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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
57/58

13

 目を閉じて、あとは死を待つだけだった。恐怖など、どこにもない。

 しかし、確かに聞こえた銃声のあと、何秒経っても痛みは襲ってこなかった。ああ、即死だから痛みを感じるヒマもなく、三途の川を渡ってしまったのだろうか。

 ――なんて、そんなことは有り得ない。

 ゆっくりと目を開けると、彼が銃口をこちらに向けたまま、呆然と立ち尽くしていた。その視線をなぞって振り向くと、背後にあった壁に銃弾がめりこんでいる。まるで、死ぬべき人間ではなかった自殺願望の彼のときのように。


「……君、わざと外したの?」


 彼がそんなことをするはずがないと思いつつも一応尋ねてみると、彼は気が抜けたのか、その腕がゆるゆると下がっていき、ついにはごとっ、と音を立てて、拳銃が床に転がった。近づいて拾ってみると、ちゃんと触ることができる。――ということは。

 カチャリ、


「君、何して……」

「これで引き金を引けば、君がわざと外したのか、そうじゃないのかわかるだろう?」


 そうすれば、自分で自分を殺すこともできる。


「待っ……!」


 ――カチリ、

 彼の制止も聞かずに自分のこめかみに当てた銃の引き金を、躊躇いもなく引いたその結果は。


「不発……?」

「そのようだね」


 弾はきちんと入っているはずなのに、それが発射されることはなかった。

 試しにもう一度、今度は壁に向けて撃ってみると、ドン、と音がするとほぼ同時に、先ほどの銃弾の横にもう一つ弾がめりこむ。つまり、銃の故障ではない。すなわちそれは、ぼくの寿命がここで終わりではないということを示していた。

 こと、と銃を机の上に置くと、彼は膝から崩れ落ち、両手をついてうなだれた。


「どうして……っ」

「ぼくが、憎いかい?」


 嘆く彼に、ぼくは上から問いかける。


「憎いよ。ボクの大切な人を殺したくせに、君は生きてる。しかも、彼女は君の大切な人でもあった。ボクは本当に『代わり』でしかなかったんだ。ああ、本当に滑稽だね」


 彼はそう吐き捨てたかと思うとすっくと立ち上がり、足音もなく(死神だから当たり前か)ぼくの前まで歩いてきた。そして、いつになく真剣な目が、ぼくを捉える。


「でもね、一番憎いのは、自分だよ。だって、出逢ったときに君のことを『面白い』と思ってしまったんだから」


 にこ、と浮かべられたのは、「ホンモノ」の笑顔だった。


(――面白い)


「奇遇だね、ぼくも同じことを思っていたよ」


 たくさんの人間を殺し、大切な人までも殺してしまったぼくが他人と関わることなんてなかった。それなのに、彼という一人の人間と長く関わり、そう思ってしまったのが終わりの始まりだったのだろう。だからこそ、彼にあそこで殺されるのも悪くないと思ったのだ。


「さっきの発砲さ、わざと外したのか、自分でもわからないんだ。本当に憎くて殺したいと思ってたけど、弾が外れたとき、ほっとしてる自分もいた。それはきっと、ボクが出逢った人の中で君が一番面白い人間だったからかもしれないし、何だかんだ言って、死にたがりやだったボクを殺してくれた人だったからかもしれない。本当に、よく、わからないんだ」

「そう」

「でも、確かなのは、君はまだ死ぬべき人間じゃない、ってことかな」

「ああ、そうだね」


 短く返答すると、彼はにっこりと至極楽しそうな満面の笑みを浮かべた。こういうときの笑顔はホンモノだが、嫌な予感しかしないのは何故だろうか。


「だから、ぼくにはまだ君を殺すチャンスがあるってことだよね?」


 ああ、彼は本当にタチが悪い。


「君、他人にはやさしいんじゃなかったの?」

「残念、君は別だよ。ある意味特別、だけどね」

「ああ、それは――最悪、だね」


 精一杯の皮肉は、すっかりいつもの調子を取り戻した彼には効かないようだ。ああ、本当に君は面白いよ。


 そうして、窓から見える白い月に、すべては消えた。




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