この聖剣は
ふぁぁ、と大きくチェリルが欠伸をする。
まさしく、今目覚めたばかりなのだろう。どうしてこう、聖剣の前でピンポイントに目覚めることができるのだろう。
そしてチェリルが目覚めると共に、その腰元――駄剣ベルグラードも同じく目を覚ました。
「はっ!? 俺様は何故山にいるんだ!?」
「はっ!? ベルグラードさんが腰にいます!」
「なんだ嬢ちゃん、寝てた俺を連れてきたのか!」
「わたしも寝ていたのですが!?」
「一体どういうことだ!?」
「おはようございます、お嬢様」
馬鹿と馬鹿が絡むと、何一つ進行しない好例である。
もっとも、チェリルの場合はここに主人の前でのみ限定馬鹿がいるのが、さらに性質が悪いのだが。どうして当然のように朝の挨拶を行っているのだろうか。
「マリカ、ここはどこですか? 寒いです!」
「こちらは、聖剣の刺さっている場所でございます」
「はっ!? なるほど! わたしへと聖剣の導きがあったということですね!」
「さすがはお嬢様です」
「どういう理由で納得してるんですか」
聖剣の導きとか、そんなのないよ。
ここまでやってきたのは、マリカの人外の戦闘力と朝早くに行動した僕たちの足のおかげである。まぁ、僕は我が身しか運んでいないわけだが。
まぁ何にせよ、ここ――聖剣のある場所までチェリルを連れてくることが、僕たちの任だ。
ぴりぴりと、目の前にある聖剣から、僕の右腿への呪いが伝わってくる。
「それじゃチェリルさん、抜いてください」
「こう、もっと聖剣に出会った感が欲しいですねー」
「何の我儘なんですか」
「わたしはっ! わたしが憎いっ! こんなにも容易く聖剣に辿り着いてしまうわたしがっ!」
「案内したのは僕で、ここまで運んだのはマリカさんですが」
チェリルは寝ていただけだ。
そしてチェリルが寝ていたおかげで、非常に調子よく進むことができたが。とりあえず、チェリルを背中に担いだ状態であれば、マリカの戦闘力は十分だし、それなりに言うことを聞いてくれる。
もしもチェリルが起きたままで登山を敢行していたなら、きっと途中で「寒いです! 帰りましょう!」「はい、お嬢様」とかの流れになっていたに違いあるまい。
「それで、これは何という聖剣ですか?」
「切り替えが早いですね。これは、ミスリフの聖剣です」
「……なんだか、伝説の金属のばった物のような匂いがしますけど」
「僕はそう聞いているだけですからね」
チェリルが、らしくない鋭い指摘を行ってから、聖剣へと手を伸ばす。
しかし残念ながら、届かない。それは当然だ。今、現在進行形でチェリルはマリカの背中の上である。
んー、と必死に手を伸ばしているけれど、どう考えても届かない距離だ。
「おい、おいおい! 嬢ちゃん! その剣抜いちまうのか!?」
「えっ……抜きますよ!」
「な、なんだか嫌な予感がするぜ!? それを抜いちゃいけねぇ気がするんだが!?」
「で、でも聖剣ですよ!?」
「俺様にもよく分からねぇけど、なんか抜いちゃいけねぇ気がする!」
「……」
抜く気満々のチェリルと、そんなチェリルを妨げる発言をするベルグラード。
僕は心の中だけで、大きく舌打ちした。
確かにベルグラードは、その見た目だけで言うならば限りなく魔剣だ。あまりにも禍々しい見た目をしているし、とても聖剣とは呼べない醜悪な造形である。
だが、間違いなく聖剣だ。
この聖剣がこの場に刺さっている意味――僕の呪いについて、本能的に知っているのだろう。
だから僕は、薄っぺらい笑顔を貼り付けて。
「はい、駄剣は黙ってください」
「おい!? 誰が駄剣だ!」
「チェリルさん、駄剣の言葉に耳を貸さないように。こいつは、チェリルさんが聖剣を抜いたら捨てられてると思っているだけです」
「えっ! ちゃんと聖剣抜いたら捨てますよ!」
「俺様捨てられること決定してんの!?」
「正直うるさいですし、今すぐ捨ててしまいたいくらいですね」
とりあえず、僕の方からそう言っておく。
見た目明らかに魔剣のベルグラードだし、チェリルも捨てる気満々だし、とりあえず納得はしてくれたようだ。
「ですが、ゼノさん! 問題が!」
「はい、どうしましたか」
「手が届きません!」
「まず毛布から出ましょう。その後、マリカさんの背中から降りましょう。そして少し歩いたら、聖剣に手が届きます」
子供を諭すように、一つ一つの動作を伝える。
そう、下手に激昂したり呆れたりすることなく、僕が笑顔でこうして指示をすれば――。
「でも、毛布から出たら寒いですよ!」
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないですよ! 寒いですし!」
「ですが、毛布から出ないと剣に手が届きませんよ?」
「そんな!」
「ふぅ……」
しかし、そんな僕のチェリルへの言葉に。
大きく溜息を吐いて、マリカが僕を睨み付けてきた。
「貴様、何様のつもりでお嬢様に指示をしている」
「……へ?」
「お嬢様は、私の背中におられる。それでは手が届かない。ならば、私がお嬢様の手が届くように屈めば良い話だ!」
「なんと! さすがはマリカです!」
「いいえ。お嬢様の、決して毛布から出ないという鋼の精神。決して余人に真似できるものではありません」
「冬の寒い朝、普通の人は大抵その精神持ってます」
もうなんか、どうでもいいや。
僕の言葉なんて聞くことなく、マリカは上手いこと体を屈めて、チェリルに聖剣が届くようにしてるし。
とりあえず僕は、チェリルに聖剣を抜いてもらうことさえ出来れば、それでいい。
「はっ! 届きました! 届きましたよ!」
「さすがはお嬢様です。的確な指示あっての賜物です」
「それではっ!」
「嬢ちゃんっ! 俺捨てないでくれよっ!」
ベルグラードの、そんな悲痛な叫び。
チェリルは答えることなく、聖剣の柄を持ち、小さく息を吐き。
「えいっ!」
聖剣を――抜いた。
朝の光に、聖剣の刀身が露わになり、輝くと共に。
「はぅっ!」
再び――その聖剣の刀身は、砂となって消えていった。
「また、駄目でしたぁ……」
「お嬢様、ご安心下さい。この広い世界必ずやお嬢様の……ごふっ、げほっ! 砂がっ! 目にっ! うっ、ごほっ!!」
「マリカ!?」
そしてその砂は、見事なまでに風下にいたマリカに、全て掛かった。




