06
初めて人を殺した翌日、ぼくは警察に保護された。無断で保育園を休んだことを不審に思った保育士が訪ねてきて、冷たくなった父親と母親の間で、血まみれになっていたぼくを見つけたからだ。
めったに出くわさないであろう惨状を目の当たりにした保育士は気の毒だった。彼女はその場にへたりこんでしばらく放心していたので、ぼくのほうがよっぽど冷静だった。まあ、ぼくがこの惨状を作ったのだから、当たり前だけれど。
しばらくして到着した警官にいくつか質問をされたけれど、ぼくは「よくわからない」とか「憶えていない」などと返した。警官はぼくが精神的にショックを受けているのだろうと思っていたし、それ以前にこんな子供のことなんか微塵も疑っていないようだった。実は彼らが到着したとき、ぼくは包丁を握ったままだったのだが、もしかしたら生き返るんじゃないかと思って引き抜き、そのまま放心していたと思われたらしい。
ただ、父親のほうは背中だけを刺されて死んでいたことから、殺人の線も疑われていたが、犯人が見つかるはずもなく、結局無理心中として片付けられた。ああ、滑稽だ。ぼくが二人を殺したというのに。
それから、身寄りのなかったぼくは、少し遠くの児童養護施設に行くことになった。そこには偶然にもぼくと同い年のコが一人だけいるらしく、最初にそのコと対面することになった。
「よろしくね」
そう言って無邪気に笑った人物の笑顔を、ぼくはよく憶えている。それは、ぼくとは正反対の、純粋な無邪気さだったから。
そして、それがその人物――のちに、ぼくの唯一の大切な人となる『彼女』との出逢いだった。
その日からぼくの新しい生活が始まった。ぼくはこのころからすでに一人で行動するのがすきだったので、いつも図書室で本を読んでいた。ほかの子供や先生は、ぼくがこういう性格なんだと理解してくれていたし、ぼくも人付き合いが苦手なわけではなく、それなりに協調性もあったので、何の問題もなく過ごせていた。
――ただ一つ、『彼女』という問題を除いては。
「ねえ、あそぼうよ」
「ぼく、本をよむほうがすきなんだ」
「ええー? そんなのつまんないよ。むこうにいってあそぼうよ!」
「えんりょしておくよ」
こんな感じで、彼女は自由時間になると図書室にいるぼくのところに来て、同じことをくり返すのだ。
ぼくが嫌だと言っているにもかかわらず、彼女は毎日飽きもせずにぼくのところへ来る。同い年の人間がいて嬉しいのかもしれないけれど、ぼくは別に嬉しくないし、仲良くするつもりもなかった。それがあまりにもしつこいものだから、ある日、溜まっていたストレスが爆発してしまった。
「ねえ、あそぼうよ」
「いいって」
「えっ、いいの? じゃあ行こう!」
「いや、そっちの『いい』じゃなくて……」
「はやくはやく!」
「――いやだって言ってるだろ!」
「きゃっ」
ガタン、と大きな音が図書に響く。ぼくたちのほかに誰もいなかったのは、不幸中の幸いだろう。ぼくは自分の腕をぐいぐいと引っ張る彼女を突き飛ばしてしまったのだ。
「あ……ごめ……」
はっと我に返って謝ろうとすると、彼女は顔を上げ、にぱっと満面の笑みを浮かべた。
「だいじょーぶ! わたしこそ、本よむのジャマしてごめんね」
「え、あ、ちょっ……!」
軽やかに謝った彼女はすっくと立ち上がったかと思うと、逃げるように図書室を去ってしまった。その場で呆然と立ち尽くすぼくに残ったのは、両親を殺したときにさえ感じなかった罪悪感だった。
だから、ぼくはあとでちゃんと謝ろうと思ったのに、彼女は夕食の時間に現れなかった。何人かの先生でさがしたけれど見つからず、夕食のあとに高校生以上でさがすことになった。ぼくたちはおとなしくしていろと言われたけれど、ぼくはこっそり彼女をさがすことにした。多分、いや、絶対、昼間のことが原因だろうから。
ほどなくして、ぼくはあまりもあっさりと彼女を見つけてしまった。絶対に行かないだろうと思っていたけれど、念のために見にいった図書室の奥の奥で、彼女は眠っていたのだ。先生たちもぼくと同じことを思ってきちんと見なかったのだろう。
ぼくは呆れと、何故か安堵を覚えてため息をつき、彼女を起こそうと近づいた。すると、
「……おとうさん……おかあさん……」
ぽつり、と寝言が聞こえてきた。よく見れば、泣いた形跡もある。
ここは最近の児童養護施設にしては珍しく、孤児しかいない、まさに「孤児院」だった。だから、彼女も天涯孤独ということになる。ぼくは自分から両親を断ち切った(というか殺した)けれど、彼女は違う。彼女は、淋しいのだ。
唐突にそう理解すると、何故か彼女を起こす気が失せ、ぼくはそのトナリに腰を下ろしてそのまま一緒に眠ってしまった。
そして、ぼくたちが見つかったのは次の日の朝。先生たちに結構怒られたけれど、ぼくは別に悪いことをしたとは思っていないので適当に聞き流した。
一方、彼女のほうはと言うと、いつもの元気はどこに行ったのかと思うほどしおらしく、しゅんと頭を垂れていた。しかし、その間にもこちらをちらちらと見ていて、説教が終わったあと、心底不思議そうにこう尋ねてきた。
「……ねえ、どうしてあそこだってわかったの?」
「たまたまだよ」
「ふぅん……」
「それと、きのうはごめんね」
「え」
そのときの彼女の鳩が豆鉄砲を食らったようなカオと言ったらない。
しかし、彼女はすぐにいつものような明るい笑顔を浮かべた。
「あたしこそ、ごめんね」
「べつにいいよ」
「じゃあ、たまにはいっしょにあそぼうよ」
「いやだ」
「ええー? あ、じゃああたしがいっしょに本をよめばいいんだ!」
「ええ……」
彼女は得意気に笑ったけれど、ぼくは面倒になりそうなので嫌だった。




