エピローグ
今宵、満月。紅い月。
今日もぼくは人を殺す。
彼女が亡き今――いや、今も昔も、それだけがぼくの生きる意味なのだから。
「今日もごくろーサマ」
涼やかな声のしたほうを振り向けば、いつもと変わらぬ作り笑いがそこにあった。
「君も、ね」
「さ、帰ろうか」
月明かりの下、ぼくと彼は並んで歩き始める。しばらくすると、彼が口を開いた。
「ねえねえ」
「何?」
「ボク、ちょっと考えてみたんだ。死ぬべき人間じゃない君に、何でボクが視えるのか」
「へえ、それで何かわかったのかい?」
彼との「対決」から数ヶ月。桜が咲き始める季節になっても、ぼくには相変わらず彼が視えていた。その理由がわかったのなら、是非とも教えてほしいものだ。まあ、彼のことだから、わかっていても秘密にされる可能性が高いけれど。
「あのね、きっとボクはキューピッドなんだよ」
「は?」
何もかもわかったようなカオで、そんな意味不明なことを言われても困る。ある意味、秘密にされるよりも厄介だ。
「君は死神だろう?」
「まあ聞いてよ。そもそも、ボクはせっかく君に殺されたのに、どうして彼女のところに行けなかったんだろうね? そう考えたら、一つの結論にたどりついたんだ」
「……何?」
にやり、彼は意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「きっと、君も一緒じゃないと彼女に逢えないんだよ。悔しいけど、彼女の本当にすきな人は君で、ボクはその代わりでしかなかったんだから」
「さあ、それはどうかな」
「うわあ、君は相変わらず酷いね。きっと今ごろ彼女、天国で泣いてるよ?」
「ああ、でも彼女はそんな人間をずっと待っているらしいからね」
「ちょっと、さりげなくノロけないでよ」
ふわり、とぼくの前に回り、ほおをふくらませる彼。――ああ、相変わらずウソくさい。
「で? それでどうして君がキューピッドになるの?」
「ああ、うん。だからね、多分ボクは君の最期を見届けるか、その前にボクが殺しちゃうかはわからないけど、とにかく、君を彼女のところへ連れていかなくちゃならないんだよ。そしたら、そのときはきっとボクもそのまま彼女のところにいられると思うんだ」
前半は少しとんでもないことを言っていたが、つまり、彼はぼくと彼女の橋渡しだということだろうか。それは彼の勝手な推測だから、本当にそうなる保証なんてどこにもないのに、彼はとても嬉しそうに笑っていた。
ぼくはそれを見て、ため息を一つつく。
「あ、また幸せが逃げた」
にこり、彼が笑う。その笑顔だと、彼はぼくの幸せに逃げてほしいみたいだ。そう思って、ぼくはもう一回ため息を吐き出した。
「まったく、だったら死期が近くなったときに現れてほしいものだね」
「ええー? だって君、この前みたいに自分で死のうとするかもしれないでしょ?」
「人を死にたがりやみたいに言わないでくれるかな」
「それに、独りは淋しいからね」
(独りは、淋しいでしょう?)
彼のキレイな笑顔が、記憶の中の『彼女』と重なる。
「それは君が、だろう?」
「さあ、どうだろうね?」
そうして、ぼくたちは夜の中を歩いて帰った。
死神が視えていようと、死期が近くなろうと関係ない。
ぼくは、生きている限り、人形を壊し続けるのだ。
そうして、今日もぼくは人を殺す。
快楽と血を、求めて。
それだけが、ぼくの生きる意味だ。




