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「みなさん、遠いところよくお出でくださりました。ようこそ、我らの里へ──あら?」
薄い光を纏った、銀に近い金色の髪や白い肌をした美女──見るからにエルフと言わんばかりの彼女は、そこで不思議そうに小首を傾げた。
「どうしてそんなにズブ濡れなのですか?」
「……いや、まあ、ちょっと……同僚がエキサイトしたせいで」
頭を掻きながらオグマが答えると、その同僚は「何よ、私のせいだって言うの?」とすぐさま噛み付く。
「そりゃそうですよ! こちとらカナヅチなのに! アルさんがいなかったら、姫様もろとも溺れ死んでましたからね」
「ダッサ」
「反省の色なさすぎて引くわっ」
二人のかけ合いを目にした代表者らしきエルフは、クスリと上品に笑った。
彼らがいるのはエルフの村の入り口である。門のように聳える二本の大木の向こうに、樹上や木の幹その物に造られたような家や、商店らしき建物が幾つも見えた。また、住民の女性エルフたちが、旅人と代表のやり取りを、遠巻きに眺めている。珍客に対して興味津々と言った様子だ。
「あ、あの、僕はこれで失礼します。また明日の朝迎えに上がりますので」
オズオズと手を挙げ、船頭が言った。
「ああ、ありがとうございましたアルさん。明日もよろしくお願いします」
「次また舟をひっくり返したら蹴り飛ばすからね。わかった?」
「あ、姫様の戯言は気にしないでくださいね。アルさんのせいじゃないですから」
なんとも酷い見送りの言葉に、アルは苦笑するしかないようだった。
それから改めてペコリと会釈した彼は、踵を返す──その間際、彼の視線は村の方の野次馬たちに向けられた。
すると、エルフたちのうちの一人──亜麻色の髪を後ろで緩く三つ編みにした少女が、それに気付いたらしく、彼の方に小さく手を振る。
瞬時に顔を真っ赤にさせたアルは目を逸らし、そのままそそくさと森の道を歩き出した。
──そんな彼の様子を、姫様は目敏く察知したらしく、怪訝そうに紺碧の瞳を細めた。
「では、さっさく案内させていただきますね。──と、その前に自己紹介がまだでした。私、現在の村長の娘で、村の仕切り役を務めております、エリスと申します。改めて、ようこそノルニ村へ。住民一同、お二人を歓迎致しますわ」
優雅な動作でお辞儀して見せたエリス。彼女に連れられて、二人はエルフたちの里──ノルニ村へと足を踏み入れた。
──村内は活気に溢れていた。光を纏った美女並びに美少女たちが、楽しげに微笑みながら、果物や料理の盛られた皿を運んだり、魔法で周囲の木々に花を咲かせたりしている。中には、気合が入りすぎた為か、せっかく咲かせたばかりの花を、爆発四散させてしまう者も。
何やら、みな浮かれているような雰囲気だ。
「ご覧のとおり、この村で暮らしているのは、女性のエルフだけです。男性エルフの村は、遠く離れた別の場所にあるんですよ?」
「へえー、そうだったんですね。──ところで、今日は百年に一度お祭りがあるそうですけど、どんな催しなんですか?」
「古くから続く、伝統的な行事です。我々エルフが暮らして行く上で欠かせない、種の存続と繁栄を願った儀式、とでも言いましょうか」
「ははあ、なるほど。それで、村の方総出で準備しているわけですか」
話を聞きながら、黒い羽根ペンでせっせと手帳にメモを取る。まじめに取材に勤しむオグマに対し、姫様は頭の後ろで手を組み、ツマラナそうに歩いていた。
ほどなくして、一行は広場のような空間に出る。
「ええ。みな、今日と言う日をとっても楽しみにしていたんです」
エリスはそこで立ち止まり、客人たちの方を振り返った。彼女の背後には、何十メートルもある巨木を真っ二つにして設えたようなテーブルと、それを取り囲むたくさんの椅子が置かれている。
そこには祭壇などと言った荘厳さは一切なく、むしろ披露宴の会場のような雰囲気だった。
「何しろ、百年に一度の宴──種の存続と繁栄には何より重要な、婚活パーティーですから」
「「……婚活?」」
虚を突かれたらしく、二人はハモって聞き返した。