01
新年が明けた。それが何故めでたいのかはわからない。ただ、また一つ年をとるだけだ。そんな一月の夜は冷えこみが激しく、吐き出された息は白くて凍ってしまいそうだった。
コートのポケットに手を入れて天を仰げば、澄んだ空には凜とした光を放つ白い月が浮かんでいた。今夜は満月なのか、いつもよりも明るく感じる。
月を見て思い出すのは、忘れたい記憶の中の『誰か』。紅い月のように激しく、蒼い月のように儚く、黄色い月のようにやさしく、そして、白い月のように純粋な。
それは、ぼくの唯一の大切な人、だった。
* * *
今日もぼくは人を殺す。
それだけが、ぼくの生きる意味だ。
今日の人形は、ショートヘアの女ノコ。高校生くらいだと思われる少女は、まだ制服が似合うあどけない容姿をしていた。その瞳は、純粋で穢れない。
ぼくが巧みな話術を使い、こういうときのためのやさしい笑みを浮かべてやれば、彼女の警戒心は消え、素直にぼくについてきてくれた。やはり年頃の女ノコということで、純粋なだけではなく、好奇心もあるのだろう。
いつものように人気のない路地裏に連れていき、彼女の背を壁に預けるようにして逃げ場をなくす。そして、
「じゃあ、早速だけど、……だね」
「え? 今、何て――」
ぐさり、彼女の声は、鈍い音に吸いこまれていった。ぼくがにこりと微笑んでみせると、彼女はわけがわからないというようなカオをして、視線を落とす。そこに広がっていたのは、彼女にとっては信じられないであろう、非現実的な光景。
「いっ……」
悲鳴を上げかけた彼女の口をすばやく片手で塞ぐ。もう片方の手はというと、愛用のナイフを握り、彼女の腹部を突き刺していた。
彼女の制服にじわじわと広がっていく紅い血。ぼくは、もっとそれが見たくてナイフをぐるりと回した。それから、彼女が死なない程度に、しかし最高の痛みを与えるように、人形の身体のいたるところにナイフを埋めてゆく。そのたびに彼女はくぐもったうめき声を漏らし、恐怖と痛みでそのカオを歪めた。
――ああ、ぼくは今、生きている。
そうやって一通り楽しんだあと、すでに瀕死の状態にある彼女に向かって、にやりと嗤ってみせた。
「これでオワリ、だよ」
そうして、ぼくは彼女の心臓にナイフを突き立てたのだった。
ナイフを引き抜いて身体を離すと、ぼくという支えを失った「人形」がドサリと崩れ落ちる。ぼくはナイフの血をキレイに拭き取り、それをポケットにしまった。そして、
「――今日はいつから見ていたんだい?」
「いつからだと思う?」
「最初から、かな?」
「アタリ。さすがだね、君」
誰もいないはずの路地裏で、しかもぼくの視線は死体に向けられている中で交わされた、流れるような会話。ゆっくりと振り向けば、思ったとおりの相手が、思ったとおりの表情で立っていた。
「死神ってそんなにヒマなの?」
「えへへ、それほどでも」
「誉めてないよ」
「だよねえ。何はともあれ、今日もごくろーさま」
そう言って、彼はにこりと笑った。
キレイな「作り笑い」を浮かべ、ぼくが人を殺すところを最初から見ていたというこの男は、死神だ。ファンタジーだと思うのは勝手だが、残念ながら、これはまぎれもない現実だった。
元「他殺願望」の死にたがりやで、現在は死神。そんな数奇な運命をたどったのは、彼くらいしかいないのではないだろうか。
「さ、帰ろっか?」
「ああ」
死体を処理してくれる「とあるツテ」に連絡を入れ終わったところで、タイミングよく彼が声をかけてくる。しばらく夜の街を歩いていると、彼が今度は突然口を開いた。
「ねえ、前から疑問に思ってたんだけどさ」
「何?」
「君ってどうして女の人しか殺さないの?」
ドクン、何故か心臓が跳ねた。この動悸は、何だ?
「もちろん女の人のほうが弱いし、君の容姿も相まって都合がいいっていうのはわかるんだけど、男ノコでも子供ならイケるんじゃない? って思ってさ」
確かに彼の言うことは正しい。男性だと力関係もあって分が悪いし、実際にぼくは今まで少年を含め、男性を殺したことはほとんどない。
――ああ、いや。そういえば。
「ぼくが人を殺すのは夜だからね。そんな時間に子供はいないよ」
「ああ、それもそうか」
「それに、男の人も殺したことはあるよ」
「えっ、誰?」
キラキラと輝く彼のカオを見て、ぼくはふっ、と鼻で笑ってやった。
「君、だよ」
そう言われた彼は目を丸くしたかと思えば、すぐににこりと笑った。
「ああ、そうだったね。忘れてたよ」
「健忘症なら気をつけたほうがいいんじゃない?」
「失礼だなあ、君は。でも、ボク以外はホントに女の人ばっかりだったからさ。ボクの大切な人も含めて、ね」
口元は笑っているものの、刺さるような冷たい視線を向けられ、ずしりと胸に鉛がのしかかったような気持ちになった。しかし、これは罪悪感ではない。
「それって、この前の写真の人?」
「そうだよ。何か思い出してくれた?」
「いや、何も」
「ええー? ホントにぃ?」
そこで本当だと言ったのは、ウソだった。




