第31話 じゃあ、ゆびきりをしよう
「はじめましてサリュート殿下! テオドール・マーキュリーと言います!」
ぱああ……!
きらきらと瞳を輝かせて挨拶したテオドールの目の前にいるのは、他でもないサリュート・トリギアその人である。
「はじめまして、テオドール。いつも君の姉上にはとてもお世話になっているよ」
そう言って子供相手にもきちんと胸に手を当てて礼を取るサリュートの姿は、まさに王子様そのもの。
そんなサリュートの姿に、テオドールはより一層瞳を輝かせる。
(凄い……! 本当に、絵本から出てきた王子様みたいだ……!)
心の中でそう感動しつつも、しかしそれを口にしない賢さがテオにはあった。
たとえ褒め言葉でも、なんでもかんでも口に出して良いわけではない。
侯爵家の跡取りとして小さな頃から厳しく教育を受けてきたテオは、それを判断できる優秀なマーキュリー家の跡取り息子なのだ。
「姉様。本当に僕も、一緒にお茶の席に入れてもらっていいんですか?」
「ええ。サリュート様もいいと仰ってくださったし大丈夫よ」
「むしろ僕の方が途中から割り込んでしまって申し訳ないくらいだからね」
テオの言葉に続けざまに答えてくる二人に、テオは嬉しくなってテーブルセットの椅子に腰掛ける。
そうして――腰掛けながらも、心のどこかで何か引っかかるものを感じた。
(……なんだろう? この二人、なんだか……)
まだ幼いテオには、その違和感を正しく表現できる言葉を見つけられない。
ただ、漠然と彼に感じられたのは、なんだかこの二人の穏やかな雰囲気が妙に似ているな、と思ったこと。
そして、この二人の間に、言葉にできない親密な何かを感じたことだ。
一般的な感性のある大人がこの場に同席したら、彼の違和感をこう表現しただろう――『この二人、デキてるのかな!?』と。
この1ヶ月間ほど。
学園でもそれ以外でも仲良く過ごしてきたチェリエとサリュートの間には、当事者たち自身も気づかぬまま、なんとも言えない親密な空気が流れるようになっていたのだった。
「わ、姉様がお茶を淹れてくれるの?」
「ええ、そうよ」
チェリエが席を立ってお茶の用意をし出したことに、テオが喜びの声をあげる。
「やったあ!」
「テオドールはチェリエの淹れるお茶が好きなんだね」
「はい! だって姉様のお茶、すごく美味しいんです」
にこにこと答えるテオにつられるように、サリュートもにっこりと微笑む。
それに気をよくしたテオは、さらに畳み掛けるようにサリュートに向かって自分の姉がいかに素晴らしいかを奮然とアピールし出す。
「姉様がお上手なのは、お茶を淹れるだけじゃないんです。姉様の作る焼き菓子もとっても美味しいし、あと僕にいつも優しくしてくれるんです」
「そうなんだ」
「はい!」
「テオ。あまり調子に乗ってサリュート様に失礼のないようにね」
「はい、姉様!」
姉からの忠告に元気よく答えるテオ。
そんなテオを、サリュートはどこか眩しく見つめる。
お茶の席はしばらく、テオを中心に流れた。
二人の年長者が、最年少者であるテオの話に相槌を打ちながら過ごす和やかな時間。
テオドールもこの姉の友人の穏やかで優しい人柄がすっかり大好きになったところで「テオドール様、お勉強のお時間ですよ」と使用人から声をかけられた。
「ええ〜〜、もう少しだけ、だめ?」
「だめです。もう家庭教師の先生もいらしてますから」
そう言われ、しぶしぶと席を立つテオドール。
「サリュート様。お話の途中ですみません。でもまた、僕とお茶をしてもらえますか?」
「もちろん。またテオとお茶をできるのを楽しみにしてるね」
その言葉に、にっこりと微笑んだテオドールは、サリュートにお別れの握手をい求めに行きがてら、こっそりと彼の耳元で囁いた。
耳元で囁かれたその言葉に珍しく虚をつかれたサリュートは、少し驚いた様子でテオの顔を見ると、テオはそんなサリュートにさらに笑みを深めて、ぺこりとお辞儀をして去っていった。
「……あの、どうしたんですか? サリュート様」
「…………いや」
テオが何を言ったのかは聞こえなかったが、何かをサリュートの耳元で囁いたのは見てとれた。
その後、僅かに顔色を変えたサリュートに、てっきりテオが何か失礼なことでも言ったのかとチェリエは尋ねたのだが、そんなチェリエにサリュートはただ苦笑して見せるだけだった。
……しばらく待って見ても、苦笑以上の何も出てこない。
それを、サリュートの柔らかい否定だと受け取ったチェリエは、自分もその苦笑に返すようにして、その問いを終わらせた。
「……本当は今日は、彼女のことで話があって立ち寄ったんだ」
次に、サリュートが切り出してきた話題で、チェリエはサリュートの今日の訪問の意図を知った。
「リリーさんのことですか?」
「うん」
チェリエが聞き返すと、サリュートはあっさりと頷く。
「その様子だと、もう聞いてるんだね」
「……はい。リリーさんが、その、いなくなってしまったと……」
「うん」
サリュートは、自分を心配してわざわざ休日に時間を作って来てくれたのだ。
チェリエはそのことに気づくと、テオがいなくなってしまった二人きりの空間が、途端になんだか照れ臭いような落ち着かないものになってしまった。
「樹花祈念祭の話も聞いた?」
「はい」
嘘を吐く必要もないので、チェリエは正直に頷く。
サリュートは知っているのだ。
リリーがいなくなってしまったその穴を埋めるために、チェリエに白羽の矢が立ったことを。
「チェリエはどうするの?」
「……とりあえず、お受けすると答えました」
「そっか」
その一言を皮切りに、少しの間、二人の間に沈黙が流れる。
チェリエの入れた花茶をサリュートが一口上品に含むと、かちゃりと茶器が軽く音を立てたのが響く。
「はあ……」
サリュートは小さくため息を吐くと、そのまま額に手を当てて悪態をついた。
「あいつ……、ほんと厄介事ばっかりこっちに押し付けてきて……」
「…………」
あいつ、というのは、言うまでもなくリリーのことを指しているのだろう。
サリュートの言う通り、厄介事ばかりを起こすのは確かなので、チェリエも何も言うこともできず、ただ黙ってまつ毛を伏せた。
「ごめん、チェリエがあのゴ……、を擁護するっていうのは尊重するつもりだけど。でも腹立つものは腹立つよね」
「まあ……、それは……」
(今、ゴミって言おうとした)
と思ったけれど、それを内心で飲み下し、チェリエもサリュートの意見に同意を示す。
「チェリエと樹花祈念祭、楽しみたかったのになあ……」
そうして、次に出てきたのが、思ったよりも子供っぽく拗ねた一言だったことに、チェリエは思わずキョトンと瞳を瞬かせた。
瞬かせ――、サリュートが不満げだったのは、単にリリーのせいでチェリエにまた厄介ごとがふりかけられたことだけでなく、サリュート自身が楽しみにしていた樹花祈念祭が楽しめなくなるかもしれないということに落ち込んでいるのだと気づいた。
(……別に、もともと約束をしていたわけではないけれど)
彼の中では、チェリエと樹花祈念祭を楽しむことは半ば決定事項だったのだろう。それを潰されてしまってショックを受けているのだ。
そう思ったチェリエは、なんだかその子供っぽいいじけかたに可愛らしさを感じて、サリュートを慰めるように口を開いた。
「別に、代役をやっても楽しむことはできますよ」
「本当?」
チェリエの言葉に、落ち込んでいたサリュートがふと目線をこちらに向ける。
「はい。代役と言っても、ちゃんとお祭りを楽しむ時間もありますから」
「本当に本当? じゃあ、僕とも一緒に過ごしてくれる?」
「はい」
チェリエが答えるとふわっ、とサリュートが顔を綻ばせる。
そうしてサリュートは、チェリエから言質をとれたことに満足げに首を傾けると、
「じゃあ、ゆびきりしよう」
と言って、小指を差し出してきた。




