ジェームズ・王の秘密と明かされる謎
その日の夜、王の部屋のホームバーで巽は珍しく酒を口にしていた。尤も、酒に弱い巽が飲んでいるのはアルコール度数の殆ど無い、甘いカクテル、カルア・ミルクである。
巽はちょっと不貞腐れていた。王に言われた通り、ディーラーに立ったのに、試合は結局おじゃんになってしまったからだ。
「悪かったね」
と王は言った。自分で作ったウォッカ・マティーニを飲んでいる。
「穏便に済ませようかと思ったんだけど、それじゃやっぱりフェアじゃないだろう?」
「まあね。銀月は始めからいかさま親爺の事判ってたの?」
「うん、三人組がこの部屋に押し入って来た時にね。彼等の記憶の中に、あの男の顔が見えたんだ」
「記憶を、見た?」
「そう。記憶を見たのも、チェストの下に突っ込んだ手を捻ったのも、銃を切り落としたのも、全てはこの力の成せる技――」
銀月は手にしたグラスを掲げた。透明な液体がグラスの中で揺れている。それはやがて不安定な球体へと変化し、ひとしきり空中を浮遊して、またグラスの中へと収まった。
「君達親子を救けた時もそう」
グラスに視線を落としたまま、やけに陰鬱な声で呟く。
「じゃあ、火事の時も?」
ああ、と言って、王はグラスをあおった。
「あの時は、君に危険が迫っている事が判っていたからね。どうしても、ホテルに帰したく無かったんだよ」
「でも、それなら言ってくれれば……」
「信じたかい? 私の言葉を。未来が見えるって言ったら、信じてくれるのかい?」
さっきから彼は誰に向かって話しているのだろう。何処か遠く、此処にいない誰かに向かって語りかけているみたいに、王は巽の方を見ようとしない。
「家は占い師の家系だよ。信じたよ、たぶん」
巽の言葉に、王は自嘲じみた笑いを漏らした。そうか、と言い手で顔を覆う。
「酔ってるのか、銀月?」
「いや、大丈夫だ。……それで、なんだっけ?」
「火事だよ」
「ああ、火事を起こしたのもあの連中だと判っていたよ。ただ、物的証拠が何もないからね。彼等が事件を起こすまでは、こちらも手は出せなかった。……結果的に幸星やお父様にまで危険が及んでしまったのは、申し訳無いと思っている」
「それはいいよ。救けて貰ったんだし。じゃあ、支配人は? あいつ等の仲間だったの?」
「いや。彼は幸星のお父様が誘拐される場に居合わせて、協力するよう無理強いされただけだよ。断われば、会場をお客ごと爆破するって、脅されたそうだ。あの後……君がゲームを開始してしまって、彼は慌てて君の父様に事の次第を話してくれたんだ。それで、私が爆弾を見つけて処分した。その間の時間稼ぎの為にも、あの試合は無駄だった訳じゃないんだ」
慰めているつもりなのか。しかし、それなら少しはこちらを見たらどうだろう。巽は釈然としないまま、更に疑問を口にした。
「じゃあ、天井を睨んでたのは、なに?」
「え? 天井?」
王は、漸く巽の方を振り向いた。
巽の、湖のように深く澄んだ瞳に射抜かれて、どきりとする。
「上をこう、睨むでしょう、時々。あれは何見てるの?」
ああ、と王は薄く微笑んだ。
「それはたぶん、透視している時だよ。そんなに睨んでいたか い?」
「うん。それとさ、ムーンって? 父さまは知ってたみたいだったけど」
「ああ、”月“はね、私のような所謂、超能力者と呼ばれる人達の団体だよ。組織というより、組合みたいなものかな。メンバー登録制の派遣団体だよ。今度の件も、君達親子の安全を守るよう、依頼されてね。巽星麗という人は、君の……」
「母さまだ!」
巽は嬉しそうに目を輝かせた。王は頷いて、先を続けた。
「丁度、私はこちらに来る予定があったから、この件を引き受けた」
「ああ、ブルックボンド卿って、あれだな。……ほんとなのか?」
「なに、貴族かってこと? まぁね。父の家系がね、準男爵だったんだが、父の代に経済発展に貢献したので、男爵の位を頂いてね。もっとも、この時代に貴族といったって、ただ名誉があるだけで、何か特権がある訳じゃ無いんだけどね」
巽はううん、と唸った。
「貴族で超能力者でホテルのオーナー! まだ隠してること、ある?」
なんだか目つきが怪しい。
「ええと、そうだな。母は女優で、ビバリーヒルズに屋敷を持っている。とか?」
「ほんとなの、それ?!」
「ロンドン郊外の父の城は三万エーカー! サファリパーク付き」
大仰な身振りでもって、笑いながらそう言う王に、巽もうそだぁ、と笑い出す。
「ああ、やっと笑った」
ひとしきり笑った後、巽はそう言った。きょとん、としている王に向かって人差し指を突きつける。
「なんか、気にしてたでしょう! 自分の事。俺が偏見持ってると、思ってたのか?」
一瞬、息が詰まった。
他人を見透かしている事はあっても、見透かされる事は滅多にない。
王は急に胸に痛みを覚えて、俯いた。
「……ごめん」
「いいけどさ。そういうの、判らない訳じゃ無いからさ。でも、ちょっとは信じて欲しいなぁ。恋人なんでしょ、一応」
はっとして顔を上げる。巽が悪戯っぽい笑顔で王を見ていた。
「幸星……」
なぜか、喉が詰まって言葉が継げなかった。巽はその唇に、自分の唇を重ねた。
「あれ、ひょっとして、一晩だけでよかったのか?」
思い出したようにそう言ったので、慌てて王は首を振る。
「とんでもない! いくら私でも、一晩限りの為に一万は賭けないぞ。……ああ、いや、そうじゃない」
またも王は手で顔を覆って、深く溜め息をつく。
「性急過ぎたことは、悪かったと思っている。でもマカオで見かけたのは本当だし、一目惚れだって言うのも嘘じゃ無い。……君を救ける為だけなら、他にも方法はあったんだ。……でも、このチャンスを逃したくなかった。もし、あの時でなければ、運命は私に味方しなかったろうからね」
「さぁ、それはどうかな。星の巡りが合ったなら、遅かれ早かれ、こうなる宿星だったのかも知れないし」
王は、ちょっと気の抜けた顔をした。困ったような、情け無いような微笑を浮かべる。
「ありがとう。そう言ってくれると、気が楽になるよ」
「気が重かったのかよ、今まで!」
「いて」
何が気に入らないのか、巽は俯く王の頭をごつん、と叩いた。
二日後、改めてポーカー大会の予選が行われた。先日決勝で残っていた二人は、決勝までシードになったので、改めて勝ち上がって来た三人を含めて、五人で優勝を決める事に成った。
しかし、勝利の女神のお気に入だったのか、終始優勢のまま、ブロンドの美女が優勝した。最もオパールの指輪が似合いそうな人物だったので、石が呼んだのかも知れない、と巽の父は言った。
犯人グループは、おとなしく自供しているという。初め、火事を起こしたのも、その後巽親子を誘拐したのも、全ては自分達の送り込んだディーラーを、決勝で立たせる為だったらしい。巽の後ろでうろうろしていたディーラーが、それだったのだ。いかさま親爺と彼は、予選でも常に組んでいたので、いかさまで勝ち上がった可能性は高いだろう。目的は勿論、全ての賞金と、あの指輪である。だが、結局は全て失敗に終ってしまったのは、やっぱり運に見放されていると言えよう。いや、天網恢々疎にして漏らさず、と言う事なのか。
巽は空港のラウンジで、アイスココアを飲んでいた。目の前の男は、アールグレイにブランデーをなみなみと注いでいる。
大会も無事に済み、巽の父はまた何処かへ旅立ってしまった。カジノシティーは、引責した総支配人の代りを目下検討中。火事にあったホテルは、リニューアルに向けて改修工事をしているらしい。
そして、何故だか巽は、未だこの男と縁が切れないでいる。
「今度は何処に行くの?」
王は、ブランデー入紅茶だか、紅茶入ブランデーだか判らない代物を口にしながら答えた。
「ロンドンの実家に一度戻るよ。幸星は?」
「うん、ベガスでちょっと遊ぼうかと思ってたんだけど、ロンドンでもいいかなぁ」
なんだか思わせぶりな態度である。
「仕事は入ってないんだね? ああ、でもチケットは?」
「すぐに変更出来るよ」
「それならいいけど……なんだい、幸星。期待してしまうな、そんな風に見つめられると」
王は嬉しそうに目を細めた。 じっと見つめる瞳が、夢見るようにうっとりとして、
「見たいなぁ、ラズベリー畑」
と、言った。王がああ、と破顔する。
なるほどそういう理由か。
「いいとも、家においで、ご馳走するよ。ラズベリーでも、グズベリーでも、ストロベリーでも!」
フレッシュフルーツパイに、ヴィクトリア・サンドウィッチ、ストロベリー・ヴィクトリア・ケーキと、メニューを諳んじると巽は子供のように、大きな瞳を一層輝かせた。
その様子に満足そうに頷きながら、王は「来るかい?」と微笑んだ。
三万エーカー、サファリパーク付きが、冗談では無かったと巽が知ったのは、それからすぐ後の事だった。
〈終わり〉
最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
この話は浪漫艶話シリーズと銘打った、王×巽シリーズの第一弾です。少々らぶえっちなところがありましたので正規版をR18のムーンライトに移して、その部分は多少ソフトなものに修正してあります。(大した違いはないんですが(汗))。シリーズの中にはえっちなしの回もあるのでそちらはなろう本サイトにそのまま掲載する予定でいますが、今後えっちありの回はムーンライトノベルズの方にのみ掲載するつもりでおります。よろしければ、どちらもご贔屓いただけると幸いでございます。