07
「わたしは今、高校三年生なんですけど、お二人に比べれば、ごく普通の生活を送ってきました」
彼女は静かに語り始めた。あまり気にしていなかったが、先ほどまで点いていたテレビはいつの間にか消えていたことに気付く。
「全然いいよ。ボクたちは――特に彼だけど、普通じゃない生活を送ってきたからね」
ちらり、と一瞬ぼくを見て苦笑する彼。確かに一般人から見れば、ぼくは「異常」なのかもしれない。でも、
「君の他殺願望のほうが、普通じゃないと思うけど」
「子供のころから人を殺し続けてる人に言われたくないなあ」
「しかも死神になるなんて尋常じゃない」
「それは不可抗力みたいなものなんだから、仕方ないじゃないか」
「――ふふっ」
声のしたほうを見れば、彼女は口元に手を当てて笑っていた。ぼくと彼は互いに顔を見合わせ、少し大人げなかった言い争いを終わらせる。
――本当は、わかっている。五才で初めて人を殺し、それから現在に至るまでずっと快楽と血を求め「人形」を壊し続けてきたことがどんなに異常なことなのか、気付かないわけがない。
しかし、それがぼくにとっては「普通」なのだ。だって、ぼくの生きる意味は殺人なのだから。それができなくなったら、ぼくは生きられない。
「話の腰を折ってごめんね。続きをどうぞ?」
「あっ、はい。でも、わたしの人生って本当に平凡で、何もなかったんです」
「学校は? その制服、結構有名な進学校のものだよね? 確か初等部から大学までエスカレーター式じゃなかったっけ」
「そうです。よく知ってますね」
「じゃあ、君の家は結構裕福だったりするの?」
「まあ……人よりは、少し」
彼はお金に執着でもあるのだろうか、と思えるような質問に、困ったような笑みを浮かべる彼女。当然といえば当然の反応だ。確か以前にも同じようなことが――
「いいなあ、お金持ち」
「いえ、そんなにすごいお金持ちってわけじゃないですから」
「そうなの? でもさあ、お金持ちだと逆に大変なこととかもあったりするんじゃない?」
「え?」
にこり、彼はキレイに笑う。
「ねえ、もう一度聞くけれど、君はまさか自殺願望なんて持ってないよね?」
そのセリフに、ぼくははっとした。そう、以前関わった自殺願望の彼は、家が名家、つまり裕福であったがゆえに、幼いころからの英才教育や自分に媚を売る周りの人間を見て世界に絶望し、ついにはこんな腐った世界で生きている意味などないから死にたいと言っていたのだ。彼もそれを覚えていたのだろうか。
しかし、誰もが裕福イコール自殺願望につながるわけではないので、そんな質問をされた彼女は驚いたようなカオをしていたが、すぐに笑みをこぼした。
「まさか。わたし、そんなこと一度も思ったことはないですよ?」
変なの、と言って彼女はまたくすくすと笑った。その笑顔から察するに、どうやらウソではなさそうだ。
すると、それを見た彼がくるりとこちらを振り向いた。
「だってさ。よかったね」
「……何が?」
「ううん、別に?」
どうせ何もかも見透かされているのだろうけれど、彼の作り笑いに対抗して、ぼくは冷静を装いながらなるべく抑揚のない声で応えた。でも、彼の言ったとおり、彼女が自殺願望でなくてよかったと安堵したのも事実だ。
この半年の間に出逢い、別れた二人の人間。他殺願望である彼ならともかく、自分で死にたいと言っていた自殺願望の彼までもが、ぼくに殺してほしいと頼んできたときには驚いた。もし彼女が自殺願望者だったとしても、同じように頼んでくるとは限らないが、もう死にたがりやとは関わりたくない。だって、ぼくは死にたがりやを殺せないのだから。
「わたしは、むしろその逆です」
「逆?」
「はい。わたしはもっと生きていたいです。与えられたこの命を、最後までまっとうしたい。死神さんが『死』に執着していたというのなら、わたしは『生』に執着しています」
静かながらも力強い口調で言い切った彼女の瞳には、はっきりと「生きたい」という強さが宿って見えた。――そういう人間は、すきだ。壊しがいがあるから。
すると、さすが元死にたがりやの彼は、理解できないというように問いかけた。
「どうしてそんなに生に執着するの?」
「……わたしは、誰よりも命の重さを知っているから、です。だから、誰よりもこの命を大切にしたいんです」
ああ、まただ。さっきまで強かった瞳は、いつかのような憂いと深い闇をたずさえていた。どうして、そんなカオをするんだ? そして、ぼくはどうしてそれを気にしているんだ?
そんなぼくをよそに、二人は会話を続ける。
「どうして君が誰よりも命の重さを知ってる、なんて言えるの?」
「それは……、――それは、もうすぐわたしが死ぬからです」
「え?」
にこり、彼女はただ穏やかに微笑んでいた。




