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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
49/58

05

 それからボクたちは、いわゆる「友達以上恋人未満」のような関係が続いた。

 ただ、学校にいるときはほとんど一緒にいたので、周りからは付き合っていると思われているらしかったけれど、ボクも彼女もそれを否定しなかった。それは、別の高校にいるというすきな人を忘れたいからなのか、ボクの告白どおり、ボクのことを見てくれているからなのか――はたまた、本当に「代わり」なのか、ボクにはわからなかったけれど。

 でも、ボクは彼女のそばにいられるなら、何でもよかった。幼いころに両親が事故死してから、ボクはずっと独りだった。だから、誰かトナリにいてくれる人がほしかったのだ。


「あたしも、独りなの」


 ある日の放課後、ボクの肩に寄りかかった彼女がつぶやいた。彼女も幼いころに両親を亡くして孤児になり、今も施設で暮らしているらしい。ボクたちは、似た者同士だった。


「あの人も、一人なの。でも、あの人には生きる意味があるから、独りじゃない」


 あの人、とは、彼女のすきな人のことだろう。彼女の淋しそうな表情がそれを物語っていた。

 確かに、その人のように、生きる意味があるのはいいことだと思う。でも、それによって彼女が苦しむのなら、ボクはそんなものいらない。――ああ、いや。


「ボクの生きる意味は、君だよ」

「え?」


 ゆっくりとこちらを見上げた彼女に、ボクはにこ、と微笑んでみせる。


「ボクもずっと独りだったけど、今は君がいる。ボクは、君がいるから生きていられるん――ぐえっ」


 せっかくカッコよく決めるつもりだったのに、最後に奇声を上げてしまって台なしだ。

 しかし、それはボクに勢いよく抱きついてきた彼女のせいだった。彼女が自分からそんなことをするのは初めてだったので、ボクはドキドキしながらもその肩に手を置く。すると、その小さな肩はカタカタと震えていた。


「ホントに……?」

「え?」

「ホントに、あなたの生きる意味は、あたしなの……?」

「もちろん。ボクの生きる意味は、君だよ」


 同じことをくり返してぽんぽんと頭をなでると、ボクの腰に回されている腕の力がきゅ、と強くなった。ボクもそれに応えるように、彼女をふわりと包みこむ。


「あたし、これでもう独りじゃないよね……?」

「うん、ボクがそばにいるよ」

「ありがとう……」


 その日から、ボクと彼女の親密度は急激に増し、恋人と言っても申し分なかったと思う。しかも、しばらくは彼女の哀しげなカオも見ていなかった。ボクはなるべく学校に行くようにしていたけれど、ついに受験生と呼ばれる年になってしまった。


「君、進路どうするの?」

「うーん、大学かな」

「へえ、もう行くとこ決まってるの?」

「うん、まあ、ね」


 このとき、ボクは次に口にしようとする言葉に気をとられていて、彼女の表情がわずかにくもっていたことに気付けなかった。


「じゃあさ、卒業したら一緒に住まない?」

「へっ? ……えーと、大学を?」

「ボクは別に高校でも構わないよ? もう就職は決まってるし……ていうかもともとそっちが本業だしね。君を養える自信はあるよ」


 その言葉どおり自信たっぷりに言い切ったのだが、彼女は何故か困ったようなカオをしてうつむいてしまった。


「嬉しいんだけど……やっぱり、せめて大学を卒業してからのほうがいい、かな」

「あ、うん……そうだよね」

「すっごく嬉しいんだよ? でも、まだ気持ちの準備っていうか……ごめんなさい」

「いや、ボクこそ急な提案でごめんね。ボクはいつでも待ってるから」

「うん、ありがと」


 それから、月日は矢のごとく流れていき、卒業後、ボクたちは別々の道を歩み出した。

 そして、それが最後の別れになってしまった。彼女が大学に入学して間もなく、悪夢が訪れたのだ。


       * * *


「そこから先は、もうわかるよね?」


 にこり、彼は相変わらずの作り笑いをよこす。憎悪は感じられないものの、彼女との想い出を語っていたときの穏やかな笑みとは大違いだ。

 しかし、ぼくも薄く笑い、無言でしらばっくれることにした。彼はそれを受けて、先を続ける。


「ある日、彼女は死んだ。心臓を抉られて、ね」


 鋭い視線がぼくを射抜く。そして、その次に紡がれる言葉を、ぼくは――


「君に殺されて、ね」


 ぼくは、知っていた。それは、何度か彼に同じことを言われたから覚えてしまったという理由もあるが、それ以外にもう一つある。


「ま、また証拠がないって反論されて終わりだろうけど――」

「そうだよ」

「え?」


 一度外された彼の視線が、再びこちらに向けられる。わけがわからないというように眉をひそめる彼に向かって、ぼくは嗤ってやった。


「君の大切な人を殺したのは、ぼくだよ」

「な……!?」

「そして、」


 彼のカオが見る見るうちに歪んでいく。それは恐怖と痛みからではないけれど、そんな表情もナカナカすきだ。――そう、絶望に染まったカオも、ね。


「そして、それはぼくの大切な人でもあったんだ」


 さあ、絶望に血塗られた喜劇の始まりだ。




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