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プライベートカウンセラー  作者: Ohtori
第11章「公認会計士・三浦紗江(34歳)」
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第1話「分岐点に立つ会計士」

都心のホテルラウンジ。落ち着いた照明が空間を柔らかく包み、テーブルの上には紅茶の湯気が立ち昇る。


香坂美月は、目の前に座る三浦紗江を静かに観察していた。彼女は34歳、公認会計士としてキャリアを積んできた。きっちりとしたスーツに身を包み、姿勢も凛としているが、どこか落ち着かない様子が見える。


「初めまして、三浦さん。」


「よろしくお願いします。」


紗江は穏やかに微笑んだが、その笑顔にはどこか硬さがあった。


「今日はどのようなことをご相談されたいですか?」


美月が問いかけると、紗江はゆっくりと紅茶を一口飲み、考えるように視線を落とした。


「……今の仕事について、少し迷いがあるんです。」


「迷い、というのは?」


「公認会計士として、これまで順調にキャリアを積んできました。クライアントの監査業務、税務対応、財務コンサルティング……。仕事にはやりがいを感じていますし、職場環境も悪くありません。」


美月は静かに頷く。


「でも、どこかで物足りなさを感じているんですね?」


「はい。」


紗江は少し力なく笑いながら続けた。


「会計士の仕事って、どうしてもルーティンワークになりがちなんです。同じような決算書をチェックし、クライアントと似たような会話を繰り返す。もちろん、専門性が高く、重要な仕事だと分かっています。でも、『私はこのままでいいのか?』 という疑問がふと浮かぶようになりました。」


「なるほど。」


「特に最近、企業経営に携わる人たちと話す機会が増えて、彼らが事業の成長や戦略を語る姿に惹かれるようになったんです。ただの財務アドバイスではなく、もっと会社の経営そのものに深く関わるような仕事ができるのではないか、と。」


「つまり、会計士という職業を続けるか、それとも企業経営やコンサルティングの道に進むか、迷われているということですね。」


「そうなんです。」


紗江は少しため息をつきながら、カップを置いた。


「でも、私が今さら経営者になるなんて現実的じゃない気もして……。」


「なぜそう思うのですか?」


「やっぱり、会計士ってどちらかというとサポート側の仕事ですよね。経営の意思決定をする立場とは違う。これまでのキャリアがあるからこそ、会計士として安定した道を歩むべきなのかもしれません。」


美月は、静かにペンを走らせながら口を開いた。


「では、一つ質問させてください。三浦さんが本当にやりたいことは何ですか?」


紗江は少し考え込んだ後、小さく笑った。


「……それが分からないんです。」


「分からない、ですか。」


「はい。今の仕事が嫌いなわけではない。でも、何かが足りない気がする。新しいことに挑戦したいけれど、リスクを考えると怖い。でも、このまま同じ道を歩み続けるのも違う気がする……そんな状態です。」


美月は静かに頷いた。


「それは、キャリアの転換期にいる方がよく抱える悩みですね。」


「そうなんですか?」


「はい。これまで積み上げてきたキャリアに誇りを持ちながらも、新しい可能性を模索することは珍しくありません。大切なのは、どの選択肢が三浦さんにとって最も『納得できる道』なのかを見つけることです。」


「納得できる道……。」


「では、もう一つ質問させてください。三浦さんがこれまでのキャリアの中で、最も充実感を感じた瞬間はいつでしたか?」


紗江は、少し驚いたように目を瞬かせた後、ゆっくりと口を開いた。


「……あるクライアントの経営再建を手伝ったときです。」


「詳しく聞かせてもらえますか?」


「その企業は、財務状況が悪化して倒産寸前でした。私たちのチームが財務戦略を見直し、資金繰りの改善をサポートして、最終的にはV字回復を遂げたんです。そのとき、社長が『あなたのおかげで会社を立て直せた』と言ってくれて……あの瞬間は、本当に嬉しかった。」


「なるほど。では、そのときの充実感と、今感じている物足りなさを比べると、どんな違いがありますか?」


「……今の仕事は、数字の正確性を追求することが中心。でも、あのときは、クライアントの未来を一緒に考える ことができた。それが大きな違いかもしれません。」


「つまり、三浦さんは単なる会計監査ではなく、クライアントの経営そのものに関わることにやりがいを感じる のではないでしょうか?」


紗江はハッとしたように美月を見つめた。


「……そうかもしれません。」


「もし、経営コンサルタントとして企業の成長を支援する道があるとしたら、興味はありますか?」


「……あります。」


紗江の表情が、少しだけ明るくなった。


「ただ、経営コンサルタントになるには、今の仕事を辞めなければならないのでは?」


「いえ。最初から大きく方向転換するのではなく、まずは今の仕事の中で、『クライアントの経営に関わる視点を増やす』ことから始めてみてはいかがでしょう?」


「……どういうことですか?」


「例えば、財務アドバイスの際に、単なる数字の分析ではなく、クライアントの経営戦略や意思決定の背景を深掘りしてみる。それだけでも、コンサルタント的な視点を養うことができます。」


「なるほど……それなら、すぐにでも実践できそうですね。」


「ええ。そして、もしその過程で『経営コンサルタントの道に進みたい』と確信が持てたら、次のステップを考えればいいんです。」


紗江はゆっくりと頷いた。


「少し、道が見えた気がします。」


「良かったです。では、次回のカウンセリングまでに、クライアントの経営に関わる視点を意識して業務を進めてみる という課題に取り組んでみてください。」


「分かりました。やってみます。」


美月は微笑みながら、カップを置いた。


こうして、三浦紗江は「会計士」としての枠を超え、新しいキャリアの可能性に目を向ける第一歩を踏み出した。

過去作品も宜しければ、ご愛読くださいませ。

・創造の砦:AIを超える思考とは

・虚飾の万華鏡

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