第1話「久しぶりの人の世」
これで一億匹目だったか……
指先で少し触れるだけで倒せる魔物を、もう何百年と繰り返し倒してきた。
それに深い意味はない。ただ、数千年も寿命があるとやることもないし、のんびりと過ごそうとしたら自ずとこうなっただけで、一億匹も倒す予定何てなかった。
「そろそろ食料が切れちゃうなー……」
森で長いこと暮らしていると、次第に自然にとれる食料は消えていく。
しかも今頃人間と魔族の戦争が激しくなっているのか、前まで木が生い茂っていた場所は、すっかり見通しのいい荒れ地になっていたり、座れるくらいの高さまで残された木が生えている、見るも無残な様になっていたり、これじゃあ食料がなくなるのも頷ける。
まったく……久しぶりに人間界にでも行ってみようか
とても古いが、昔に人間からもらった金貨をもって、私は箒にまたがった。
「唯一魔法が使える種族、エルフ様が直々に向かってあげますよー」
そんな小言を吐いては、上空に浮き上がったときだった。
「……え?」
少し離れた場所にある人の街は、どうやら私が知っている街とはだいぶ変わってしまっているようだ。
こまったなー……金貨も、通行所も、これ全部通るのかな……
嫌な予感を感じ取りながらも、食糧のためと放棄を街へ動かした。
しっかし……あんなに高い建物を作って、魔族に自分たちはここだって教えてるみたいなもんじゃないか……本当に人間は昔から危なっかしい生物だな……
溜息まじりに視線を少しずらすと、そこに同族らしき空を飛んでいる何かを発見した。
まだエルフっていたんだ……
昔に魔族からほぼすべてのエルフを殺されてから、もう私以外は生き残りはいないと思っていたが、どうやらまだ生き残っているやつはいたようだ。
どんな魔法が使えるのか、楽しみだな……
食料を買う前に、ついでに顔を見てやろうと近づいたが、それは卵のような形をした巨大な何かだった。
なんだこれ……ドラゴンでもこんなに大きい卵は産まなかったはずだぞ?
触れてみようと近づくと、中身が透けて見えた。
ん……
中にはこちらを見て口を開けている人が見えた。
なんだ……この兵器
人が中にいるということは、魔族を殺すための兵器なのだろうが、それっぽくは見えないし、そもそもなぜ人間が物を浮かせられているのかも全く理解できない。
魔法で干渉を試みたが、構造が分からなくて何をどうすれば開けることが出来るのかもわからない。
なんだこれ……?
「おーい、人間」
さらに近寄って軽く叩いてみると、どうなっているのか、透けていた部分が下に降りて、人の顔がより鮮明に見えるようになった。
「こんなもの飛ばしてたら、魔族に見つかるだろう。何かそれに叶う強い兵器でも生み出したのか?」
そう聞いたが、人間は顔を顰めて、何か薄くて四角い物を私に向けて来た。
ん?
「なんだ、くれるのか? 今頃の人間は気前が良いな」
上機嫌に手を伸ばしたが、人間は四角い物を私から遠ざけた。
そして次の瞬間、魔族が現れたのか視界に一瞬、眩しい閃光が走った。
なんだ……?
「おい人間、魔族だ。危ないから隠れてろ」
そういったが、人間は私に四角い何かを向けたまま、微動だにしない。
こいつ、死にたいのか? それとも、もっとすごい技術を開発した……?
「何が何だか知らないが、私はもう知らんからな」
何も喋らない人間を放って、街に降りることにした。
んー……道がやけに広くなっているな。助かる
広場ほどの大きい道に降り立つと、視線の先に巨大な何かがこちらにもう突進してくるのが見えた。
なんだ……? 新手の魔族か? 言わんこっちゃない……
少し後ろに引いて杖を構え、防御魔法を展開しながら攻撃に備えると、その巨大な何かは止まることなく、防御魔法にぶつかった。
この魔族、馬鹿だな……
なんて考えていると、地面に少し亀裂が入ってしまった。
ああ……まあ、よいか
「おい危ねぇだろ!! 信号が見えねぇのかよ!!」
ん? シンゴウ? てか、魔族じゃなかったのか……
巨大な何かから頭だけ覗かせた人間はそう叫んで、巨大な何かを拳で叩いた。
「何を慌てておる。魔族がおるなら、私が倒そう。乗っ取られておるのか? そなた体がデカいの」
「どけっていってんだよ! コスプレ見せびらかしたいならよそでやれ!」
コスプレ……?
久しぶりに来たからか、人間の喋る言葉の内容が理解できない。だが、とりあえずここをどけと言っているのだけは何となく感じ取れた。
「分かった。悪かったな」
「チッ、義務教育受け直せこのアホが……」
ギム……教育、ギムとはなんだ……? 何の教育だ? 新しい剣術か?
終始苛立っている人間は、私に中指を立てながらまた猛スピードでどこかへ行ってしまった。
中指……上を指しておったな。上に魔族がいるということか?
そう思って上空を見たが、別に特段魔族らしい何かは見つからない。
どういう意味だ……?
「あ、あのー……」
考えに呆けていると、人間から声をかけられた。
「お写真撮っても、いいですか?」
「写真?」
「はい! 何かのコスプレですよね。めっちゃ本格的で可愛くて!」
可愛い……か
悪気のしなかった私は承諾をしておいた。
「写真機はどこだ?」
「あ、カメラは持ってなくて、スマホで取っていいですか?」
スマホ……? まあ、なんでもよいか
「よいぞ」
人間は嬉々とした顔を浮かべて、さっき卵型の兵器に乗っていた人間が私に向けてきた四角い何かをポケットから取り出した。
ん……
「それがスマホというものだったのか」
「え?」
「いや、先ほどそれを向けられてな。意味が分からず困っておったんだ」
「あー……」
人間は苦笑いを浮かべながら、そのスマホというものを上に向けた。
だが、こんなもので写真なんて取れないだろう。魔法も使えないくせに
すまし顔で待っていると、女性はスマホを降ろした。
「すみません。ありがとうございました」
「ん、まだ撮っておらぬだろう」
「え?」
「いや、撮っておらぬだろ?」
「あー……」
至極当たり前のことを伝えているのに、やはりどうも人間との会話が出来なくなっている。
やはり度々顔を覗かせておけばよかったか……
「ほら、もう撮ってますよ?」
そう言ってスマホを向けられ、中身を見てみると、そこには今をくり抜いたかのような絵があった。
「お主が描いたのか?」
「え、いや、だから、写真……です」
写真……写真は白と黒でしか取れないはずだろ……
「そ、そうか……」
私が思ったよりも、人間は魔法が使えるようになっているのかもしれない。
「失礼します」
そそくさと帰る人間の背中に、成長を感じながらも店に寄ることにした。
しかし……変な街づくりをしておるの……
全てが真っすぐに伸びる長方形のような見た目で、何の視覚的楽しさがない。
昔はゴブリンの素焼きを店に付けていた奇抜な人間がいたが……今となってはもうそんなことしないのか……
ノスタルジーな記憶に浸っていると、昔ながらに似ている店を発見した。
お、あそこでよいか
リンゴが入った箱、野菜が入った箱、それらを店前に並べている。まさしく私の求めていたお店だ。
「おい人間」
「は、はい?」
ふむ、長年営んでいるお店か。よいな
店主はもう老けているおばさんのようだった。
歳としてはもう五十も後半か? 人間にしては随分長生きだな。昔は四十歳で死ぬのが当たり前だからって言葉をよく耳にしたもんだが……
店主を横目に、リンゴと野菜を手に持った。
「あー、お客さん。それは私がやりますから。何が欲しいんです?」
「そうか。では頼む。そうだな」
お、ジャガイモも売っておるのか
手は塞がっているし、仕方なく魔法で一つのジャガイモを浮かばせて、こちらに持ってくると、店主は目を丸くした。
ああそうか……まだ習得できていない魔法もあるはずだものな……
「これもくれ」
誇った顔でジャガイモを私の横に浮かせると、口を開けたまま、袋に詰め込んだ。
「こんな、マジックなんて久しく見ましたよ」
マジック……? 人間は魔法をマジックと呼ぶのか?
「そうであろう。これはエルフにしか出来ぬ魔法だ。しかし、人間も随分と魔法を覚えたみたいじゃないか。感心しておるぞ」
「あははは、それじゃまるで本物のエルフさんみたいですね」
みたい?
「ああ、本物のエルフだ。数百年前の戦争も生き抜いたエルフだ」
そういうと、また人間は苦笑いを浮かべた。
どいつもこいつも……何がそんなに気に食わぬと言うのか……
「お会計はどうしますか? つい最近、キャッシュレスも始めたんですよ」
キャッシュレス……? いかん、いちいち反応しておっては、もたん……
「これで頼む」
小堤にいれた金貨を取り出すと、店主は目を細めてそれを眺め始めた。
「これは……どこの国のお金です?」
「どこの国……ここだぞ?」
「……えっと、ちょっと待っておいてくださいね」
そう言って奥の方へ行ってしまった。
ん……、やはり使えぬか?
しばらくして帰ってきた店主は、店主同様に老けている男を連れてきた。
「ちょっとそいつ、見せてくれ」
「ああ、よいぞ」
男に金貨を渡すと、やはり目を細めて、訝しんだ顔を浮かべた。
「これじゃ買えないのか?」
「すまないが、こんな薄っぺらい偽物の金じゃ、お金になんないよ。ちゃんと円で払ってくれなきゃ、こっちも商売してんだ。お客さんの世界に合わせて、法律を曲げることはできねんだ」
つまり、これにもう価値はないということでいいのか……?
分かる言葉を繋ぎ合わせていったが、多分、これでは払えないと言いたいのだろう。
「分かった。では、この私が直々に何か手伝ってやろう」
「あー……アルバイトがしたいってことかい? まあ、おじさんでも嬢ちゃんがコスプレしてるのは分かるけどな、流石に言葉使いには気を使った方がいいと思うぞ? 失礼に繋がっちまうからな」
失礼なのはどちらだ……
「もうよい。お前らに頼んだ私がバカだった」
「ええ……」
どうなっておる……
溜息を吐きながら外に出るが、金貨が使えないとなると食材が調達できない。
んー……
「嬢ちゃん」
「ん?」
さっきの男がまた話しかけて来た。
「アルバイト、一日だけならしてもいいぞ。うちの女房から聞いたよ。嬢ちゃんマジックが出来てすごい子みたいじゃないか。そのマジックを披露してくれるんなら、客寄せにもなるかもしれん」
アルバイト……私の言葉をそう訳したということは、つまりこれは手伝いという意味でいいんだよな? すごいいい子……子ではないんだがな……
「そうか。魔法を披露でもしてれば代わりにあの食材をくれるんだな?」
「ああ。駄賃も少しは出すよ。きっと帰る場所がないんだろ?」
「いや、家はある」
「あ、そうかい。まあ、でもこんなに若いのにお金を持ってないのは、色々と苦労するだろう。もし働きぶりがよかったら、正式にアルバイトとして雇ってあげるよ」
何を言っておるのだろうか……
よく分からなかった私は、それとなく返事を濁した。
「まあ、うちで働かずに別で働いてもいいけど。その場合は敬語だけでも使えるようになっときな。嬢ちゃんかわいいのに常識ないのはもったいないぞ」
可愛い……か
また気分が良くなった私は、前向きに返答しておいた。
働くというのは分かる。つまり、これを私の仕事にするということだよな? まあ、別にそれも悪くはないか……。褒めてもくれるしな
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