近江の支配者(4)
「東国からさらに二万の兵を徴発するとして、やはりふた月はかかろう。それから筑紫までの移動に一月近くは必要じゃな。」と言うと赤兄は腕を組んでうつむいた。
「すると八月をもって新羅に渡るとすれば、遅くとも五月の初めには徴発使を発しないと間に合いませぬな。」蘇我の果安が応えた。
「そう簡単に倭姫様のご意向が変わるとも思えん。」紀大人が応じた。
「吾に考えがあります。」一同を見廻すと金が言った。
「八月までには、まだ日があります。五月に入れば徴発使を発して兵を集めます。ただし新羅出兵と言う名目ではなく、天智の帝の山稜を造営するという名目で兵を集めまする。それまでに倭姫様を何とか説得してみますが、それでも適わぬ時は二万の兵の力で押し切ります。」
一同から集まった視線を押し返すように、金は一人ひとりの眼を見つめ返した。
「そうよのぅ。まだ時間はある。御陵の造営ということであれば、異論はあるまい。」赤兄は頷き、同意を求めるように一同を見た。
「それで、名分が立ちまする。」果安は、そう応じると大友の皇子を見つめた。
大友は皆の視線を感じると、軽く頷いて見せた。
朝堂院から出てきた金を待っている者があった。金に続いて出てきた大友の皇子を見つけると深くお辞儀をして言った。
「皇子、少しおやつれではないですか。」
「何を言う。それより家刀自殿は元気か。」大友は親しげに声をかけた。
「あれも年でございますから、あっちが痛いこっちが痛いなどと申しまして口だけは喧しゅうございます。」男が応じた。
「そうか、偶には邸の方へ顔を見せに来てくれと伝えてくれ。」そう言うと大友は、先程から脇で待っている金を見てから男に言った。
「ではな。」と声をかけると大友は去っていった。
大友の皇子に一礼して見送った男に金が声をかけた。
「大友殿、こちらへ。」と朝堂院の裏手へ招きよせた。
「皇子が東宮に移られてからなかなかお会いできる機会が無くて。」と男は言い訳がましい事を言った。
大友の村主細人である。小太りだが年齢を感じさせぬ立ち居振る舞いである。日頃から鍛錬を欠かさぬ動きだと金には見えた。
推古十年、百済の僧観勒により伝えられた奇問遁甲の術を学んだのは大友村主高聡であるが、大友村主細人はその後裔でありその術を以って朝廷に仕えているのである。と同時に大友の皇子の乳人でもあった。
大王家の皇子女に限らず有力氏族の子女はこの時代、配下の有力者の下で育てられた。ひとつには服属儀礼であり、ひとつには配下への信頼の証でもあった。皇子女の名前は養育氏族の名前や職掌やその氏族の勢力地名などで呼ばれた。大友村主は奇問遁甲の術で天智や鎌足に仕えたのであり、天智が皇子を大友村主に預けたのはその信頼の証でもあった。
「他でもない、お主に頼みがあるのじゃ。」金が辺りを窺いながら言った。
「もしや、吉野におわす大海人様のことでは」細人は静かに問いかけた。金は再び辺りを窺いながら細人の耳元で言った。
「そうよ、それよ。」金は細人の肩に手をかけると
「謀反の証になるものであれば、何でも良いのじゃ。」静かに肯いた細人は応えた。
「皇子に仇なすとあれば、例え大海人様でも除かねばなりますまい。」




