。
マーキングする場所としては教室と食堂あたりかな。よく使う場所の周辺
に描いていたほうが便利だろうし。正門は必要ないだろう。たぶん
「中はめちゃくちゃ広いんだろうな」
「はい。未だにいったことがない部屋があるくらいですから。」
エリルでも完璧に校内は把握していないということか。元いた世界の学校の
構内図すら完璧に頭に叩き込んでいなかった俺にとってはかなりきつそうだな。
「まぁ、迷子にならないように気をつけるよ」
「はい!でもユウナギ様を一人にすることはたぶんないと思いますが」
トイレくらいは一人で行かしてくれると助かるな。
エリルに伴われて事務室へと行った俺は制服と教材を受け取った。
これ以上この服で出歩きたくなかった(めちゃくちゃ目立っている)ので
俺は事務室の隅でアルバノス学園の制服へと着替えた。
着替え終わった俺に若い男が声をかけてきた。
「それではシラカミ・ユウナギ君。私についてきてくれ。簡単に適性を試させて
もらう。リピローグ君はどうするかね?」
「私もご一緒させていただきます」
「わかった」
俺、エリル、教師らしき若い男で事務室を出て数分ほど歩き一つの部屋へと
入った。簡素な部屋だ。部屋の中心に水晶が用意してある。
たぶん、あれに手をかざせば魔力量なんかが分かる仕組みなんだろうな。
「じゃぁ、この水晶に手をおいて」
予想通りの言葉が飛んできた。俺はすっと水晶の上に手をかざす。
「……?」
沈黙。
後ろでエリルが「やはり」とつぶやいているのが耳に入った。
やはり、というのは、まぁそういうことなんだろうな。
「えーっと。なんだろう。故障かな?水晶がまったく反応していないようだ。
すまないが代わりのものをー」
「いえ。その水晶は正常ですよ。もし異常があるのだとすれば、それは俺の方だ」
代えの水晶を取りに行こうとした教師を俺はすばやく止めた。
自分で異常なのは俺だ、何ていうのはちょっと引っかかるものがあるけどな。
俺からすれば魔法を普通に使えるお前さんらのほうが異常なんだから。
まぁでも、いつまでも地球規格で考えるわけにもいかないし、
『郷に入れば郷に従え』なんて格言もあるくらいだしな。
「それは。つまり……」
「ええ。俺に魔力はありません。微塵も、ね」
「……」
若い男は俺を怪しい目つきで見つめる。
「うむ。となると、魔法行使能力のほうも無意味、ということか。失礼だが君、
なぜこの学園に?この学園は『魔法騎士』を養成する学校だ。優れた騎士を
輩出するこの学園になぜ魔法がなく、ましてや魔力すらない君が
ここに来たのだね?」
男の言葉は『お前はこの学園にふさわしい人間ではない』と告げていた。
まったくそのとおりだ。返す言葉がないので俺はだんまりを決め込むことにした。
「リピローグ家の推薦というくらいだからどれほどの生徒が来るのかとー」
「それ以上の発言は教師といえど見過ごせません。あなたはユウナギ様の力を
知らないからそんなことが言えるのです!」
後ろで黙っていたエリルが怒りを含んだ言葉を発する。
「エリル・フォン・リピローグ。実に面白いことを言うな。
魔法が使えない生徒がどうやって『ここ』で戦うというのだ?
無論魔法を使えない戦士は存在する。だが君もわかっているはずだろう。
魔法を使えない者は魔法を使える者には『絶対に』勝てないという
ことを。彼に力がある?ではどうやってそれを私に証明してくれるんだ?」
それは……とエリルが言葉に詰まるのをみて教師は満足そうにほくそ笑む。
目の前の教師の言い分は正論だった。だがだからといってエリルの両親の
好意を無駄にすることも俺にはでいなかった。どこの馬の骨とも知れぬ俺を
こんな立派な学園に入学させてくれた。おそらく俺をこの学園に入学させようと
思ったのは俺の年齢と『三大騎士』の一人と戦ったというエリルの話から
当然俺が魔法を使うのに長けていると判断してのことなのだろう。
この世界じゃ魔法を使えない奴は大したことないやつ、という様に見られて
いるのだろう。
「確かに、ユウナギ様は魔法がー」
「エリル。もういいよ」
「しかし!」
「今の俺が何を言っても無駄だ」
魔力量と魔法行使力を基準としてランク分けを行う。
教師はこの学園のルールを適正に執行しているだけで非はない。
エリルは言いたいことがあるんです!といわんばかりの顔をしている。
こいつは俺のために怒ってくれている。ありがとう。
出会ったときからこいつには救われっぱなしだな。そういえばどうして彼女は
こんなどうしようもない俺に力を貸してくれるのだろう。この世界は魔法が
使える使えないにかかわらず『魔力』は必ず有していると聞いた。その点から
考えれば俺の存在なんて超イレギュラーで、俺がもし彼女ならこんな変な奴
とは絶対関わり合いになりたくない。怖いから。だから、俺みたいな
変な奴をこうしてかばってくれる君の勇気に、いつまでも甘えていられない。
そしていつか、君の勇気に報いられるような男になりたい。
「魔法を使えない者と、魔法を使う者の間には絶対的な実力差がある。
あなたの言うことはもっともだ。赤子と大人が勝負をしたところで結果は
目に見えているからな」
俺は大きく息を吸って言った。
「だけど、魔法を使えない者全員が魔法を使えるものよりも弱い、とは
限らないはずだ。
この学園は優れた『騎士』を養成するんだろ?だったら俺が魔法を使う者
達と対等に戦うことができれば俺にもここにいる資格はあるってことだ」
勢いよく言ってしまったが教師は『魔法騎士』という言葉を口に出していた。
俺はわざと『騎士』と言い換えた。魔法を使えない俺じゃどう頑張っても
『魔法騎士』にはなれないから。
「君は何もわかってはいない。そこまで言うのならもう入学についての
ことは何も言うまい。だから私からの忠告だ。君は魔法が使えないという
ことをそれほど大したものではないと思っているようだがこの学園の者は
皆使える。君は『落ちこぼれ』の誹りを免れないだろう。そんな君を入学
させたリピローグ家もまた非難されることだろう。だがどうしてだろうな。
私に何を言われても動じずにいる君にすこし興味が湧いた。『模擬戦』
での君の試合を楽しみにさせてもらうよ」
「ああ。そうだ、一つ聞いておきたいんだが魔法以外の『もの』は模擬戦で
使えるのか?」
俺の言葉に教師は眉をひそめながら言い返した。
「武器の使用ということか?それならば許可されている。模擬戦は
『騎士』として現在どれだけの力を有しているのか総合的な判断を
するものだからな」
魔法以外のものも使える、か。まぁ俺のこの超能力も『武器』に含めて
いいだろう。念の為に聞いたことだし使っていいんだよな。この力を。
「そうか。だったら俺の抱いていた不安は解消された。そういやこの学園
には入学して以来無敗のチームがいるそうだな。そのチームの大将は学園史上
『最強』と言われてるとか」
「彼女は本物の天才だ。君とは格が違う」
「なるほど。俺があんたの立場なら同じことを言うんだろうな。だが
この模擬戦で教えてやるよ。『魔法』だけが全てじゃないってことを。
教えてやるついでにその最強チームの無敗記録も崩してやる」
言い終えたあとエリルを見る。
『一緒に戦ってくれ』と。
エリルは笑いながら頷いてくれた。
俺の言葉に今までより更に眉をひそめながらもこれ以上いうことはない
何を言っても仕方がないと思ったのか教師は部屋を出て行った。
……。やべ、言いすぎたか……?冷静に考えて最強チームを倒すってつまり
優勝するってことだもんな。せめて『一勝してやるぜ』くらいの謙虚さで
対応するべきだった。普通に俺より強い奴がゴロゴロいるかもしれないという
可能性をどうして無視してしまったんだろう。冷静さを欠いてしまったな。
俺だけじゃなくリピローグ家に対しても非難されてカッとなっていたようだ。
「ユウナギ様!かっこよかったです!」
「そうか?まぁ最高にかっこつけたからな」
俺とエリルは部屋をでて歩きながら話す。
どことなくふざけた調子で返したものの俺は考えていた。『自分の存在』
についてだ。そのことについて考えたとき改めて今の俺の『無力さ』に気づいた。
今の俺は金もなければこの世界に関する知識もない。エリルが優しく手を
さし伸ばしてくれたから、俺はただただその手をつかむことしかできなかった。
そうすること以外俺に生きる方法がないと思ったから。
エリルを見る。俺の視線に気づきこちらを見返して微笑んでくれた。
なぁエリル。どうしてお前は俺に優しくしてくれるんだ?罠……か?
いやさすがにそれはない、と思いたい。まぁとりあえず今の俺にできることが
あるとすれば自分の言ってしまったことを現実にすること。そうすることで
リピローグ家が推薦した生徒が立派に戦える男だった、ということを証明
することだ。それ以外のことについては模擬戦が終わってゆっくり考えよう。
しばらく歩いたあと俺とエリルは『2-A』という札が扉の横に掛けられている
教室の前にたどり着いた。
「私は先に教室に入っておきます。すぐ教師がユウナギ様をお呼びになると
思いますので!」
「ああ。」
「ユウナギ様。安心してください。ユウナギ様は一人ではありませんから」
そうだな。お前がいるもんな。だから。俺も『覚悟』を決めるよ。
「それでは」
そういってエリルは扉を開けて教室へと入っていった。
それからしばらくして教室の中から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
俺は扉を力強く開けた。




