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シャーロットの仮説  作者: ariya
呪いの本

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27/73

エピローグ


 話は、2週間前に戻る。


 アルテミア子爵夫人が病院へ担ぎ込まれた後、翌朝である。


 アシュラム市から遠く離れた村はずれの教会には、若い修道女が人々の話に耳を傾けて許しの話をしていた。


「シスター、ありがとうございました」


 村人たちはお礼を言って教会を立ち去っていく。修道女はぽつんと残った教会の中をぐるりと周り、生活空間へと入った。

 昔は数人の修道女たちで過ごしていたのであろう。いくつかの寝室が並んでいるが、もうほとんど使用されることはない。


 彼女は手袋をして、ハンカチでマスク姿になり一室へと入った。


「何か手伝うことはありますか?」


 部屋の奥にはラナ・モリガンが座っていた。

 修道女と同じくマスクと手袋をして直接緑の本に触れないようにしている。

 ヒ素に直接触れることは危険と理解している対策であった。


 届け出されていた緑の本をぱらぱらとめくってラナはほほ笑んだ。


「もう終わる。僕たちのことでたいしたことは書かれていなかった」


 ラナの口から出たのは低い男の声。そこまで野太いものではないが、すでに声変わりを終えた成人男性のものだと感じられた。


 しわがれた猫背の老婆から若い男の声が出た。

 その光景は傍から見れば実に不気味だった。


「おじいさまは何を恐れていたのやら……この程度であれば僕たちに誰も気づかないよ」


 ぱたんと緑の本が閉じられる。

 中身はただの手記であった。大昔のクレト伯爵が死ぬまで書き続けていた愛用の手記。

 彼がどこで誰と出会ったか、どんな会話を交わしたか、その日は何をしたかをひたすら書き連ねられている。

 彼が出会った数多くの人物の中に自分たちの関係者がいる。でも、大した内容ではなかった。


 これならば回りくどい方法で入手しなくてもよかった。

 呪い、祈祷師に傾倒していたアルテミア子爵夫人をそそのかしてオークションで落札してもらったというのに。


「まぁ、おじいさまが死ぬまで気にしていたし適当に処分しておくか」


 手袋とマスクを外して放り投げる。

 ラナは立ち上がった。腰は曲がっておらずピンと背筋を立てれば成人男性の平均より高いとわかる。


 そのまま部屋を出ていき、廊下の途中で彼は無造作に自身のドレスをはぎとった。

 修道女は表情を変えずにドレスを拾っていく。

 ドレスと一緒に髪の毛も落ちていたが特段気にする様子はない。


 別の部屋では修道女が用意した大きな桶に湯が張られている。ラナはそのお湯を使い自身の体を洗い流した。化粧落としを手に絡めて顔につけると驚く程の汚れが落ちていった。

 汚れ、というより色、塗料と言った方がいいかもしれない。


 側に置かれているタオルに手を伸ばして体を拭き、ふぅっとラナは……いや、男は息を漏らした。


「少しさっぱりした」


 長らく老女に化けていたから久々に自分の姿を表せた気分である。

 ゆるくカールした薄い金髪プラチナブロンド)に紫の目を持つ青年であった。


 身長も高く、背筋を伸ばせば、修道女より頭一つは高かった。

 顔立ちは整っており、わざわざ祈祷師の老婆に化けなくても女性を誘惑できそうな見た目である。


 これで、腰の曲がった老婆に化けていたなど信じられない。

 声の調子、所作と大袈裟にすることで周りを印象づけて多少の違和感を曖昧にしていた。

 それは幼い頃から訓練された変装技術である。


「わざわざあなたが出なくてもよかったのに」

「おじいさまがあそこまで気にされている本だったし僕自身が動いた方がいいという判断だったよ。体格的に老女姿は少し無理があったかな」


 それでも演技は完璧だった。今までも数回ラナになったが正体がばれることはなく目的を果たせていた。


 今回のアルテミア子爵夫人を社会から、親族からも孤立させて最後には遺産を得る予定であった。

 ちょうどよく脳の病気になって弱っているところで遺書を書かせて、後は彼女が命を落とすのを待つばかりだった。緑の本もその時に回収すればいい。

 しかし、跡取りとして養子になったアルバートは予想以上にしつこい男であった。普通であれば「もう知らない!」と怒って出ていきそうなものであったが、彼は意地でも屋敷を出て行こうとしなかった。


 それどころか協力者を呼び寄せて何とかラナからアルテミア子爵夫人を引き離そうと必死であった。


「僕としたことが、思ったよりラナを演じ切ってしまった」


 ついついむきになってラナであればこう動くと演じてしまった。そして不特定多数に体を触れられてルイスという男に本性を看破されてしまった。


 仕方ないと逃亡をはかり、その際緑の本を強奪するに至った。


 ラナを演じるのをやめていれば、ばれずにすんだか。いや、あのシャーロットはすでにラナの奥にある別の存在に気づいていただろう。

 紫色の瞳が不機嫌な色を露わにするのを思い出して男は笑った。


「それでアルテミア子爵夫人はどうなった?」


 あのままアシュラム市立病院へと運ばれたと聞いたっきりであった。


「一命を取り留めたようです。後遺症の程はわかりませんが、数日後にはリハビリを開始すると報告が入っています」

「ああ、なら遺書は撤回されるか」


 すでにラナの洗脳は解かれてしまっただろう。正気を取り戻してラナに遺産を譲ると書いた内容を破棄して書き直すだろう。


 あのランチパーティーでどういうわけか夫人はシャーロットに心を動かされていた。もうラナの言葉は届かないだろう。病院に張り付いていれば洗脳は続けられたが、それだと捕まってしまう。


「アルバート・アルテミアが被害届を出しています。盗難で」


 洗脳の立証は今のところ厳しい。あえて出した届けの内容であるが、そのうちアルテミア子爵夫人が快方に向かえば本格的な指名手配となるだろう。


「しばらくはラナ・モリガンの役は使えないな」


 怪しげな祈祷師は地味に便利であった。心が弱りやすい頃合いの人間に付け入るのにうってつけであった。


 男自身この役を気に入っていた。


「残念だよ」

「その割には楽しそうですね」


 男の笑顔に修道女はため息混じりに言った。


「シャーロット・ベルエイデンに出会えたからだろう。ハムスターのように愛らしくて、猫のように警戒心が強くて……臆病なのによく動く」


 調べてみれば、27歳だった。

 思ったより年齢は離れていなかった。


(……それもまた面白い)


「聞いてくれよ。あんなに可愛いのに、27歳だよ。僕が求婚しても犯罪にならないね」

「もう犯罪者ではないですか」


 何を今更と修道女は呆れた。

 面倒くさい男に興味を持たれた令嬢にいささか同情しているようだった。


「次は変装なしで会いたいな。シャーロット」


 男は楽しげにその名をつぶやいた。


(終わり)



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