ノミの国と、ネコと、「しょうがねえなあ」と言ったお百姓さんの話
昔、ある所に、一匹のノミが住んでおりました。
そのノミは大層な幸せ者で、それというのも、そのノミが住んでいたのは、丸々と太った、大きなネコの背中の上なのでした。
大きなネコの、大きな背中の上は、とても広々として、暮らしやすい場所でした。
ネコの毛の中は暖かく、食べ物に困ることもありません。まるで天国のような場所でした。
ただ一つ、困ったことと言えば、その場所はあまりにも広過ぎて、ノミが一匹で暮らすには、少しばかり、不便で、さみしい、ということでした。
そういうわけで、最初は一匹だった、そのノミは、毛むくじゃらのネコの、母なる大地のように果てのない、恵み豊かで広大な背中の上で、ノミの仲間を増やすことにしました。
大きなネコの背中の上は、本当に暮らしやすい場所でしたので、ノミの仲間たちは、どんどんと数を増やしていきました。
それまで、ただ毛が生えただけの、自然のままの場所だった、ネコの背中の上では、今や、ノミの仲間たちが、元気良く、働いておりました。
大地は耕され、畑が作られて、ノミの仲間たちは、そこから多くの実りを得ました。
やがて、ノミたちは丸々と肥え太ったのですが、その姿は、ノミたちの住んでいる背中の持ち主、丸々と太った、大きなネコよりも、ずっと見事なものでした。
ノミたちは、足りる、ということを知りませんでした。
大きなネコの背中の上には、村が出来、町が出来、ついには、王様がお住まいになるような、大きな宮殿すら作られたのです。
ノミの仲間たちは、みんな得意になって、自分たちは、なんてすごいのだろう、このノミの国は、なんて立派なのだろう、そしてこれからも、みんなでよく働こう、そんなことを言い合ったのでした。
さて、ノミたちがそうして働いている間、ネコが何をしていたのかというと、こちらも、ネコに与えられた仕事をこなしておりました。
ネコが住んでいたのは、とある田舎の、お百姓さんの納屋の中でした。そこには、お百姓さんが収穫した、小麦が積まれていたのです。
ネズミたちが、納屋の周りをうろついています。
ネコが、納屋の入り口を見下ろしています。
つまりこういうことです。ネコの仕事は、お百姓さんの小麦がネズミたちに盗まれないよう、見張り番をすることでした。
ネコは、この仕事が気に入っておりました。ネズミを待ち伏せすることは、ネコの得意技でしたから。
小麦で一杯の納屋の中は、広過ぎず狭過ぎず、とても暮らしやすい場所でした。
ネズミたちとたわむれながら、このネコが思うのは、自分はなんて幸せ者なのだろう、丁度いい広さのここは、まるで天国みたいじゃないか、それか、お百姓さんが話していた、王様のお住まいよりも、ずっと素敵な場所じゃないか、ということでした。
王様の宮殿には、ネズミなんていないでしょうからね。
このように、ノミたちも、ネコも、幸せに暮らしておりました。
今は、実り豊かな秋でした。冬籠もりの準備をする季節です。
ところで、納屋の持ち主の、お百姓さんはどうしていたのでしょうか。
それはもちろん、忙しくしていたのですよ。
畑の小麦を、季節に追われるように、どんどんと刈り取っていたのです。それはとても大変な仕事でした。
刈り取るそばから、干して、脱穀して、より分けて、そうして集められた小麦の粒で、納屋の中は一杯になりました。
お百姓さんは、今年の小麦の出来に、一応は満足しておりました。自分たちの食べる分も、領主様に納める分も、まずは十分だろうと思われたからです。
今年はそれで良かったのですが、忙しいお百姓さんは、ノミたちやネコなどとは違って、幸せ者、というわけには行きませんでした。
お百姓さんの住む、この田舎の村は、夏は暑くて冬は寒く、食べ物に困ることもしばしばでした。天国だとか、王様の宮殿だとか、まったく比べ物になりません。
それでも、今いる場所を離れたところで、他に行く当てもありませんでしたから、お百姓さんは、ここが自分の宮殿だと、そう思うことにして、幸せに暮らしておりました。
秋が深まって、冬将軍の気配が感じられるようになりました。
その日は、いつもと変わらない一日になるはずでした。
その日、村にやってきたのは、大勢の兵隊さんたちでした。
村の人たちが、みんな集められて、聞かされたのは、外国の軍隊が攻めてくる、という話でした。
みんな、持てるだけの荷物を持って、すぐに村から出ていくように言われました。
村の人たちが離れたら、残された物には火を付けて、燃やしてしまうとも言われました。それは、敵の軍隊に、食べる物も、着る物も、寝泊まりできる場所も与えないようにするためでした。
お百姓さんは、積めるだけの荷物を荷車に積んで、食べ物も持って、ネコを連れて、村の外に出ました。
そうするしかありませんでした。
村の人たちの中には、怒っている人、泣いている人、反対に、兵隊さんたちのお手伝いをする人もおりましたが、お百姓さんは、怒ってもいなければ、泣いてもいませんでした。
村の中では、兵隊さんたちが、たいまつを持って、村の家々に火を掛けるところでした。
お百姓さんもネコも、その様子を、じっと、見ておりました。
村は煙に包まれて、赤い炎が見えました。
お百姓さんの納屋も、煙と炎の中にありました。
「しょうがねえなあ」
お百姓さんが言いました。
「しょうがねえ」
こうして、お百姓さんの納屋は、燃えて、なくなってしまいました。
お百姓さんは、村から離れるしかありません。敵の軍隊の足音も、冬将軍の足音も、すぐそこまで迫っています。
ネコは、ネズミたちのことを考えておりました。まるで天国のようだった、納屋のことも。
ノミたちは、ただノミたちだけが、この日も熱心に働いて、収穫の喜びを分かち合っておりました。
ある秋の日のことでした。
暖かな日のことでした。
例の(どの?)、肺炎で亡くなられたおじいさんの大作は、まったく読み進められておりません。
それと、筆者は別に農業(春小麦)にも戦争にも詳しいわけではないので、悪しからずです……。
面白かった、という方は、ブクマポイントを頂けますと、筆者が助かります。
面白くなかった、という方は、お手数ですが、感想でご指摘頂けますと、これも筆者が助かります。