11.
馬車の中で、シャーロットはシェトラン警部と向かい合わせで座っていた。
ルイスに手を振り終えたシャーロットにシェトラン警部は声をかけた。
「編集担当が変わったのか」
「ああ、今年兵役に入ったからな」
そう考えたらまだルイスと顔を合わせて間もない雰囲気だ。今までシャーロットが編集担当に会うまでは段階を踏んでいた。シャーロットの実家、ベルエイデン伯爵家の執事、メイドが代理人として出てからようやく人となりが見えてきた頃合いにシャーロットが出てきていた。
「随分早くに親しくなっているが、まだ正体を明かしていないようだな。チャールズ・イヴァノヴィッチが君だということに」
作家の名前を出されてシャーロットは視線を横に逸らしたままだった。
作家の姪という設定を聞いてシェトラン警部はだいたいのことを察した。まだシャーロットは知られたくなく話を中断させるように馬車を出発させた。
知っているのは一部の者たちだけ。
歴代編集担当も正体に行き着いたのは数える程度だ。
「ルイス・パンドディア。君が幼い頃に出会った探偵ネロのモデルだろう。ルイスという名前ですぐにわかった」
シェトラン警部はシャーロットが作家デビューする前に、探偵ネロの前身作を読んでいた。
その時の探偵の名はネロではなくルートヴィッヒ、ルイスの別国の同義名である。
警察との掛け合いの部分をアドバイスしたのはまだ若手警官だった頃のシェトラン警部である。
ネロの前身の名前を知っているのはシェトラン警部と初代編集担当くらいである。
「それを言わないでくれよ」
シャーロットは恥ずかしいと両手で頬を押さえた。
実年齢より若く見える血のせいか、とても20代後半には見えない。こうしてみると初心な少女に見える。
だから何かと父親は心配し、その心配はシェトラン警部にも伝播してしまった。
事件に関わると何かと危険に巻き込まれる癖がある。
10代の少女と勘違いされて犯人に人質にされた時もあった。
小柄で身体能力も並で崖から落ちて捜索をした時もあった。
あまり不用意に動くなとシェトラン警部が言ってもシャーロットは彼の目の届かない場所に行ってしまう。
今回はルイスがべたっとそばにいてくれた為助かった。用水路に入ろうとしたと聞いて、どう説教すべきだと頭を抱えた。
「ルイスさんは私の恩人だ。私がこうして作家になれたのも彼のおかげで」
「聞いたことある」
シェトラン警部は過去にシャーロットが教えてくれた話を思い出した。
12歳の頃、お茶会に招待された。試しに書いた短編小説を読ませて欲しいと招待主に言われたがノートを盗まれた。招待主からの嫌がらせと知りシャーロットは泣きそうになった。
どこかに隠されて、シャーロットが探していたら退屈そうにしていた輪から外れた少年に出会った。
どこかから見つけ出した小説ノートを読んでいた。
「ねえ、君が書いたの?」
少年が尋ねて、幼いシャーロットは頷いた。
「すごいね。面白かったよ。作家になれるね」
その時に言われた言葉にシャーロットは嬉しくなった。こんな嫌がらせをされるのならもう趣味の小説書きはやめてしまおうと思ったが、シャーロットは小説を書き続けた。
家族からの勧めで医学校に通っても傍らに創作ノートを持っていた。
そうして出来上がったのが、探偵ネロ。
デビュー作はとんと売れなかったが、探偵ネロのはじめの事件を書いた小説は想像以上に売れた。
おかげさまでシャーロットは作家として生計を立てられるようになった。
女医としては向かないと判断した父はおおいに後押ししてくれた。
こうして人気作家チャールズ・イヴァノヴィッチが誕生したのである。
「しかし、探偵ネロはかなりの偏屈皮肉屋だが、彼は違うのだね」
「し、仕方ないだろ。ルイスさんと出会ったのはあの茶会以来で、彼の同行から相当頑固な性格なんだなと勝手に妄想したのだから!」
シャーロットは恥ずかしいといいながらべらべらと喋る。
「あ、あれのモデルがルイスさんだと知られたら私が嫌だ。頼むから黙っておいてくれ!」
シャーロットは必死に懇願した。
もしバレたらルイスに何と思われるか想像しただけでおそろしい。
「へー、シャーロットさんで俺のことそういう人間だと思っていたのですか?」
なんて言われたら立ち直れる自信がない。
別に言いふらす気はないのだが、とシェトラン警部はため息をついた。
「まぁ、警察と小説編集なら接点はないだろう」
面倒くさくなりシェトラン警部は落ち着かせるために言った。
馬車は揺れながら暗くなっていく道を進めていった。窓の外からみえる空は暗くなり、向こう側がまだほんのりと赤みを帯びていた。




