発覚と嘲笑
説明会のような。更新が亀ですな、申し訳無いです。
意気消沈する薫を余所に、クラス全員が戦争参加を決意した。
そしてすぐ、それを嬉しそうにニコニコと見守っていたイーグラットが、全員の力量を見たいとどこかへ誘った。
豪奢な廊下を興奮気味にざわざわと歩く面々。
「ん? おお、グウェイ。良いところへ」
途中、燃えるような赤髪と無精髭が特徴の野性的な魅力を放つ男と遭遇した。女子数人が頬を赤らめる。
グウェイと呼ばれた男は、声を掛けたイーグラットに頭を下げると早足で近寄った。
「勇者たちよ、この者は王国騎士団団長のグウェイという。君たちの教育係として付ける予定でいる。グウェイ、この者たちがかの神託の勇者一行である」
「おお……! 初めまして、先程紹介に与ったグウェイ・インカーだ。よろしく、勇者殿方」
キラキラした瞳で三十六名を見つめると、ニカッと笑って自己紹介した。
小さく黄色い声が上がる。
唯一、遥子は大きな窓から澄み渡る青い空を眺めている。
一人一人丁寧に自己紹介しつつ、移動を再開する一行。
遥子の番が回ってきた時、丁度良く目的地に到着した。両開きの淡い水色の扉をゆっくりと開くグウェイ。
「ここで、君たちの力量を測定する」
部屋の中は薄暗かった。広いその中心には、騒ぐのを憚られるほどの荘厳さを放つ水晶玉があった。
「これは神器クリスタロス。神器は、神代において神が造り出した神の宝だ」
直径が二メートルくらいある大きな水晶玉は、息を呑むほど精緻な装飾が施された台座に泰然と鎮座していた。
淡い水色の光を幽かに宿すそれは、まるで濃紺の空に浮かぶ蒼い月のよう。
召喚された部屋の壁画に描かれていた十一人の神々。彼らが自らの化身として力の全てを注いで造り上げた宝物が、神器。
全知の神クリスタロス・クアンタールの宝がこの大きな水晶玉で、触れたモノのあらゆる情報を表示する力があるとの事。嘘発見器的な扱いも出来るので、大変便利な遺物である。
「神器クリスタロスよ、これより触れる者たちのステータスを表示せよ。……さあ、触れて」
イーグラットが水晶の横にずれて、正面に立つ形でいた皇を見た。
皇は唾を嚥下して一歩進み出る。そしてそっと手を水晶につけた。
「う、わ」
途端に一瞬の強い光が水晶から解き放たれ、咄嗟に閉じた目を恐る恐る開くと文字が見えた。
ぼんやりと水晶の中に浮かぶ文字。
異世界の不思議な形状の文字だが、何故か読める36名。
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界外皇 18歳 男 レベル1
職能…英雄
称号…異世界人
体力…100
筋力…100
耐性…100
敏捷…100
魔力…100
魔耐…100
技能…全属性適性・全属性耐性・物理軽減・剣術・剛力・終極破砕・気配感知・言語理解
――――――――――
文字が読めたのは、最後の“言語理解”のお蔭だろう。
グウェイが文字を読み終わるや否や、心底楽しそうに口角を持ち上げた。
水晶へ一歩接近し、淡い光に顔を照らし出されたイーグラットは「おお…!」と歓喜に身を震わせた。
「流石は勇者だな! 初っ端から全能力値が100だとは!」
「“終極破砕”まで出来るとは…」
そんな反応をされて、どうしたらいいのか分からないという表情の皇。
「え、あの……俺ってそんなに凄いんですか? それに“終極破砕”って何ですか?」
高揚感に包まれているクラスメイトたち。
グウェイは色々知りたそうにしている好奇心旺盛な少年少女を一瞥し、笑顔を崩さないままに説明した。
まず、職能が英雄である事が驚くべき点なのだという。
職能はその人が持つ特有の才能であり、英雄職を持つ者は大体100年に2人程しかいない逸材だ。
そして職能は進化が出来る。例えば剣士が剣豪になり、魔術士が魔術師になったりなどだ。更にもう一段階進化出来る職能も存在し、剣豪は大剣豪になり、魔術師は賢者になるのだ。
英雄は一段階進化の職能で、進化後は大英雄になる。英雄は、魔人族の王たる魔王の足下に及ぶ可能性もしくは対等に渡り合える可能性を秘めている。大英雄は、単体で魔王を討伐出来る力がある。
言ってしまえば、皇は特別な存在なのだ。
次にその能力値。普通、レベル1の人間族のステータスは平均10程度。100もあるのは、チートだと言っていい。
技能にも目を見張るものがあり、天性のものや修行を重ねて得られるものが並ぶ。最たるものが“終極破砕”。修得が非常に困難で、人間としての全ての限界を超越して活動出来る技能である。代わりに、発動後は発動していた時間と同じだけの時間、指一本動かせない疲労に襲われる。
「まさに、救世の人物だな。コウ」
信頼の滲むグウェイの深緋色の瞳に、皇は真っ直ぐ見据えられ背筋を伸ばした。
真剣な表情の中には、己が世界に貢献出来る存在だと、充分に理解した上での喜色が見え隠れしている。
皇に続き麗依に真太と進み出て行き、教師含む35名が皇に及ばずともリグラレギルではチートなステータスを披露していく。
「遥子? 何してるんだよ、そんな隅っこで。ほら、お前もやろう」
残るは一人、遥子だけ。部屋の極力目立たない端の方に佇んでいた遥子は、穏やかな笑みで呼ぶ皇を首を横に振る事で拒絶した。
突き刺さる女子生徒たちの視線と、面倒臭そうな男子生徒たちの溜め息。唯一乗り気で無い遥子は、クラスメイトたちの中では冷たい嫌な奴という評価に落ちていた。
「嫌な予感がする。だから、私は遠慮する」
静かに言葉を吐き、同時に再度首を振る。
そんな遥子に皇は焦れたのか、小走りで近寄ってその細い手首を掴んだ。そして有無を言わせず強引に水晶のもとまで引っ張る。
「全く、何を馬鹿な事言ってんだよ。お前の嫌な予感なんて……」
「やめてくれ皇くん、痛い」
遥子の拒絶虚しく、無理矢理水晶に押し付けられた白くしなやかな手。
直後、浮かび上がったステータスに、場の一同は驚愕した。
――――――――――
紅峰遥子 18歳 女 レベル1
職能…司書
称号…異世界人
体力…5
筋力…5
耐性…5
敏捷…5
魔力…5
魔耐…5
技能…百科事典・言語理解
――――――――――
「……そういえば、よく当たるよね。遥子の嫌な予感」
麗依の憐憫の色が滲む声音の後、クスクスと部屋を這いずり回る忍び笑いが満ちる。
リグラレギルの一般人を下回る数値。たった2つの技能、前線で到底役立たない職能。クラスの最底辺に位置付けられる遥子に、相応しいと言えば相応しいステータスだった。
司書。読書の速度が異様に速くなる事と、記憶の引き出しが異様に多くなる事以外には、何の長所も無い職だ。司書長に進化したとしても、記憶の引き出しが更に増えるだけというしょっぱいもの。もう一段階上に歩く図書館という進化形態があるものの、ただの博識人物なだけで戦闘の役に立つとは思いがたい。
落ち零れ、役立たず、最弱、いらない。様々な罵詈が、薫と修弥に聞こえないように飛び交う。
遥子は、冷えきった心持ちの滲み出る瞳で水晶内の文字を眺めた。
「あ、その、えと……だ、大丈夫だ、遥子! 俺が全力で護るから!」
狼狽えながらも遥子の手を両手で包む皇。どこか気不味い雰囲気で、居た堪れない様子でぎこちなく笑ってみせた。
グウェイは可哀相なものを見る目で遥子の肩に手を置き、イーグラットは残念だという表情で溜め息を零した。
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王宮図書館。窓の外からは訓練の掛け声が小さく聞こえてくる。堂に入った大人たちの声と、初々しい子供に近い声。
遥子は無感情にそれらを聞き流しながら、すぅっと深く息を吸った。
一緒に閉じた目を大きく開くと、手にしていた分厚い本をばらららららと捲っていく。まるでパラパラ漫画を楽しむ速度だ。
生み出された風が前髪を退かし、いつもは眼鏡の下にある黒い瞳の眼球を撫で回す。いくら乾こうとも、二重を形作る瞼が下りる事は無い。黒い筈の瞳は今は、透ける水色の光を幽かに帯びている。
十数秒で全てのページが表紙側へ行くと、ぱたりと閉じて本棚へ戻す。瞳は落ち着いた黒で、眼鏡をかけて前髪を整えると小さく溜め息を吐いた。
「うむ! やはり、ヨーコは眼鏡が無い方が美しいな! 目が悪いのが至極勿体ない!」
「……殿下」
「むぅっ、シエルでいいと言うておるのに」
「いいえ。お呼びするわけにはいきません、殿下。私のような下賤な者が、貴方のような高貴なお方を呼び捨てる事などあってはなりませんから。ああそれと、私は目は良いですよ」
自らの目上の立場の者には敬語を使う遥子。
窓からの陽光を浴び、舞い躍る埃の中で素顔を晒していた遥子は、呼吸を忘れる程の美少女だった。
背筋を伸ばして立つ遥子の足下、三角座りで本棚に背を凭せ掛けているのは、第一王子のシエル・バートラル・グリム・リグラレギル。召喚されてより2週間、ありったけの知識で何かサポート出来ないかと皇が言い、宛がわれた図書館に引き籠もる遥子に何故か懐き、うろちょろとついて回る可愛らしい10歳児だ。
黒の瞳と緑青の瞳が重なり、緑青の方がそれを喜んだように細まる。
「ならば何故だ?」
こてん、と傾げられた小さい頭。遥子は淡々とした口調で返した。
「世界と私を隔てているのです。前髪が長いのも、そういう理由です。私は世界が嫌い、人間が嫌い。だから、嫌いなもの全てから自分を護る為に、障壁を張っているのです」
「ヨーコっ!」
「……何でしょうか」
「ヨーコは、僕の事も嫌いなのか……?」
何でもない事を語る口調の割りにはぞっとする程冷たい声音に、思わずシエルは立ち上がっていた。
162cmの遥子の、丁度腹の辺りに顔が来るシエル。不安いっぱいの表情で、能面のような遥子の顔を下から窺い見る。
揺れる緑青。その時、変化の乏しい美しい顔に、儚げな微笑がたたえられた。直視したシエルは、首まで茹で蛸のような真っ赤に染まる。
流れる所作で身を屈めた遥子が、まるでキスを迫るかのようで、シエルは更に赤くなりながらも瞳を逸らせず凝視した。
「……嘘です」
ほんの間近、至近距離で止まった顔ににこりと綺麗な笑顔が浮かぶ。
「――へっ!?」
「ただのお洒落ですよ」
素っ頓狂な声を上げたシエルに、遥子はしれっと言葉を続けた。
離れていく顔、開いた距離に残念な思いが込み上げるシエル。湧いた感情がまだ理解出来ず、持て余したのか首を傾げた。
休憩は終いとばかりに次の棚へ移動した遥子を、ハッとしたシエルはすぐに追いかけた。
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「遥子ー、よーこー、どこだー。夕飯の時間だぜー」
図書館という静謐の住み処を、無遠慮に跋扈する疲れの滲んだ間延びした声。奥の方からシエルを伴って現れた遥子に、声の主たる真太はニカリと笑いかけた。差し込む西日が、彼の額の汗を輝かせた。
「お疲れ、真太くん」
「おう、疲れたぜ」
「はい。拭くといい」
「んあ?お、サンキュー」
無表情に差し出された真っ白いハンカチ。真太は戸惑いなく受け取り、相手も笑顔になるような人懐っこい笑みを見せた。
それでも遥子は無表情のままで、シエルを促して歩き出した。真太も遥子の隣を歩く。
長い廊下に伸びる影、無言の中に響く足音。
「……ちゃんと洗って返すからな、これ」
「そうか」
握るハンカチをポケットに突っ込み、笑いかけた真太。遥子はたった一言で返事をする。
2人はいつもこんな感じなので、真太は何も気にした様子も無く、また無言の歩行が続いた。
シエルは眠たげな表情の中に、少しだけ拗ねた色を滲ませていた。
次回は長くなるかもです。文が。時間は言わずもがなかかるでしょうな。申し訳ないです。