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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第三章 黄昏月が微笑む夜に
35/58

06

「死神さんはどうして他殺願望だったんですか?」


 そう質問したのは、彼女だった。


「君もなかなか好奇心旺盛だねえ」


 うんうん、と感心したようにうなずいたのは、彼だった。その表情は実に楽しそうである。

 彼女がここに住み始めてから、五日が経った。朝はぼくが頼んだとおり彼女が作った朝食を食べ、昼は全員別行動、夜はあまり時間が合わないので各自で夕食を済ませ、最終的にリビングでくつろぐという生活がパターン化していた。

 リビングではテレビを見たり、死神と彼女が話をしたりしていて、ぼくはその横で本を読みながら話を聞いている、もしくは時々加わるということが多く、それは今日も現在進行形で続いていた。


「だって、普通死にたいって思ったら自殺するんじゃないですか? なのに、他人に殺されたいだなんて……どうしてですか?」

「うーん、誰かにも同じようなこと聞かれた気がするなあ」


 そう言って彼は苦笑したが、それは普通なら誰もが疑問に思うことだろう。現に彼の記憶どおり、ぼくも、死神と同じく死にたがりやであったはずの自殺願望の彼も、彼女と同じことを聞いた。

 すると、彼が何ともわざとらしくぽんっと手を叩いた。


「よし、じゃあこの際自己紹介でもしようか? 一緒に住んでるんだし、もっと仲良くなるべきだよ」

「いいですね、それ」

「でしょ?」


 彼の唐突な質問に彼女は賛成したが、ぼくはシカトを決めこんでいた。ぼくは彼女と仲良くなるつもりなんてないし、大前提としてこういう面倒なことには関わりたくない――のだが。


「もちろん君も参加、するよね?」


 にこり、最高の作り笑いを浮かべた彼からは逃げられないようだ。ぼくはあきらめて、読んでいた本を閉じた。


「じゃあ、まずはボクからでいいかな?」

「提案者は君なんだし、それが妥当だね」

「よし」


 コホン、と演技がかったような咳払いをして、彼は口を開く。


「ボクはね、こう見えても天才だったんだよ?」

「何、その入り方」

「だってホントのことじゃないか」

「どういう意味ですか?」


 彼女の質問に、にっと満足そうに笑う彼。


「この前、ぼくは生きてるとき、刑事だったって言ったでしょ?」

「あ、はい」

「ボクはね、十二歳で渡米して、十五歳で向こうの大学を卒業、それから日本に帰ってきてすぐに入庁したんだ」

「え」

「でも、社会勉強のために時々高校にも行ってて、それを卒業してからは刑事としてバリバリ働いてたんだよ」

「へえ……」

「そこからは前にも言ったように、彼と出逢って彼に殺されて、気がついたら死神になってたんだ」

「すごい、本当に天才だったんですね」

「いやぁ、それほどでも」


 先ほどから何度も嘆息を漏らす彼女から羨望の眼差しを向けられ、彼は照れくさそうに頭をかいた。


「でも、どうしてそんな人が他殺願望だったんですか?」


 数分前と同じ質問が、彼に投げかけられる。彼女が一番聞きたかったはずのそれに、彼は一切触れていなかった。

 しかし、


「それはヒミツ」


 人さし指を唇にあてた彼は、そうささやいて微笑むだけだった。相変わらず自分の心を隠すのが上手いようだ。でも、自殺願望の彼には(すべてではないが)教えたことなのに、どうして彼女には教えないのだろうか?


「じゃあ、次は君の番ね」


 ぼくの思考を遮るように、見計らったようなタイミングで話を振ってくる彼。ああ、こうなっては話すしかない。そう観念して、ぼくは重い口を開いた。


「ぼくは知ってのとおり快楽殺人者で、初めて人を殺したのは五才のとき。それ以外は黙秘」

「えー? ずるくない?」

「君だって肝心なところは秘密にしてるじゃないか」

「うっ、バレたか」


 何がバレたか、だ。ぼくはため息をついて先を続けた。


「表向きは普通に小中高と卒業して、今は大学の二回生」

「ちなみに何を勉強してるの?」

「犯罪心理学」

「「うわあ……」」


 せっかく面倒なのを我慢して話したというのに、二人そろって微妙なリアクションをとるとは失礼な。


「君はそれで終わりかな?」

「ああ」

「じゃあ――」


 くるり、彼は彼女のほうに顔を向け、笑う。


「最後は君だね」


 さあ、秘密の花園への扉は開かれた。




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