13
ぼくは、彼の言ったことが一瞬理解できなかった。
しかし、次の言葉を聞いて、すべてを理解した。
「君だろう? 彼女を殺したのは」
初めて逢ったとき、彼は何と言った?
(見ーつけた)
そう、言った。それは「自分を殺してくれる人を見つけた」というのと同時に、「大切な彼女を殺した犯人を見つけた」という意味でもあったのだ。
しかし、
「彼女を殺したのがぼくだという証拠は?」
「残念ながらないんだよねえ、これが」
「じゃあ、どうしてぼくだと思ったの?」
「刑事のカン、ってやつかな」
にこり、彼は得意の作り笑いをよこす。まったく、犯行現場を見ていない上に証拠もないのに、勘だけでぼくが犯人だと決めつけられては困る。
「もし違ってたらどうするの?」
「違わないよ。彼女を殺したのは、君だ」
「へえ、結構な自信だね。じゃあ、仮にぼくが彼女を殺した犯人だとして、君はどうするんだい?」
「どうもしないよ? ただ」
刹那、彼のまとっている空気が一気に変わったのを感じた。
「君がボクを殺してくれないのなら、――ボクが、君を殺す」
物騒な宣言をしたかと思うと同時に彼は素早く拳銃に手をかけ、その引き金を引いた。
が、それよりも早くぼくが投げたナイフの柄が、器用にも彼の手に当たり、拳銃をはじく。その隙に間合いを詰めていたぼくは彼のみぞおちに蹴りを入れ、床に押し倒す。
そして、ぼくは彼に馬乗りになって、彼を見下ろし――いや、見下しながら自分の拳銃を彼につきつけた。
「うう、痛いじゃないか」
「まだまだ動きが甘いよ」
銃口を向けられ、逃げ場がない絶体絶命の状況だというのに、彼はまったく動揺してないようだ。さすが刑事、いや、さすが「死にたがりや」と言うべきだろうか。
しかし、次の瞬間、ふと彼の口元が不吉に歪んだ。
「でも、甘いのは君だよ」
ひゅっ、という音がして何かがぼくのほおをかすり、数秒遅れて痛みを感じた。銃を持っているのと反対の手でそこに触れると、ぬるりとした感触があった。
――血、だ。ということは、さっき飛んできたのはぼくが投げたナイフだろうか。
「いつ、拾ったの?」
「さあて、いつでしょう?」
ふふっ、と愉快そうに笑うこの男、本当に油断ならない。こんな状況下でも恐怖心など見せないくせに、生きていることがこわいだなんて――ああ、本当に「面白い」人間だ。
そう思って、自然と笑みがこぼれた。それは愉快だったからか、はたまた自嘲からか――きっと両方に違いない。
「君、何だか楽しそうだね」
「そうかな」
「そうだよ」
そう言って微笑む彼は、相変わらず人の心を見透かすのが得意なようだ。
すると、彼はもう抵抗する意思などないと言うように両手を大きく広げた。
「君といるときは本当に楽しかったよ。生きてる、って久しぶりに実感できたしね」
「そう。それはよかった」
「そして、君はホントウに面白い人間だった」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「ふふっ、どういたしまして。――ねえ、」
「何?」
最後の会話を楽しむように、ゆっくりと言葉を紡ぐ彼。
「銃は嫌いなんじゃなかったっけ?」
「嫌いとは言ってないよ。ただ、面白くないだけさ」
「アレ、そうだっけ?」
とぼけたように笑う彼は、どこまでもわざとらしく、本当に演技が下手だ。そして、彼は死を目の前にしているとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「ああ、ようやくボクを殺してくれるんだね。待ちわびたよ」
「君は本当に死にたがりやだね」
「何を今さら」
「――何か、最後に言い残すことは?」
そう尋ねると、彼はふむ、と言って少し考えてから、最後の最後でいつもの作り笑い――きっとこれが最後の作り笑いだろう――をよこした。
「早く、ボクを殺してよ」
「……サヨナラ、だね」
小さくそうつぶやいて、ぼくは引き金を引いた。以前感じた躊躇いなど、どこにもなかった。
すっと立ち上がり、もう一度見下ろした彼の死に顔には、いつものようなウソくさい笑みではなく、今までで一番穏やかな微笑みが浮かんでいた。
(そのときはさ、笑って死んであげるね)
いつか、彼がそう言っていたのを思い出す。ああ、君はホントウに、
「最悪、だね」
彼と、自分を皮肉るように苦笑してから彼が投げたナイフを拾い上げると、ぼくはそれを彼の胸の真ん中に突き立ててやった。それは、まるで墓標のようで。
ぼくのほおの傷から出ていた血が、涙とともに、紅く、流れた。
すべては、紅い月に沈んだ。




