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マッチ売りの少女(翻訳)

掲載日:2021/09/25

この前書きや後書きで、『訳文』とは、以下に掲載されている本文のことです。また、『訳者』とは、サイトの仕様上『作者』と表示されている『サトーマモル』のことです。


訳文中の(※)は、すべて訳注です。

 まったくひどい寒《さむ》さでした。雪《ゆき》が降《ふ》っていて、暗《くら》い晩《ばん》になるところでした。それはまた一年《いちねん》で最後《さいご》の晩、おおみそかの晩でもありました。

 この寒さの中《なか》、この暗闇《くらやみ》の中、通《とお》りを行《ゆ》くのは小《ちい》さな、貧《まず》しい少女《しょうじょ》で、頭《あたま》には何《なに》もかぶらず、足《あし》には何も履《は》いていないのです。もちろん、家《いえ》を出《で》た時《とき》には、確《たし》かにスリッパ(※1)を履《は》いていたのですよ。けれども、それがなんの助《たす》けになるでしょう! スリッパはとても大《おお》きくて、それは最近《さいきん》までお母《かあ》さんが使《つか》っていた物《もの》でした。ですから、そのように大きかったわけです。それを、少女はなくしてしまったのです。通りを急《いそ》いで渡《わた》った時でした。急いだのは、二台《にだい》の馬車《ばしゃ》が、まったく恐《おそ》ろしい勢《いきお》いで、すぐそばを走《はし》っていったためです。スリッパの片方《かたほう》はどこにも見当《みあ》たらず、もう片方は男《おとこ》の子《こ》が持《も》っていってしまいました。いつか自分《じぶん》に子供《こども》が生《う》まれたら、揺《ゆ》り籠《かご》として使えるだろう、と言《い》って。


 それで今《いま》や、小さな少女は、何も履《は》かない小さな足で、寒さのために赤《あか》や青《あお》になったその足で、歩《ある》いているのでした。古《ふる》いエプロンの中には沢山《たくさん》のマッチ(※2)を入《い》れて、手《て》にも一束《ひとたば》持って歩きました。その日《ひ》はずっと、少女から買《か》ってくれる人《ひと》はおりませんでした。ほんの少《すこ》しのお金《かね》すら、恵《めぐ》んでくれる人もいなかったのです。おなかをすかせて凍《こご》えながら歩く、まったく見《み》るからに打《う》ちひしがれた、かわいそうな少女よ!

 舞《ま》い落《お》ちる雪が、少女の長《なが》い金髪《きんぱつ》に降り掛《か》かりました。その髪《かみ》は、首筋《くびすじ》で、とても美《うつく》しくカールしていたのですが、そんな見た目《め》のことなんて、少女は本当《ほんとう》に考《かんが》えもしませんでした。

 窓《まど》という窓から明《あ》かりが射《さ》して、その上《うえ》、通りには、ガチョウの丸焼《まるや》き(※3)の、とてもおいしそうな匂《にお》いが漂《ただよ》っていました。そうなのです、おおみそかの晩でした。そうです、少女はそんなことを考えたのでした。


 二軒《にけん》の家の、一軒《いっけん》は少し通りの方《ほう》へ、もう一軒《いっけん》よりも出ていたのですが、その間《あいだ》の隅《すみ》っこの辺《あた》りに、少女はしゃがんで体《からだ》を丸《まる》めました。小さな両脚《りょうあし》を体の下《した》に引《ひ》っ張《ぱ》り込《こ》んでみましたが、なお一層《いっそう》寒くなるばかりです。そして少女は家へ帰《かえ》ろうとはしませんでした。マッチは誰《だれ》にも売《う》れていなかったわけですし、お金は一《いち》シリングも受《う》け取《と》っていなかったのです。お父《とう》さんは少女をぶつでしょうし、寒いのは家にいても同《おな》じことでした。ただ屋根《やね》が、なんとか頭の上にあるばかりで、家の中には風《かぜ》がぴゅうぴゅうと吹《ふ》き込《こ》むのです。特《とく》に大きな隙間《すきま》には、わらやぼろが詰《つ》め込《こ》まれてはいたのですが。

 少女の小さな手は、寒さのために、ほとんどすっかり感覚《かんかく》をなくしていました。

 ああ! 小さなマッチの一本《いっぽん》でもあれば、どんなにか良《よ》かったことでしょう。

 束《たば》から一本を引き抜《ぬ》いて、それを壁《かべ》に擦《す》って、指《ゆび》を温《あたた》めさえすれば。

 少女は一本を引き抜《ぬ》きました。「シュッ!」火花《ひばな》はどんなに散《ち》ったでしょう、マッチはどんなに燃《も》えたでしょう! それは暖《あたた》かな、澄《す》んだ炎《ほのお》でした。小さなろうそくの明かりのように。少女がその手をかざしたほどに。それは不思議《ふしぎ》な明かりでした!

 小さな少女には、自分が大きな鉄《てつ》のストーブ(※4)の前《まえ》に座《すわ》っているように思《おも》われました。ストーブには、ぴかぴかの真鍮《しんちゅう》の玉《たま》と真鍮《しんちゅう》の煙突《えんとつ》が付《つ》いています。火《ひ》は恵《めぐ》み豊《ゆた》かに燃え、とても気持《きも》ちの良い暖かさでした! いや、これはどうしたことでしょう!

 ——少女は足を伸《の》ばしたところでした。こちらも温めようとしたのです。————その時でした、炎《ほのお》が消《き》えたのは。ストーブは見えなくなりました。——小さなマッチの燃えさしを手に、少女は座《すわ》っていたのでした。


 新《あたら》しいマッチが擦《す》られて、燃えて、明《あか》るくなって、その光《ひかり》が壁《かべ》に当《あ》たると、そこが、薄絹《うすぎぬ》(※5)のように、透《す》き通って見えました。部屋《へや》の中を真《ま》っすぐにのぞき込《こ》むと、そこには食卓《しょくたく》が調《ととの》えられており、輝《かがや》くように白《しろ》いテーブルクロスが掛《か》けられて、立派《りっぱ》な磁器《じき》のお皿《さら》が並《なら》んでいます。そして、おいしそうに湯気《ゆげ》を立《た》てるのは、焼《や》かれたガチョウです。干《ほ》しプルーンやリンゴが、中に詰《つ》まっているのです! それに、なお一層素晴(すば)らしいことには、そのガチョウがお皿から飛《と》び降《お》りて、背中《せなか》にはフォークやナイフの刺《さ》さったままで、床《ゆか》の上を、よたよたと進《すす》むのです。真っすぐに、貧しい少女の方へと、向《む》かってくるのです。その時、マッチの火が消えて、そこにはただ、厚《あつ》い、冷《つめ》たい壁《かべ》が、見えるばかりだったのです。


 新しいマッチを点《つ》けました。

 途端《とたん》に、少女は、この上なく見事《みごと》なクリスマスツリーの下《した》に座《すわ》っていました。それは、もう先日《せんじつ》のクリスマス、お金持《かねも》ちの商家《しょうか》の、ガラス戸《ど》越《ご》しに見た物よりも、なお一層大きく、もっと飾《かざ》られていました。千本《せんぼん》のろうそくの明かりが緑《みどり》の枝《えだ》の上に燃え、お店《みせ》の窓に飾《かざ》られているような、色取《いろと》り取《ど》りの絵《え》が、少女を見下《みお》ろしていたのです。

 少女は両《りょう》の手を上に伸《の》ばして——その時、マッチの火が消えました。沢山《たくさん》のクリスマスの明かりが、高《たか》く高く昇《のぼ》っていきました。それらが今や輝《かがや》く星々(ほしぼし)になったのを、少女は見たのです。その中の一《ひと》つが落ちて、空《そら》に長い火の筋《すじ》を引きました。


 「誰《だれ》かが死《し》んでゆくのだわ!」と少女は言いました。それは、ただ一人《ひとり》、少女をかわいがってくれた、けれども、今ではもう死んでしまった、年老《としお》いたおばあさん(※6)が、言っていたのです。星《ほし》が落ちるときにはね、神様《かみさま》の所《ところ》へ、魂《たましい》が昇《のぼ》ってゆくのだよ。


 もう一度《いちど》、壁《かべ》にマッチを擦《す》りました。辺りが照《て》らされると、そのきらめきの中に、少女の年老いたおばあさんが立っていました。とても鮮《あざや》やかに、とても輝《かがや》いて、とても優《やさ》しく、幸福《こうふく》に。


 「おばあちゃん!」と少女は叫《さけ》びました。「ねえ、私《わたし》も連《つ》れていって! だって、消えてしまうのだわ、おばあちゃんは、マッチの火が消えるとき。あの暖かいストーブや、おいしそうなガチョウの丸焼きや、大きくてきらびやかなクリスマスツリーが、消えてしまったように!」——そして少女は、束の中にあった、マッチの残《のこ》りすべてを急いで擦《す》りました。おばあさんのことを、しっかりと引き止《と》めようとしたのです。そしてマッチは、きらきらと輝《かがや》きました。そのきらめきは、昼《ひる》の明るい時よりも、その場《ば》が綺麗《きれい》に照らされるほどでした。

 おばあさんが、こんなにも美しく、こんなにも大きかったことはありません。おばあさんは、小さな少女を、その腕《うで》に抱《だ》き上《あ》げました。そして二人《ふたり》は、きらめきと喜《よろこ》びのうちに、とても高く、とても高く、飛んでいきました。そしてそこには、寒さもなく、ひもじさもなく、不安《ふあん》なこともありません。——二人は神様のみもとに召《め》されたのです!


 けれども、その家の隅《すみ》っこに、寒い明《あ》くる朝《あさ》、座《すわ》っていた小さな少女は、頰《ほお》を赤くして、口元《くちもと》には笑《え》みを浮《う》かべて——死んでいました。古い年《とし》の最後の晩に、凍《こご》え死んでいたのです。

 新年《しんねん》の朝が、小さな亡《な》きがらの上に訪《おとず》れました。それは座《すわ》って、マッチを持っており、その中の一束は、ほとんど燃え尽《つ》きていました。

 温まろうとしたんだね! と人々(ひとびと)は言いました。少女がどんなに美しいものを見たか、どのようなきらめきの中、少女と年老いたおばあさんが新年の喜びを迎《むか》えに行《い》ったのか、知《し》る人はいなかったのです!

以下訳注です。


※1 原文の『Tøfler』の正確な形状は分かりませんでした。少なくとも『かかとを覆わない(または覆う)室内履き』という意味はあったようなので、そのまま『スリッパ』と訳しています。いずれにせよ、少女の家庭は、屋外で履くための靴を用意できないくらい貧しい、ということになります。


※2 これは『黄燐《おうりん》マッチ』という、現代のマッチよりも発火しやすいものだそうです。


※3 原文の『Gaasesteg』の直訳は『ガチョウのロースト』です。『丸《・》焼き』とは限らないわけですが、もちろん丸焼きのことです。


※4 原文の『Jernkakkelovn』は、直訳すれば『鉄の、タイル張りの、ストーブ』ですが、ここでの意味は『タイル張り』ではない『鋳物ストーブ』だと思われます。『真鍮《しんちゅう》の玉(の飾り、複数形)』と『真鍮《しんちゅう》の煙突』が、当時の北欧のタイルストーブにはなじまないためです。


※5 原文の『Flor』は『薄地の布』という意味であり、必ずしも『絹』とは限りません。しかしながら、この表現で、まさか木綿などでもないだろう、という解釈です。


※6 母方の祖母です。


訳注は以上です。


訳文中の漢字について、中学校以上の音訓と、常用漢字表外の音訓や漢字には、常にふりがなを振っています。なお、訳文中で常用漢字表外の音訓や漢字は『射《さ》し』『真鍮《しんちゅう》』『点《つ》け』『綺麗《きれい》』です。


訳文の著作権は、訳者にあります。訳者の許可なく訳文を転載したり再配布したりすることは、禁止します。


デンマーク語の原文について、出版当時の原本ではなく、電子化されたテキストを参照しています。参考のため、当該テキストへのリンクを、ランキングタグの場所に設置しておきます。

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出版当時の原本と同じ内容のテキスト

Den lille Pige med Svovlstikkerne. - Det Kgl. Biblioteks tekstportal

現在の正書法で書き直されたテキスト

Den lille pige med svovlstikkerne - H.C. Andersen

― 新着の感想 ―
[良い点] >少女がどんなに美しいものを見たか、どのようなきらめきの中、少女と年老いたおばあさんが新年の喜びを迎に行ったのか、知る人はいなかったのです! 泣きました…(;_;) バドエンはハピエン…
[良い点] すげえ! [気になる点] 丁寧だ! [一言] これで原稿料貰えないのはおかしいだろう!
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