06
「死神さんはどうして他殺願望だったんですか?」
そう質問したのは、彼女だった。
「君もなかなか好奇心旺盛だねえ」
うんうん、と感心したようにうなずいたのは、彼だった。その表情は実に楽しそうである。
彼女がここに住み始めてから、五日が経った。朝はぼくが頼んだとおり彼女が作った朝食を食べ、昼は全員別行動、夜はあまり時間が合わないので各自で夕食を済ませ、最終的にリビングでくつろぐという生活がパターン化していた。
リビングではテレビを見たり、死神と彼女が話をしたりしていて、ぼくはその横で本を読みながら話を聞いている、もしくは時々加わるということが多く、それは今日も現在進行形で続いていた。
「だって、普通死にたいって思ったら自殺するんじゃないですか? なのに、他人に殺されたいだなんて……どうしてですか?」
「うーん、誰かにも同じようなこと聞かれた気がするなあ」
そう言って彼は苦笑したが、それは普通なら誰もが疑問に思うことだろう。現に彼の記憶どおり、ぼくも、死神と同じく死にたがりやであったはずの自殺願望の彼も、彼女と同じことを聞いた。
すると、彼が何ともわざとらしくぽんっと手を叩いた。
「よし、じゃあこの際自己紹介でもしようか? 一緒に住んでるんだし、もっと仲良くなるべきだよ」
「いいですね、それ」
「でしょ?」
彼の唐突な質問に彼女は賛成したが、ぼくはシカトを決めこんでいた。ぼくは彼女と仲良くなるつもりなんてないし、大前提としてこういう面倒なことには関わりたくない――のだが。
「もちろん君も参加、するよね?」
にこり、最高の作り笑いを浮かべた彼からは逃げられないようだ。ぼくはあきらめて、読んでいた本を閉じた。
「じゃあ、まずはボクからでいいかな?」
「提案者は君なんだし、それが妥当だね」
「よし」
コホン、と演技がかったような咳払いをして、彼は口を開く。
「ボクはね、こう見えても天才だったんだよ?」
「何、その入り方」
「だってホントのことじゃないか」
「どういう意味ですか?」
彼女の質問に、にっと満足そうに笑う彼。
「この前、ぼくは生きてるとき、刑事だったって言ったでしょ?」
「あ、はい」
「ボクはね、十二歳で渡米して、十五歳で向こうの大学を卒業、それから日本に帰ってきてすぐに入庁したんだ」
「え」
「でも、社会勉強のために時々高校にも行ってて、それを卒業してからは刑事としてバリバリ働いてたんだよ」
「へえ……」
「そこからは前にも言ったように、彼と出逢って彼に殺されて、気がついたら死神になってたんだ」
「すごい、本当に天才だったんですね」
「いやぁ、それほどでも」
先ほどから何度も嘆息を漏らす彼女から羨望の眼差しを向けられ、彼は照れくさそうに頭をかいた。
「でも、どうしてそんな人が他殺願望だったんですか?」
数分前と同じ質問が、彼に投げかけられる。彼女が一番聞きたかったはずのそれに、彼は一切触れていなかった。
しかし、
「それはヒミツ」
人さし指を唇にあてた彼は、そうささやいて微笑むだけだった。相変わらず自分の心を隠すのが上手いようだ。でも、自殺願望の彼には(すべてではないが)教えたことなのに、どうして彼女には教えないのだろうか?
「じゃあ、次は君の番ね」
ぼくの思考を遮るように、見計らったようなタイミングで話を振ってくる彼。ああ、こうなっては話すしかない。そう観念して、ぼくは重い口を開いた。
「ぼくは知ってのとおり快楽殺人者で、初めて人を殺したのは五才のとき。それ以外は黙秘」
「えー? ずるくない?」
「君だって肝心なところは秘密にしてるじゃないか」
「うっ、バレたか」
何がバレたか、だ。ぼくはため息をついて先を続けた。
「表向きは普通に小中高と卒業して、今は大学の二回生」
「ちなみに何を勉強してるの?」
「犯罪心理学」
「「うわあ……」」
せっかく面倒なのを我慢して話したというのに、二人そろって微妙なリアクションをとるとは失礼な。
「君はそれで終わりかな?」
「ああ」
「じゃあ――」
くるり、彼は彼女のほうに顔を向け、笑う。
「最後は君だね」
さあ、秘密の花園への扉は開かれた。




