エピローグ
喫茶店「ユーファ」での毒殺事件から1週間、客足が遠のくかと思ったが思いの外繁盛していた。
「殺人事件が起きた後は不吉と言われるのに」
打ち合わせに来たルイスは既に席に座りエッグタルトを頬張っているシャーロットに声をかけた。
「噂のおかげだろう。探偵ネロが事件を解決したという」
「はぁ、え?」
事件を解決したのはシャーロットである。
あそこにいた客が言えばすぐにばれる嘘だと思うが。
首を傾げたルイスにシャーロットは不服げにつぶやいた。
「探偵ネロが表に出ず、子供を前に出して事件を解決する事件があるから」
確かにそんな事件があったなと思い出した。
ではその子供は……。
ルイスはシャーロットを見つめた。
エッグタルトをもごもごと頬張る様子がリスのようだ。
本当に自分より2歳年上が信じられない程の可愛らしさである。
どうやらあの時、事件解決の現場にいた令嬢たちはシャーロットが子供だと思い込み、きっとバックに探偵ネロがいたのだと騒いだようだ。
それに尾鰭がついて噂は伝播して、ちょっとした小説の聖地になったようだ。
確か、探偵ネロがよく利用している喫茶店も「ユーファ」のように東洋風の家具が置かれて、お茶の種類が豊富だった。
ここを代理人との打ち合わせにしていることだし、作家のチャールズ・イヴァノヴィッチがモデルにしていた可能性がある。
「でも、よかった。店員さんが客が減らないかと不安がっていたし」
店長はここぞと探偵ネロが好きそうなメニューを強化しており、しばらくはお店は大丈夫そうだ。
「オーナーの動きも早かった」
ボソッとシャーロットはつぶやいた。
「ん?」
「いや、ここは私の兄嫁が経営していてな」
「なるほど」
それならチャールズ・イヴァノヴィッチの親戚の店になる。
「勝手な話が進んで悪いが、出版会社にこの件を伝えて穏便に済ませてもらえないか?」
探偵ネロの著作権は作家と出版社にある。出版社に通してから探偵ネロの聖地とした方がいいが、令嬢たちの噂は早くてその前に話題になってしまった。
後々大事に至り収集がつかなくなると出版社に迷惑が及ぶ。シャーロットはその辺を気にしていたようだ。
「わかりました。話を通しておきます」
シャーロットは紙包装したものをルイスに手渡した。何だろうとルイスが受け取ると事件の時にシャーロットに貸した上着であった。
ご丁寧に糊付けされてあり、貸した前より立派にみえた。実は結構着古していてくたびれた上着であったのだ。
「あの時はありがとう。夜は冷え込むし、助かった」
シャーロットは照れながら感謝した。
「いえいえ」
実際、汗だくになり透けたシャツで現場を立ち回り警官らと対応していたと想像するとルイスはヒヤヒヤしてしまう。
母親が聞けば卒倒しかねないだろう。
自分のくたびれた上着でも役立てたなら本望だ。
「あと、書き上げた小説だ。これで問題ないと思う」
シャーロットは原稿の束をルイスに渡した。
中身を確認するといくつか修正されていて、問題なく雑誌に載せられそうだ。
チャールズ・イヴァノヴィッチとのはじめての仕事は何とかなりそうだ。
「ありがとうございます。シャーロットさんが仲介してくれて助かりました」
引き継ぎノートを見た時は面倒な作家だと思っていたが、思いの外スムーズに終われそうだ。
シャーロットは照れたように髪をいじった。
「あと、叔父から預かっている短編小説があるのだが」
「え? この前も短編小説を受け取りましたよ」
せっかくだから新聞のコラムにいれられないさと打診中である。
「2作書いてしまった、ようで」
シャーロットは2作の原稿をテーブルに置いた。
「その、最近調子がいいのか……叔父さん」
おずおずとシャーロットの声が小さくなる。
シェトラン警部がいれば呆れることだろう。推しに出会い調子づいたのだろうと。
「迷惑だったかな」
上目遣いの紫の瞳をみてルイスは胸が苦しくなるのを覚えた。
「いえ、先生の作品なら歓迎しますよ! せっかくだしどこかで使えないか帰って調べてみます」
ルイスは小説を受け取り少し読んでみる。
探偵ネロシリーズとは別物のストーリーだが惹き込まれて面白い。
「語彙力が足りず悔しいです。面白い、と先生に伝えてください」
ルイスの感想にシャーロットは嬉しそうに笑った。
まるで自分のことのように。
既視感があるが、ルイスはすぐには思い出せなかった。
しばらくルイスはシャーロットとの代理打ち合わせを繰り返していくだろう。
それも楽しみだとルイスは心の中でくすぐるものを感じた。
(終わり)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
はじめてミステリーに挑戦してみました。かなり難しいと感じてしまいました。
区切りのよいこの辺りで一旦完結とさせていただきます。
少しでも面白いと感じていただければ幸いです。
また、続き書くかもしれませんが...その時はよろしくお願いします。




