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日の出と共に

 僕は当然のように、安宿で一夜を過ごした。

 観光客もほとんど来ない様子だし、やっている宿自体は少ない。こんな場所でも門戸を構え、一流の対応を行っている『ロイヤル・リガ』の方が異常なのだ。

 そんな中で僕が見つけたのは、『旅人の塒』という宿だ。中規模くらいの街では、よく見かける安宿である。基本的には、寝台が四つ置いてある他人と夜を共にする宿だ。

 当然、僕は襲われても死なないため、自然とこういう宿をとる。


「んー……」


 寝台から起き上がり、体を伸ばす。

 安宿は、一部屋でなく一寝台を借りる形になるため、他人と夜を共にするのが難点だ。

 だが、リガの街は本当に客が少ないらしく、僕が唯一の客であったらしい。店主から「他の寝台には触るなよ」と言われ、一人で夜を過ごすことになった。これで一部屋分の料金でないのだから、お得である。

 あとは昨日、適当に購入しておいた保存食もあるし、このままミスリフの山に向かえばいいだろう。

 とりあえず、マリカには伝えていることだし、時間は守ってくれると信じて。


「はい、どうも」


「……随分と早いな。もう出るのか?」


「ええ。日の出で待ち合わせしていますんで」


「そうか、毎度」


 無愛想な店主は微笑むこともなく、僕を見送る。

 宿代は事前に払ってあるため、そのまま出るだけだ。そして、追加料金が請求されるような真似もしていない。

 僕はそのまま、リガの街――その入り口へと向かう。

 日の出丁度に、ここに来るように伝えてはいるけれど――。


「遅い」


「時間前に来て言うことじゃないですけどね」


「私は既に準備万端だ。早くお前も準備をしろ」


「はいはい」


 既にそこには、チェリルを背中に抱えたマリカがいた。

 一体どういう手段をとったのかは分からないが、とりあえずチェリルは外行きの格好をしているし、腰には剣――駄剣ことベルグラードを佩いている。そしてマリカ曰く、ベルグラードはチェリルの一部になっているときには重さを感じないため、その状態でも抱えていることができるのだろう。

 当然、チェリルはすやすやと寝息を立てているし、ベルグラードからも「ごー」と聞こえてくる。剣のくせに睡眠をとるしイビキもかくらしい。

 もっとも、そんなチェリルは全身に毛布が巻かれ、それをしっかりマリカが縛り付けているけれども。


「毛布、重くないですか?」


「お嬢様は羽のように軽い。問題はない」


「そうですか」


「それより、山に向かうぞ。お嬢様が起きる前に、聖剣の前に向かわねばならん」


「ですね」


 ミスリフの山の頂上に刺さっている剣。それが、今回僕たちが向かう先だ。

 とはいえ、決して難しい道中というわけではない。ただ、多少標高のある山で、かつ魔物が少しばかり生息しているだけである。それも、並の冒険者なら相手にできる程度だからゴブリンやオーク、強くてもオーガくらいのものだ。

 マリカの前では、どいつもこいつも相手にはならないだろう。


「それで、ミスリフの山の頂上にある、と言っていたな」


「ええ。今回は僕も、ちゃんと刺さっているのを確認しているので大丈夫ですよ」


「ならばいい。お嬢様が目覚める前に到着してもいけないし、お嬢様が目覚めたときにまだ遠くてもいけない。お嬢様の目覚めと共に、聖剣が目の前にある状態が十全だ」


「物凄く奇跡的なタイミングを求めるんですね」


 前回、確かにそんなタイミングだったけどさ。

 でも、正直いつチェリルが目を覚ますか分からないから、早めに到着したいのが本音だ。

 そして今回の聖剣――それは、僕が以前に抜いてみようと挑戦したことがあったので、その本物を確認している。だから、聖剣までのルートは既に分かっているのだ。

 あとは道中で現れる魔物を、マリカにどうにかしてもらうだけである。


「それじゃ、マリカさんが先に向かってください。僕は、後ろから向かう経路を伝えますので」


「ああ」


 チェリルを背負ったマリカが、ゆっくりと歩く。

 それはチェリルを起こさない、全く震動を起こさないものだ。どれだけの体のバランスがあれば、これほどの神業を起こせるんだろう。


 ちなみにミスリフ山は、リガの街から歩いてすぐの位置にある、そこそこ高い山だ。

 かつてはリガの街における、恋人同士が楽しめる登山スポットだったらしい。だが魔物の活性化に伴って、一般人が立ち寄ることのできない場所になったのだとか。

 そのせいで冒険者からすれば魔物がそれほど出てこないからうまみもなく、一般人からすれば魔物が現れるから近寄れない――そんな絶妙な場所になってしまったらしい。ダンジョンにしちゃってごめん、とちょっとだけ思った。

 まぁ、そのおかげでミスリフ山の聖剣は、ほとんど忘れ去られているのだけれど。

 抜いたとしても、その後すぐに抜いたことが知れ渡ることはないだろう。


「ふんっ!!」


 現れた魔物を、マリカが相変わらず蹴り一つで沈めている。

 どんな蹴り方をすれば、魔物の頭が吹き飛ぶんだろう。オークの頭って結構固いのに。

 だが確かに、『冒険者からすれば微妙』という評価に間違いはなく、ミスリフ山の麓まで到着した時点で、現れた魔物は数匹だった。どれも、マリカは一撃で沈めたのだが。

 そして、ここからは登山である。

 背中に人を一人抱えてはいるが、マリカのバランス感覚を考えれば、ふらつくことはないだろう。


「……」


「……」


 お互い無言で、とりあえず山登りだ。

 別段今マリカと話すことは特にないし、彼女も僕を嫌っている様子だし。

 まぁ、うん。馬が合わない相手と一緒に登山なんて、こういうものだと思う。

 誰か、常識的な人が仲間に加わってくれないかなぁ。ムードメーカー的な。


「グォォォォォォッ!!」


「――っ!!」


 そんな風に、僕が思考の海に浸っていると。

 僕の真後ろから、魔物のそんな叫び声と共に、巨大な体が現れた。

 緑色をした巨体に、額に生えている一本角――オーガだ。

 オーガは叫び声と共に、思い切り僕の真後ろから、その先――マリカに向けて、その太い腕を振るう。


「はっ!!」


 だけれど当然、オーガの遅い攻撃程度で揺らぐようなマリカではなく。

 その蹴りを真っ直ぐにオーガの顔に突き立てると共に、文字通り蹴落とす。

 坂になった登山道を、オーガの巨体が落ちていった。

 ふぅ。ちょっとびっくりした。


「……」


 さて、進むか――そう僕も前を向いて。

 そんな僕の前にいたマリカが、じっと僕を見ていた。


「おい」


「……? どうしました?」


「何故、オーガはお前を襲わなかった? 何故、お前を抜いて私の方へ来た?」


「……」


 不味い。

 僕が魔物に襲われない――それに、気付かれた。

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