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第14話 君、サリュート殿下と挨拶したいって言ってたよね?



 久しぶりにチェリエが学園に通学すると、周囲からは腫れ物を見るような目でじろじろと見られた。


(……まあ、それはそうよね)


 レイスからの婚約破棄。

 そして、トリギアの王子の側近話。

 女だてらに王子の側近になるという話もさることながら、どうして突然トリギアの王子に気に入られたのかということも皆疑問に思っているのだろう。


(それを言うなら、わたくし自身もどうしてサリュート様があんなにわたくしを気にかけてくださっているのかはわからないのだけれど)


 一目惚れ――と言ってしまえばそうなのかもしれないが、人間、自分に一目惚れをしてきた相手があまりに大物だと『どうして自分が?』と思ってしまうのは仕方のないことで。


「――チェリエ」


 自分の名前を呼ぶ声と同時に、心地のよいサンダルウッドの香りがチェリエの花をくすぐる。


「サ……」


(……じゃない)


 サリュート様、と呼び返そうとして、それが適切ではないことに一瞬で気付く。


「……リュート様」


 ――そう。

 チェリエの前に現れたのは、トリギアの王子サリュート・トリギアではなく、トリギアからの留学生、リュート・スタンレイだった。


(――ああ、なるほど。学園では正体を明かさずに、このままの姿で行くということなのね)


 言葉を交わすことなく一瞬でサリュートの意図を理解したチェリエは、リュートからの「おはよう、チェリエ」という言葉に、「おはようございます。リュート様」と微笑んで返した。


「ねえ、よかったら教室まで一緒に行ってもいい?」


 チェリエに対してのサリュートの口調が砕けたのと同様に、リュートの口調も気やすいものに変わっている。

 そんなリュートに対してチェリエは「ええ、もちろん」と答える。

 そうして、チェリエとリュートが並んで歩き出すと、それまで周囲からじろじろと見られていた気まずさが一気に薄れたように感じた。


(……隣にいてくれるだけで、なんだか凄く安心する)


 ――守られているという感覚。

 ここにいれば大丈夫だと思える安心感。

 そんな何かが、サリュートの隣にはあった。


(サリュート様は、いつまでこの学園に留学しているつもりなのかしら)


 彼がこの学園にやってきて3ヶ月になる。

 チェリエと同じ3年生としてやってきた彼は、あと2ヶ月もすればチェリエと一緒にこの学園で卒業を迎える形になるのだが――。


(素性を隠している以上、この学園で卒業する理由もない)


 架空のリュート・スタンレイという人物で卒業したところで、サリュートの経歴にはならない。

 彼本来の仕事もあるだろうし、いつまでもこうしているわけにはいかないだろうにと思うと同時に、彼がいなくなった後のがらんとした自分の隣を想像して、なんだか一気に寂しさを覚えた。


(――いやだわ。わたくし、すっかり依存し始めているじゃない)


 自立自立といいながら、すっかりサリュートを頼りにし始めている自分を思わず叱責する。

 すると、チェリエの内心の僅かな変化に気付いたのだろうか、


「どうしたの? チェリエ」


 と、サリュートが心配した様子で尋ねてくる。


「いいえ、なんでもないです」


 そんなサリュートに、チェリエはことさらに何気なさを装い答えたのだった。





 ◇◆◇





「チェリエさまっ! あんまりじゃありませんかっ!?」


 それは、その日の2限が終わった休み時間のことだ。

 チェリエたちの教室まで乗り込んできたリリーが、ぷりぷりと怒った様子でそんなことを言ってきた。


「レイス様という婚約者がいながら、どうしてすぐにサリュート様に乗り換えたりできるんですか!? そもそも、サリュート様と仲が良かったのも、もともと浮気をされていたんじゃないですよね……!?」


 同じクラスのリュートとチェリエが静かに談笑していたところにやってきたリリーが、大きな声でそう喚く。

 それはまるで――クラスにいる他の面々にも聞こえるようにわざとやっているのではないかと思えるほどに。


「はっ!? というか、サリュート様という人がいるにも関わらず、また違う男性と一緒にいる……? チェリエ様、さすがに節操がなさすぎるんじゃないですか……!?」


(……いや、攻略対象のほぼ全員を落として逆ハー状態にしているあなたがそれを言う?)


 一番節操のない人物に、節操がないと言われた。


 チェリエは心の中でそう思ったけれど、それを口にするわけにもいかなかったので黙ってじっと耐えた。

 するとリュートが、チェリエの耳元にそっと顔を近づけて、


「……彼女、結構ゴミみたいな性格してるよね」


 と囁いた。


(………………。ゴミみたいな性格って…………)


 結構な言い分ではあるが、それが妙にツボに入ったせいで口角が上がりそうになるのを、チェリエはぐっと堪えた。


「なにコソコソ話をしてるんですか?」


 リュートの動きが気になったリリーがそう言って問い尋ねてくるが、リュートは何のことだかと肩をすくめてごまかす。


「リリーさん。改めて説明させていただきますが、わたくしとサリュート様はあなたが思うような関係ではありませんし、あくまでも仕事の上でお付き合いをさせていただく話になっているだけです。勝手な邪推で、みだりに根拠のない話を吹聴するのはやめていただけませんか?」

「ひどい……、わたし、吹聴なんてしてませんっ……!」


 今まさに、ここで喚き散らしているのが吹聴に他ならないのだが、わかっているのかいないのか、さもチェリエがリリーを不当に扱っているかのように傷ついて見せる。


「チェリエ様がそうやって、わたしのことを悪く言うから……! わたし、サリュート様にも【花継ぎの乙女】としての挨拶もさせてもらえなくなったんですよっ……! あのパーティーの席で、見せしめみたいに映像と音声なんて再生するから、わたしのサリュート様への印象も悪くなってしまったんです!」

「………………」


 まさに今、その見せしめの一幕を披露した本人が隣にいるので、チェリエは思わず無言で隣のリュートを見てしまった。


(というか、あの時のことも、わたくしは事前に知らされていなかったし……)


 サリュートがああして、花魔法で状況を再現するなんて話を聞いていなかったので、あの時はチェリエ自身も驚いたのだ。

 確かに、リリーやレイスにとっては見せしめのように感じるかもしれないが、あれは彼らを罰するためというよりは、チェリエがレイスとの婚約破棄するための証拠として出しただけであって、結果見せしめのようになってしまったのはそもそもがレイスとリリーの自業自得なのである。


「……やっぱり、邪魔だな」


 チェリエの横で、リュートがぼそりと呟く。


(――ん?)


 リュートの呟きに、チェリエが『ん?』と思った次の瞬間、リュートはリリーに向かって話しかけていた。


「君がそうやってチェリエにつっかかるのは、チェリエのことが嫌いだからですよね?」

「き……、嫌いとかじゃないです! わたしはただ……っ、チェリエ様の行動があんまりだと……」

「でも実際、彼女の行動は言うほど非常識なものではないと思うけど。それを君がこうして騒ぎ立てるから、噂に尾鰭おひれがついて彼女の評判を悪くしてるんじゃないですか?」


 リュートの発言に、リリーがうっと言葉を詰まらせる。


「わ、わたしは別に……、単にチェリエ様にもっと……」

「もっと?」

「もっと……、お優しい心を持ってほしいだけです!」

「ふうん……?」


 チェリエの隣で、リリーの言葉を受けたリュートの気配が、すっと剣呑けんのんなものに変わったような気がした。


「お優しい心、ね」


 リリーの方もそれを察したのか、リュートの言葉にびくりと肩をすくめる。


「僕に言わせれば、君なんかよりもチェリエのほうがよっぽど優しいと思うけどね」

「そ……」

「だってそうじゃない? こうして非常識にも休み時間に押しかけてくる君の相手をまともにして、それでもチェリエは君の悪口を他で言うことなんて一切ない。それに対して――君はどうなの? 外でもチェリエのあることないこと言いふらしてるじゃないか」


 リュートの言葉に、リリーは思い当たるところがあるのか、言い返すことができずぐっと押し黙る。

 先ほどまで、リュートを演じていたサリュートは口調をですますにしてしゃべっていたが、今はリリーの発言が相当腹に据えかねたためにほぼ素の喋りである。


「君――、サリュート殿下に挨拶したいって言ってたよね? あと、殿下がいるのに、チェリエが僕と一緒にいるのは節操がない、とも」

「は……、はい……」

「――教えてあげるよ」


 僕が誰で――、なぜここにいるのかを。


(――まさか)


 リュートがリリーにそう告げた瞬間、チェリエはざわりとした予感に身を震わせた。


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