第四話 少しだけ、いい気味だと思ってしまいました
数ヶ月後、両国の関係修復を目的とした国際会議が、中立国の宮殿で開かれることになった。
ヴァイセンベルク王国からはアルベルトとフィオナが、クレアシオン王国からはカイエルと、その婚約者となったレイリーンが出席した。
会場に現れたレイリーンを見て、アルベルトは息を呑んだ。
以前よりも堂々とした佇まいで、自信に満ちた表情。隣に立つカイエルとの間には、誰の目にも明らかな深い信頼と愛情が漂っていた。
「レイリーン……」
アルベルトが声をかけようとすると、カイエルがすっと前に出た。
「アルベルト王太子殿下、お久しぶりです。この度は貴国との条約再交渉の件でお越しいただき、感謝いたします。担当はこちら、私の婚約者であるレイリーン嬢です」
「婚約者……?」
フィオナが顔を青くした。
会議が始まると、レイリーンは以前と変わらぬ――いや、以前以上に鋭い分析力で、両国の利害関係を整理していった。
「ヴァイセンベルク王国側が提示された現行案には、農産物の関税に関して重大な矛盾があります。第三条と第七条が実質的に矛盾しており、このままでは両国とも大きな損失を被ることになります」
アルベルトの隣に座る新任の外交官が、慌てて書類をめくった。
「な、なぜそのようなことが分かるのですか……」
「以前、私が作成した原案では、このような矛盾が生じないよう調整してありました。改定された案では、その調整部分がすべて削除されています」
会場中がざわめいた。
「では……以前の失敗というのは……」
「レイリーン嬢が『ポンコツ』と呼ばれた件については、我が国でも調査させていただきました」
ある貴族が呟いた。カイエルが静かに、しかしはっきりと言葉を継いだ。
「彼女が担当した外交文書や条約案は、すべて高い完成度を誇っていたことが確認されています。むしろ、彼女が『失敗した』とされた案件のほとんどは、第三者による書類の差し替えや、虚偽の証言によって作られた冤罪であったと考えられます」
「そ、そんな……証拠なんて……」
「えぇ、ないでしょう。けれど、今の貴国の現状が何よりの証ではないでしょうか」
フィオナの顔から血の気が引いた。
「フィオナ、本当に……お前がやったのか」
「殿下……違うんです、私はただ、殿下に愛されたくて……」
「私を騙していたのか!この国をここまで傾けておいて!」
アルベルトの声は、怒りと絶望に震えていた。
「私は、嫌な人間でしょうか」
カイエルと二人になった時、ぽつりとこぼした。
「あの方たちが困っていると聞いて、少しだけ、いい気味だと思ってしまいました」
「私でも、同じことを思うでしょう」
「ですが、そのせいで子どもたちに薬が届かないと聞けば、放っておくこともできません」
「アルベルト殿下たちに腹を立てることと、辺境の民を助けることは別でしょう」
自分をポンコツと罵った人々が困っている。
当然の報いだと思う気持ちは、確かにあった。
けれど、辺境で暮らす人々には何の罪もない。
「あなたは、どうしたいのですか」
「緊急輸送路を開きたいです。ヴァイセンベルク側が条件を受け入れるなら、クレアシオンから穀物と薬を送れるように」
「では、その方向で動きましょう」
「よろしいのですか」
「我が国にも利益のある案なのでしょう?」
「もちろんです」
「ならば、遠慮する必要はありません」
その後の展開は早かった。
ヴァイセンベルク王国では、フィオナの一連の不正行為が明るみに出て、彼女は貴族籍を剥奪され、辺境の修道院に送られることとなった。
アルベルトもまた、婚約破棄の判断の甘さと、その後の外交的失策の責任を問われ、王太子の地位を廃嫡された。
代わって王太子の座に就いたのは、レイリーンの誠実な仕事ぶりを以前から評価していた第二王子だった。
彼は真っ先にクレアシオン王国へ使者を送り、正式な謝罪と、公正な条約再交渉を申し出た。
「レイリーン嬢、そして殿下。我が国の非礼を、深くお詫び申し上げます」
「過去のことは水に流しましょう。ですが、今後の条約交渉は、こちらのレイリーン嬢を通していただきます。彼女ほど、この条約に精通した人物はおりませんから」
新王太子は深く頭を下げた。
「もちろんです。それと……レイリーン様」
「はい」
「かつて、あなたを不当に扱ったこの国を代表して、心よりお詫び申し上げます。そして、あなたが我が国のために尽くしてくださった三年間、そして支援の提案に関しても改めて感謝を」
数ヶ月後、クレアシオン王国の大聖堂で、レイリーンとカイエルの結婚式が執り行われた。
真っ白なウェディングドレスに身を包んだレイリーンは、これまで見たこともないほど幸せそうに微笑んでいた。
「誓いの言葉を」
司祭の言葉に、カイエルはレイリーンの手を取り、まっすぐに彼女を見つめた。
「私、カイエル・ド・クレアシオンは、レイリーンを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、この命ある限り愛し、敬い、慈しむことを誓います」
「私、レイリーンも、殿下を夫とし、この命ある限り、共に歩むことを誓います」
誓いのキスを交わした瞬間、大聖堂は割れんばかりの祝福の拍手に包まれた。
式の後、バルコニーから民衆に手を振るレイリーンに、カイエルがそっと耳打ちした。
「幸せですか?」
「はい、殿下」
「これからは、名前で呼んでください」
「……はい、カイエル様」
レイリーンは笑った。
婚約破棄され「ポンコツ」と罵られたあの夜には、想像もできなかった未来がここにあった。
けれど今なら分かる。自分はポンコツなどではなかった。ただ、正当に評価してくれる人と、正当に評価してくれない人がいただけなのだ。
そして今、彼女の隣には、彼女のすべてを認め、愛してくれる人がいる。
窓の外には、クレアシオン王国の穏やかな日差しが、二人を優しく照らしていた。
最後までお付き合いありがとうございました。
『ポンコツ』扱いされた令嬢の、逆転劇なお話でした。
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