10
青い記憶は追憶となり、
蒼い記憶は救いとなる。
* * *
「――以上、これが僕の過去だよ」
僕は顔を上げ、長ったらしくてくだらない話を黙って聞いてくれていた二人に向かって、にこりと笑ってみせた。もちろん、作り笑いだけど。
すると、死神も僕を見て微笑んだ。
「話してくれてありがとう。君も苦労してきたんだね」
労いの言葉とは裏腹に、その声には感情と呼ばれるものがまったく含まれていなかった。棒読みではないけれど、同情も哀れみも感じられない、乾いた声だった。
だけど、それはある程度予想していたことだし(むしろ予想通りだ)、同情してほしかったわけでもない。そもそも、この死神に同情を求めることが間違っているのだ。
それは、特に何も言ってこない快楽殺人者の彼に対しても同じことだ。僕と彼は出逢ってまだ日が浅く、顔を合わせるのは今日が三回目だが、ただでさえ他人に興味がなさそうなこの人が、僕に同情してくれるとは思わない。
「ていうか君、大学に入ると同時に家を出て、今が一年過ぎってことは、ボクたちと同い年じゃないの?」
「え、そうなの?」
「ボクと彼は同い年で、ボクは享年二十歳だったからね」
「うわ、ホントに同い年だ」
死神は童顔だから、ボクと同い年かそれ以下だと思っていたけれど、まさか快楽殺人者の彼も同い年だったとは。
ということはつまり、僕は同い年の人間に敬語を使ってたってことか。まあ、別にいいんだけど。それに、この人には敬語を使うほうが合っている気がする。
「よかったね、君。同い年の友達が増えて」
「……友達?」
ぴくり、眉間にしわを寄せた彼はにこりと微笑む死神をにらみ、次に少しだけ僕を見てすぐに目をそらした。目が合ったのは一瞬だったけれど、「誰がお前なんかと」と言われているようで冷や汗が流れた。死神を殴りたい気持ちでいっぱいである。
一方、悩みの種である死神は、にこにこと気持ち悪いくらいの笑みを浮かべていた。
「それにしても君、名家の一人息子なんだ? いいなあ、お金持ち」
「よりによってそこに食いつくわけ?」
空気を読め、と突っ込みたくなるような発言に、僕はため息をついた。
「だっていいじゃん。何一つ不自由のない生活!」
「あのねえ……」
「彼はそう思っていなかったから死のうとしたんだろう?」
快楽殺人者の彼の突然の発言に驚いたが、彼が「そうだろう?」とでも言うように視線をこちらによこしたので、僕は「はい」と深くうなずいた。ああ、やはりこの人は(人を殺すこと以外は)常識人だ。
「名家の一人息子でも、金持ちでも、何も良いことなんてないよ。くだらない」
「へえ?」
「それに、さっきの話からもわかるだろうけど、僕にはその生活自体が不自由で仕方なかったよ」
先ほどの彼の言葉に勇気づけられ、僕はそう吐き捨ててやった。
「そんなものなの?」
「そんなものだよ」
「ふぅん、つまらないね」
そう、世界はとてもつまらない。
「君に救いはなかったの?」
「ないね。あんたみたいに大切な人が一人でもいれば違ったのかもしれないけど、あいにく僕は孤独でもあったんだ」
周りはみんな汚い大人たちばかりだった。学校に行っても、僕の立場をやっかんでイヤガラセをしてくる人間か、媚を売ってくる人間しかいなかった。信じられる人間なんて一人もいなかったし、友人と呼べる人間もいない。何より、自殺願望者である僕に、そんな「荷物」は必要ない。
「今でも救いはないの?」
両手で頬杖をつきながら、上目遣いでそう尋ねてくる死神。
――くだらない。救いなんて、今までも、これからも、あるわけがない。ああ、しいて言うなら、僕の救いは「これ」だろう。
「僕の救いは『死』だよ。それだけが、僕をこの腐った世界から救い出してくれる。だから、早く審判を下してくれない?」
皮肉るようにそう言うと、死神はまたにこりと笑った。相変わらず狂いがない作り笑いだ。
「残念、まだダメ」
「どうして?」
「君には救いがないから」
「は? 救いがないから死ぬんじゃないか」
「うん。でも、ダメ」
意味がわからない。救いがないからダメって、救いがあったら生きたくなるじゃないか。死神は、この腐った世界で僕に生きろと言うのか?
「自分は死ねたのに、そんなのずるくない?」
精一杯の嫌味を吐いても、死神はただ微笑んでいるだけだった。




