12
あの日も、夜空にはキレイな紅い月が浮かんでいた。
「ねえ、ボクのこと、知りたい?」
「どういう風の吹き回しかな」
「酷いなあ。何も企んでないよ?」
ただヒマだっただけ、と言って男は微笑む。その作り笑いがすでに何かを企んでいる証拠だ。
「君の何を教えてくれるの?」
「そうだなあ、何でもいいよ」
今まで自分のことは隠してきたくせに、いきなりそんなことを言うなんて、怪しすぎる。が、せっかくそう言ってくれているのだから、彼の過去を暴くにはちょうどいいかもしれない。
――そう思ったのが、間違いだった。
本当はそこで気付くべきだったんだ。神すらわからないであろうこの男の本心を、ウソつきな彼が自ら教えてくれるなんて、どうかしてたんだ。
「じゃあ、待ってくれている人って、誰?」
「それは前にも言わなかったっけ?」
「前は何となくはぐらかされたよ」
「アレ、そうだっけ?」
あはは、とわざとらしく笑う彼。この男、本当に自分のことを話す気があるのだろうか。まあ、彼のことだから、もとからそんなに期待はしていなかったが。
すると、作り笑いから一転し、彼はやさしい微笑みを浮かべた。以前に一度見た、あの笑みだ。
「彼女、かな」
「へえ?」
「彼女はね、ボクにとってとても大切な人だったんだ。ボクの両親は、ボクが小さいころに事故で死別してて――あ、これはホントにボクの過去の話だよ? この前のは君の話だもんね」
嫌味ともとれるセリフを吐いてにこりと浮かべられたその笑みは相変わらず完璧で、むやみにぼくを苛立たせる。
「ま、だからボクは天涯孤独だったわけなんだけど、知ってのとおりボクは天才だったから、学費とかは免除してもらってたし、生きていくのにそんなに苦労はしなかった。そして、十五歳でアメリカの大学を卒業してこっちに帰ってきたとき、彼女に出逢ったんだ」
ころころと表情を変え、彼は話を続ける。
「あ、ボク、そのころはもう入庁してたんだけど、普通に学校にも行ってたんだよね。社会勉強ってやつ? だから、彼女とは高校で出逢ったんだ」
「へえ」
「うわあ、自分から聞いてきたくせに反応薄いなあ。まあいいや。それでね、彼女もまた天涯孤独の身だったんだ。だから、ボクたちは、お互いにお互いしかいなかったんだよ」
ふう、と小さくため息をついた次の瞬間、すっと彼の顔から笑みが消えた。そして、一度目をつぶっていた彼のまぶたがゆるりと上がる。
「でも、彼女はある日突然死んでしまった。正確には、殺された、かな」
ドクン、
ぼくの心臓が跳ねる。この感覚は、つい先日味わったばかりのものだ。
「……殺された?」
「そう、心臓をキレイに抉られてね」
にこり、と彼は笑ったが、そんなの、笑って言えることではないはずだ。それなのに、どうして君はそんなふうに笑えるんだ?
「ボクには彼女しかいなかった。彼女にもボクしかいなかった。なのに、ボクは彼女を守れなかった。それが、ボクの〝罪〟だ」
ああ、いつか彼が言っていた『罪』の本当の意味は、このことだったのか。
「だから、ボクはその罰として死のうとした。この手首の傷跡がそう。でも、どうしても死ねなかった」
そう言って手首を押さえる彼を見て、ぼくには二つの疑問が浮かんだ。
「ねえ、死にたいのなら、どうしてもっと確実な方法を選ばなかったんだい?」
「死のうとしたのはホントだよ。でも、そうだなあ……彼女を殺した犯人を見つけたいって気持ちもあったし、もしかしたら――」
いつもどおりのキレイな笑みには狂いがなく、逆にこれが狂っているのではないかとさえ思えてくる。
「もしかしたら、彼女と同じ苦しみを味わうために、彼女と同じように誰かに殺されたいって思ってたのかもしれないね」
これが、他殺願望。普通の人は死ぬのがこわくて、なるべく苦しまないように死にたいと思っているのに、この男は進んで苦しみを引き受けようとしている。ああ、彼はホントウにホンモノの死にたがりやだ。
そうわかったところで、ぼくはもう一つの疑問を口にした。
「じゃあ、どうして君はぼくに殺されたいんだい?」
ドクン、ドクン、
平静を装っていたその下では、心臓が早鐘を打ち続けていた。
まるで、警鐘のように。まるで、先日の再現のように。
「君は、ボクを殺してくれるから」
何度も聞いた模範解答。でも、ぼくも何度も言っているように、死にたがりやは殺さない、殺せない。それなのに、彼を殺す人間に、どうしてぼくが選ばれた?
「死ねなかったボクは、半ば自暴自棄になって夜の街を歩いた。そんなある日、偶然君を見たんだ」
ドクン、ドクン、ドクン、
彼が、ぼくを見た? それはホントウに偶然なのか、――それとも。
「楽しそうに、そして狂気的に人を殺して快楽に浸る君を見て、ボクは確信したんだ。“ああ、この人はボクを殺してくれる”。そして――」
そして、彼は今まで見たことのないような狂喜に溺れた眼をして、嗤った。
「そして、見つけた、ってね」
――ドクン。
この感覚を、ぼくは知っていた。




