to the End
ガチャリ、自室のドアを開けてリビングに向かう。
(――ああ)
しかし、今日はいつものようないいニオイはしないし、キッチンのテーブルに朝食は用意されていなかった。
何故なら、「彼女」はもういないのだから。
ぼくが、彼女を殺したのだから。
ドサリとソファーに腰を下ろして天井を仰ぎ、静かに目を閉じる。
(わたしを、殺してくれませんか?)
それが、彼女の「最後のお願い」だった。
(人を殺す、なんてやめてください)
それが、彼女の「最初のお願い」だった。
記憶の中の「誰か」を彷彿させることを二度も言っていた彼女が、自分を殺してほしいと言った。ああ、何て滑稽なんだ。
(そう。じゃあ、残念だけど――サヨナラ、だね)
そうしてぼくは引き金を引き、彼女を殺した。心臓を正確に撃ち抜いて即死させる。一番苦しまない方法だ。
ぼくは彼女のことを、死神の彼や自殺願望の彼のように「面白い」とは思わなかった。だから、ぼくにとって彼女は何の価値もなかった。だけど、不思議とわずらわしくはなかったし、料理も美味しかった。しいて言うなら、それが彼女の価値だったかもしれない。本当に、それくらいの人間だったのに。
なのに、これは悼み、だろうか。そんな感情は遠い昔に置いてきたはずだったのに。
「オハヨウ」
突然声をかけられ、目を開けてその方向に顔を向けると、ドアの近くに彼が立っていた。ぼくもおはよう、と一言だけ返す。
「……彼女が使ってた部屋の机に上に、手紙が置いてあったよ」
「へえ、よかったじゃないか」
「……ごめん、ね」
その声は、昨日――正確には今日だが――と同じように弱々しいものだった。
どうして君が謝るの? 彼からすれば、悪いのはぼくなのに。ぼくは憎まれたって仕方ないことをしたはずなのに。
「何のことかな」
「ううん、別にっ」
「そう」
「ふふ、やっぱり君は君だね」
わけのわからないことを言って、くすくすと笑う彼。どうやらこれは作り笑いではないようだ。彼女からの手紙に何が書いてあったのかは知らないが、いつもの彼に戻ったようなので、感謝するべきだろうか。
すると、ひらり、と彼の服から紙のようなものが落ちた。まさか彼女からの手紙を早速落としたのだろうかと思ったが、拾い上げてみると、それは手紙ではなく一枚の写真だった。
そこに写っていたのは制服を着た彼と、同じく制服を着た少女。後ろには高校の卒業式を示す看板があり、二人の手には卒業証書を入れる筒が握られていることから、彼の高校の卒業式のときの写真だということがわかった。では、この少女が――
「これ……」
「ん? ああ、ごめんね」
彼は受け取った写真を見て、ふ、といつか見たようなやさしい笑みを浮かべた。
「この女ノコがボクの大切な人だよ。君も知ってるだろう?」
「え?」
「だって、君が彼女を殺したんだから」
にこり、彼はいつもの作り笑いをよこした。
「――さあ、憶えてないな」
「あはは、君ならそう言うと思ったよ」
じゃあボク、死神の仕事してくるから、と言い残し、彼は部屋を出ていった。
あの写真に写っていた少女を、憶えていない、はずがない。忘れていた、忘れたかった――いや、忘れることができなかった、記憶の中の「誰か」。ぼくが彼と出逢う前に、最後に関わった「他人」。
写真に写っていた彼の大切な彼女、それは。
(ぼくの大切な人、だった)




