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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第13章「歯科医兼経営コンサルタント・村瀬奏(57歳)」
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第1話「経営者か、医療人か」

都心のホテルラウンジ。洗練されたインテリアと静かな空間が、上質な時間を演出している。午後のひととき、カウンセリングの時間が始まった。


香坂美月は、向かいに座る男性を観察した。


村瀬奏、57歳。アメリカ帰りの歯科医であり、現在は複数の分院を展開しながら経営コンサルタントとしての活動も始めている。整った顔立ちに、自信に満ちた表情。だが、その奥に微かに揺れる迷いが見えた。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


美月が穏やかに声をかけると、村瀬は軽く頷いた。


「こちらこそ。最近、色々と考えることが多くてね。」


「どのようなことをお悩みでしょうか?」


村瀬は一度深く息をつき、ゆっくりと話し始めた。


「私は歯科医院を経営しており、経営は順調だ。特に矯正歯科に力を入れ、分院展開も進めている。今では予約も3ヶ月待ちが当たり前になっている。」


「それは素晴らしいですね。」


「そう思うかもしれないが……最近、患者からのクチコミが気になり始めた。」


村瀬はスマートフォンを取り出し、画面をスクロールして見せた。


「不用意に矯正を勧められた」「高額治療を押し付けられた」「利益のためにやっているとしか思えない」


そんな言葉が並んでいた。


「私としては、矯正は歯の健康維持のために重要な治療だと考えている。しかし、特に子ども矯正に関しては、乳歯の段階で治療を勧めることが多く、親御さんから疑問の声が上がることもある。」


「なるほど……確かに、乳歯の段階での矯正は、効果が不透明な部分もありますね。」


「そうなんだ。だが、経営者の視点から見ると、矯正治療は安定した収益源 だ。保険診療だけでは、医院を維持し、スタッフに適正な給与を支払うことは難しい。だからこそ、自由診療の矯正を推奨している。」


美月は静かに頷いた。


「つまり、経営者として利益を追求するか、医療人として適正な治療を提供するか、その狭間で悩んでいるということですね。」


村瀬は腕を組み、少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。


「そういうことだ。どちらも正しい選択のように思えるが、時折、自分が本当に患者のためを思って治療をしているのか、それとも単に利益を追い求めているのか分からなくなることがある。」


美月はしばらく沈黙し、ノートにペンを走らせた後、ゆっくりと口を開いた。


「村瀬先生、経営者としての視点と、医療人としての視点、それぞれのメリットとデメリットを整理してみましょう。」


村瀬は頷き、ペンを手に取った。


「まず、経営者としての視点 から見た場合のメリットは?」


「安定した収益が確保できること。そして、医院の発展に必要な資金が手に入ることだな。」


「デメリットは?」


「患者からの不信感が生まれる可能性がある。口コミが悪くなることで、新規患者の獲得に影響が出るかもしれない。」


「では、医療人としての視点 はどうでしょうか?」


「適正な治療を行うことで、患者との信頼関係を築ける。そして、倫理的な観点で後ろめたさを感じることがなくなる。」


「デメリットは?」


「自由診療の割合が減ることで、医院の収益が下がり、スタッフの給与や設備投資に影響が出る。」


美月はノートを閉じ、村瀬を見つめた。


「こうして整理すると、それぞれに明確なメリットとデメリットがありますね。」


村瀬は少し考え込み、テーブルの上に視線を落とした。


「どちらかを完全に選ぶことは、やはり難しいな。」


「そうですね。では、二者択一ではなく、バランスを取る方法を考える というのはどうでしょうか?」


「バランス?」


「たとえば、矯正治療を推奨する際に、『なぜ必要なのか』『どんなリスクがあるのか』を明確に説明するプロセスを取り入れる ことで、患者の理解を得るという方法があります。」


村瀬は少し驚いたような表情を見せた。


「確かに……私は今まで、矯正のメリットを説明することに重点を置いていたが、リスクや不要なケースについてはあまり詳しく説明していなかったかもしれない。」


「そうですね。患者にとっては、『選ばされている』のではなく、『自分で納得して選ぶ』という感覚が重要なんです。」


村瀬は頷きながら、メモを取った。


「つまり、矯正治療を推奨すること自体は問題ではない。ただ、そのプロセスをより透明にし、患者の納得度を高めることが大切というわけか。」


「その通りです。」


村瀬はペンを置き、深く息をついた。


「少し視界が開けた気がする。私はどちらかを選ばなければならないと思い込んでいたが、バランスを取ることで、どちらの立場も守れる可能性があるんだな。」


美月は微笑みながら、カップを手に取った。


「経営者でありながら、医療人としての誠実さを守る。それこそが、村瀬先生の目指すべき方向ではないでしょうか。」


「そうかもしれないな。」


村瀬は笑みを浮かべながら、深く頷いた。


こうして、彼は「経営と医療のバランスをどう取るか」という新たなステップへと進むことになった。

過去作品も宜しければ、ご愛読くださいませ。

・創造の砦:AIを超える思考とは

・虚飾の万華鏡

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