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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第二章 蒼い月が嘆く夜に
25/58

11

 僕が世界を嫌いでも、

 世界は僕を見ていない。


       * * *


「君はどうして生きてるか考えたことってある?」


 僕が自分の過去を語ってから数日後の、また死神に誘われた快楽殺人者の彼が僕の部屋に来ていた夜、死神が突然そう尋ねてきた。


「ないね。この腐った世界で生きてる意味なんてない」

「んー、そうじゃなくて、君が『何のために生きているか』ってこと」

「僕が何のために生きているか?」

「そう。つまり、君がここに存在している『目的』が何かってことさ」


 そんなの、考えたこともなかった。だって、こんな腐った世界で「今」生きている意味も価値も見出せない僕が、その先の「未来」なんて思い描けるはずがない。そもそも、僕は自殺願望者であって、「未来」なんて最初からないも同然だったのだから。


「……あんたは、どうだったの?」

「ボク? ボクはもちろん『彼女』だよ。彼女だけがボクの生きる意味、そしてボクのすべてだった」

「あっ、そう」

「――彼女が死ぬまでは、ね」


 そう言って、死神は珍しく本当の苦笑いを浮かべた。これはまだ作り笑いでは乗り切れないのだろう。それだけ「彼女」の死が、この男にダメージを与えたということだ。まあ「他殺願望」なんてものになってしまうくらいなのだから、相当なものだったのだろうと予想がつくけれど。

 ――それなら、別にムリして笑わなくてもいいのに。


「だから、生きる意味を失ったボクが死ぬのは必然だったんだよ。――ね?」

「……さあ?」


 くるり、と死神が笑顔を向けたのは、黙って本を読んでいた快楽殺人者の彼だった。一瞬、何故彼に話を振ったのだろうと疑問に思ったが、死神を殺したのはこの人だ。だから、そのことを知っていて、確認のためにそうしたのかもしれない。

 それとも、僕の知らない真実があるのだろうか? ――いや、あったとしても、僕には関係ない、か。

 わずかな疎外感を感じると同時に、はた、と気付く。僕は何故、そんなことを感じたのだろうか? 僕には、他人とのつながりなんていう「荷物」はいらなかったはずなのに。


「……ていうか、だったら僕も生きる意味がないんだから――」

「君は違うよ。この世界は腐ってるって決めつけて、最初からあきらめてたんだから」


 にこり、いつものどおりの笑顔とは裏腹に、冷たく吐き出された言葉。しかし、それは図星だった。

 だけど、


「じゃあ、仮に僕がそれを見つけたとして、それが何になるっていうのさ」

「それがきっと、君の救いになるよ」

「救い?」


 救いって、何? 僕の救いは「死」だ。この腐った世界から救われるためには、「生」とおさらばしなければならない。ぼくの恋い焦がれている「死」だけが、僕の救いなんだ。

 それなのに、この死神は何を言っているんだ。まるで僕に生きる意味や目的を見つけてほしいみたいな言い方じゃないか。――ふざけるなよ。


「あんたに僕の何がわかるって言うんだよ」

「何もわからないよ? 君の心は君のものだからね」

「あんたは僕をどうしたいんだよ? あんたは死神だろ? 僕を迎えにきたんだろ? だったら、早く死なせろよ!」


 偉そうなことを言うくせに、肝心なことは何も教えてくれず、詭弁ばかりを並べて逃げる死神に、今まで抑えてきた怒りが一気に爆発してしまった。

 しかし、死神はこの状況を楽しんでいるかのように口元を歪めるだけで、それがまた僕の神経を逆なでる。


「――僕は世界に嫌われていて、生きる意味なんて、そんなの見つける前から絶望してるんだ」

「へえ?」


 ここでさらに激昂したら死神の思うツボだと思い、僕はなるべく冷静を装ったが、死神はそれを見透かしているのかニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「この世界はくだらない。だから、僕は死ぬ。こんな腐った世界で――」

「生きている意味なんてない?」


 ぼくの言葉を遮り、しかしその先をピタリと当ててみせたのは、快楽殺人者の彼だった。

 また僕の気持ちを汲んでくれたのか、と思って顔を見た瞬間、そんな甘い考えはすぐに消えた。何故なら、彼が今までで一番冷ややかな目をこちらに向けていたのだから。


「世界に嫌われているから死ぬなんて、独りよがりも甚だしいね。世界は誰のことも見てなんかいないよ。本当に死にたいのなら、もっと絶望しなよ。希望も知らないくせに、本当の絶望なんて知れるわけがない」

「あ、の……」

「絶望して、絶望して、もう戻れないくらい深く絶望したら、逆に世界を見下せばいいさ」


 こんな感情的な彼を、誰が想像できただろうか。人の心を読み、僕よりも彼との付き合いが長いはずの死神でさえ、驚きを隠せないというように目を丸くして彼を見つめている。


「あ、なたは……世界に絶望しているんですか……?」

「少ししゃべりすぎたようだね」


 自虐的にため息をつきながら、彼は本を閉じて立ち上がり、そのままドアのほうへ足を進めた。僕はそれを引き止めるようにソファーから腰を浮かし、もう一度問いかける。


「あなたは、世界に絶望しているんですか?」


 ゆっくりと振り向いた彼のすべてを拒絶するかのような視線に射抜かれ、背筋がゾッと凍りつく。

 しかし、次の瞬間、彼はふ、とどこか哀しげな笑みを浮かべた。――ああ、またあの笑顔だ。


「ああ、してるよ。もう戻れないくらいに深く、ね」


 穏やかにそう告げた彼が出ていった部屋には、静寂だけが残されていた。




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