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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
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45/58

01

 新年が明けた。それが何故めでたいのかはわからない。ただ、また一つ年をとるだけだ。そんな一月の夜は冷えこみが激しく、吐き出された息は白くて凍ってしまいそうだった。

 コートのポケットに手を入れて天を仰げば、澄んだ空には凜とした光を放つ白い月が浮かんでいた。今夜は満月なのか、いつもよりも明るく感じる。

 月を見て思い出すのは、忘れたい記憶の中の『誰か』。紅い月のように激しく、蒼い月のように儚く、黄色い月のようにやさしく、そして、白い月のように純粋な。

 それは、ぼくの唯一の大切な人、だった。


       * * *


 今日もぼくは人を殺す。

 それだけが、ぼくの生きる意味だ。


 今日の人形は、ショートヘアの女ノコ。高校生くらいだと思われる少女は、まだ制服が似合うあどけない容姿をしていた。その瞳は、純粋で穢れない。

 ぼくが巧みな話術を使い、こういうときのためのやさしい笑みを浮かべてやれば、彼女の警戒心は消え、素直にぼくについてきてくれた。やはり年頃の女ノコということで、純粋なだけではなく、好奇心もあるのだろう。

 いつものように人気のない路地裏に連れていき、彼女の背を壁に預けるようにして逃げ場をなくす。そして、


「じゃあ、早速だけど、……だね」

「え? 今、何て――」


 ぐさり、彼女の声は、鈍い音に吸いこまれていった。ぼくがにこりと微笑んでみせると、彼女はわけがわからないというようなカオをして、視線を落とす。そこに広がっていたのは、彼女にとっては信じられないであろう、非現実的な光景。


「いっ……」


 悲鳴を上げかけた彼女の口をすばやく片手で塞ぐ。もう片方の手はというと、愛用のナイフを握り、彼女の腹部を突き刺していた。

 彼女の制服にじわじわと広がっていく紅い血。ぼくは、もっとそれが見たくてナイフをぐるりと回した。それから、彼女が死なない程度に、しかし最高の痛みを与えるように、人形の身体のいたるところにナイフを埋めてゆく。そのたびに彼女はくぐもったうめき声を漏らし、恐怖と痛みでそのカオを歪めた。

 ――ああ、ぼくは今、生きている。

 そうやって一通り楽しんだあと、すでに瀕死の状態にある彼女に向かって、にやりと嗤ってみせた。


「これでオワリ、だよ」


 そうして、ぼくは彼女の心臓にナイフを突き立てたのだった。

 ナイフを引き抜いて身体を離すと、ぼくという支えを失った「人形」がドサリと崩れ落ちる。ぼくはナイフの血をキレイに拭き取り、それをポケットにしまった。そして、


「――今日はいつから見ていたんだい?」

「いつからだと思う?」

「最初から、かな?」

「アタリ。さすがだね、君」


 誰もいないはずの路地裏で、しかもぼくの視線は死体に向けられている中で交わされた、流れるような会話。ゆっくりと振り向けば、思ったとおりの相手が、思ったとおりの表情で立っていた。


「死神ってそんなにヒマなの?」

「えへへ、それほどでも」

「誉めてないよ」

「だよねえ。何はともあれ、今日もごくろーさま」


 そう言って、彼はにこりと笑った。

 キレイな「作り笑い」を浮かべ、ぼくが人を殺すところを最初から見ていたというこの男は、死神だ。ファンタジーだと思うのは勝手だが、残念ながら、これはまぎれもない現実だった。

 元「他殺願望」の死にたがりやで、現在は死神。そんな数奇な運命をたどったのは、彼くらいしかいないのではないだろうか。


「さ、帰ろっか?」

「ああ」


 死体を処理してくれる「とあるツテ」に連絡を入れ終わったところで、タイミングよく彼が声をかけてくる。しばらく夜の街を歩いていると、彼が今度は突然口を開いた。


「ねえ、前から疑問に思ってたんだけどさ」

「何?」

「君ってどうして女の人しか殺さないの?」


 ドクン、何故か心臓が跳ねた。この動悸は、何だ?


「もちろん女の人のほうが弱いし、君の容姿も相まって都合がいいっていうのはわかるんだけど、男ノコでも子供ならイケるんじゃない? って思ってさ」


 確かに彼の言うことは正しい。男性だと力関係もあって分が悪いし、実際にぼくは今まで少年を含め、男性を殺したことはほとんどない。

 ――ああ、いや。そういえば。


「ぼくが人を殺すのは夜だからね。そんな時間に子供はいないよ」

「ああ、それもそうか」

「それに、男の人も殺したことはあるよ」

「えっ、誰?」


 キラキラと輝く彼のカオを見て、ぼくはふっ、と鼻で笑ってやった。


「君、だよ」


 そう言われた彼は目を丸くしたかと思えば、すぐににこりと笑った。


「ああ、そうだったね。忘れてたよ」

「健忘症なら気をつけたほうがいいんじゃない?」

「失礼だなあ、君は。でも、ボク以外はホントに女の人ばっかりだったからさ。ボクの大切な人も含めて、ね」


 口元は笑っているものの、刺さるような冷たい視線を向けられ、ずしりと胸に鉛がのしかかったような気持ちになった。しかし、これは罪悪感ではない。


「それって、この前の写真の人?」

「そうだよ。何か思い出してくれた?」

「いや、何も」

「ええー? ホントにぃ?」


 そこで本当だと言ったのは、ウソだった。




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