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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
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「君はどうして人を殺すようになったの?」

「さあ、そんな昔のことは憶えてないな」

 もはやお決まりと言っても過言ではない唐突な質問に、ぼくは読んでいた本に視線を落としたまま答えた。ぺらり、とページをめくる音が静寂に消えてゆく。

「ふぅん。そう」

 いつもの彼から推測して、もっとしつこく聞いてくるかと思っていたのに、意外とあっさり引いたので少し驚いたが、そのほうがぼくにとっては都合がよかった。どうして人を殺すようになったのか、なんて思い出したくもない。

 血のニオイと、狂気。

 あかい、アカイ、紅い――。

 ああ、とうの昔においてきたはずの記憶は、まだ忘れることができないようだ。まあ、結果的に人を殺すことがぼくの生きる意味になったのだから、ある意味では感謝しなければならない出来事なのかもしれないけれど。

 そんなことを考えながら、またぺらり、とページをめくり、今度はぼくが口を開いた。

「じゃあ、君はどうして警察官になったの?」

「ふむ、そうきたか。そうだなぁ、罪を償うため、かな」

「……罪?」

「そうだよ」

 ダメもとでした質問だったのだが、意外にもきちんとした答えが返ってきたので、ぼくはページをめくる手を止め、ゆっくりと視線を本から彼に移した。目が合ってにこ、と微笑む彼が簡単に自分の過去を話すとは思えないが、これはこの男の過去を知るチャンスかもしれない。

 少し警戒しながらも話を聞くことを決心したぼくがパタン、と本を閉じれば、それを待っていたかのようなタイミングで彼が話し出した。

「ボクはね、小さいころ……五才くらいかな。そのとき、両親を殺したんだ」

 ――ドクン、

 衝撃的な暴露に、ぼくの心臓が跳ねた。

「まあ、正確には正当防衛だけどね。その日、何を思ったのか父さんが心中を図ろうとしてね、ボクの首に手をかけたんだ」

 ドクン、ドクン、

 ぼくの鼓動が大きく、そして速くなってゆく。

「それ、で?」

「気付いたら、ボクの目の前に父さんが倒れていた。ボクの手には、血まみれの包丁。ボクが父さんを殺したんだって、すぐに理解したよ」

「母親は、どうしたんだい?」

「母さんのほうを見ると、彼女は怯えたカオでボクを拒絶して、今にも逃げ出そうとしているじゃないか。酷いよね、ボクだって殺されかけたのに」

 ふ、と前に同僚と会ったときのような冷たい笑みを浮かべる彼。そこには怒りの感情がこもっているように見えた、

「自分だけ逃げるなんて許さない。だから、ボクは母さんも殺したんだ」

 ドクン、ドクン、ドクン、

 しかし、何故ぼくの心臓はこんなにも逸っているのだろうか。まるでこれは警鐘のようだ。

「それからボクは罪悪感に苛まれ、毎日悪夢を見るようになった。自分の首を絞められて殺される、夢。だからボクはケーサツになろうって決めたんだ。両親を殺した罪を償うために。そして、もう二度と、ボクのような人間を生み出さないようにするために」

 これでボクの話は終わり、と言って、彼はふぅと一息ついた。

 ドクン、ドクン、

 話は終わったはずなのに、ぼくの心臓はまだ早鐘を打っている。

 彼の話は、どこまで信じていいのだろうか。もし本当だとしても、『そんなこと』が有り得るのだろうか――

「なーんてね」

 にこり、明るい声とともに、彼はとびっきりの笑顔をよこした。もちろん、それは得意の作り笑いで。その仮面を貼りつけたまま、彼は言葉を紡ぐ。

「これ、全部君の話だろう?」

 ――ドクン。

 あれほどうるさかった鼓動が、一瞬で停止した。

 そう、彼の過去の話は、ぼくの過去の記憶とほとんど同じだったのだ。いや、彼が言ったように、ぼくの過去の話をしていたのだから当然か。この男、どこまでぼくの話を知っているんだ? 

 しかし、心臓の高鳴りが消えて冷静になっていたぼくは、すぐに笑みを浮かべることができた。

「残念、間違いが二つある」

「へえ、どこかな?」

「ぼくが母親を殺したのは、はずみとはいえ父親を殺したときに、人を殺すという快楽を覚えてしまったからだよ」

「あははっ、そんなころから快楽殺人者だったの? 末恐ろしいなあ。って今がもうその末なんだけどね」

「それと」

 愉快そうにけらけらと笑う彼を遮り、話を続ける。

「ぼくは罪を償うため、なんて偽善的なことは言わない。だから、それは君のことだろう?」

「――さあ、どうだろうね?」

 この程度のことで優位に立てるとは思っていない。彼の過去の話がぼくの過去の記憶であった以上、彼の過去は何も明らかになっていないのだから。しかし、その質問の返答にはわずかだけど間があった。これはきっと何らかの核心を衝いているということだろう。

 彼がどうしてぼくの過去を知っているのか、なんてことはどうでもいい。聞いても彼は答えてくれないだろうし、知られてしまったことは仕方がない。だけど、ぼくの過去を知っている以上は、君の過去も暴かせてもらうよ。



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