第32話 樹花祈念祭
サリュートと指切りをした後。
小指を繋いだままの腕をそのまま流れるようにサリュートの方に引き寄せられ、チェリエは小指の付け根をサリュートに口付けられた。
あまりにも当たり前のようにそうされたので、チェリエはその行為の是非を問うこともできず、トリギアの指切りはそういうものなのかと思ってしまったほどだった。
「……約束、したからね」
随分と長い間小指に口づけをされていたチェリエは、ようやく解放された後、サリュートにじっと瞳を覗かれながらそう念押しされた。
その後、約束を取り付けたサリュートは颯爽と家路についたが、残されたチェリエはそれどころではなかった。
あの指切りには――何か魔法でもかけられていたのだろうか?
朝、目を覚ましてお茶を飲む瞬間。
鏡の前で、今日の髪型が綺麗に纏まっていると思う瞬間。
夜、眠りにつく時、つい脳裏に彼を思い起こしてしまう。
一緒にいない時でさえそうなのに、一緒にいる時は余計、隣にいる彼の気配で落ち着かないことが増えた。
チェリエはそんな自分の心の奥底の本音に、ただひたすらに気付かぬふりをしてやりすごすことしかできなかった。
◇◆◇
結局、樹花祈念祭当日になってもリリーが見つかることはなかった。
そうして、花継ぎの乙女が行方不明のまま当日を迎えたことにより、チェリエは正式に樹花祈念祭での奉納役――祭礼者を努めることとなったのであった。
「――チェリエ、すまなかった」
樹花祈念祭当日の夕刻前。
祭礼者の衣装に着替えるため、花継ぎの正殿に用意された控室にいたチェリエの前に現れたレイスたちは、チェリエにそう言って一斉に謝罪をしてきた。
「今回、君に代役をさせることになってしまったこともそうだが、それ以前からのことも含めて君に随分とひどいことをしてしまったことを謝らせてほしい」
「殿下の言う通り、俺たちはリリーの言うことばかり間に受けて、マーキュリー嬢のことを蔑ろにしてしまったと、今更になって反省したんだ」
「今になって謝るなんて虫のいい話だと思われるかもしれませんが、それでも、こうして役目を果たそうとしてくださるマーキュリー嬢には、謝罪とお礼を言わなければと話し合ったんです」
レイス、ギーク、ティエル。
口々にチェリエに向かって謝罪してくる言葉に、チェリエはびっくりして、ただ目を白黒させることしかできなかった。
「あ……、あの、頭をあげてください。わたくしは気にしていませんから……」
「いや、どれだけ頭を下げても下げ足りない」
(え……、ええ……?)
「そうは仰られても……、いつまでも皆様に頭を下げさせたままでは、またわたくしがあらぬ誤解を受けてしまいますし……」
チェリエがそう言うと、それでようやっと「チェリエがそう言うなら」と頭を上げてくれた三人と、まともに会話をする体勢がとれた。
「リリーがいなくなって。俺たちもリリーを探しながら花継ぎ協会の花師から初めて聞いたんだ。リリーがちゃんと仕事をしていなかった分の穴埋めを、マーキュリー嬢がしてくれていたことを」
「……今思うと、マーキュリー嬢がリリーに指摘していたことは至極真っ当なことばかりだったのに、どうして私たちは、マーキュリー嬢を悪者だって思っていたんでしょうね……」
(…………。なんだか言い訳めいたことばかり言われているような気もするけれど……。でもこれって、リリーさんの影響を受けていた何かしらの効果が消えたということかしら?)
チェリエの前で大いに反省する様子を見せる三人は、なんだか以前よりすっきりした顔をしているようにも見える。
正直なところ、サリュートのおかげで最近はこの三人からの扱いもあまり気にならなくなっていた。
けれど、こうしてお互いにわだかまりがなくなり、きちんと交流ができるような関係に戻れるのであれば、それはそれでありがたいことだ。
そう思ったチェリエは、三人に向かって居住まいをただし、笑顔を作って自分はもう気にしていないことを示しながら言葉を返した。
「レイス様もギーク様もティエル様も、お気になさらないでください。これまでのことは、皆様が花籠の騎士として、花継ぎの乙女を守ろうとしてのことだと思っておりますもの」
まあ――、多少。
その中で行きすぎた責め言葉もあったような気もしなくもないが。
罪を憎んで人を憎まず。
こうして己を振り返って反省して謝ってくれるのであればまあいいと、チェリエはにこやかに三人を許した。
そうして快く謝罪を受け入れたチェリエに、ギークとティエルの二人は『自分達も樹花祈念祭の準備があるから』と言ってレイスを残して去っていった。
(――ん? なぜ、レイス様だけ残っているのかしら?)
ギークとティエルを見送ったチェリエは、レイスと取り残された室内で、頭の中に山ほどの疑問符を浮かべながら、なんとなく気まずい空気を感じて居た堪れなくなったのだった。




